実話 小学校に変な人が来た話

雨間一晴

実話 小学校に変な人が来た話

「〇〇ちゃんはいますか?」


 私がまだ小学校の、事務員だった頃の実話だ。


 職員室に一人の男性が訪れていた。五十代くらいだろうか、暗く異質な雰囲気だったのを覚えている。オーラなど見えないが、きっと黒いのだろう。


 見た事の無い人だったし、どこか違和感があった。もう何年も前の事なので記憶が薄れているが、ボサボサな髪で、汚らしいヨレヨレの格好をしていたと思う。または、普通の格好だったのかもしれないが、ある理由で、そう見えたのだろう……


 別に放課後に限らず、保護者が職員室を訪れる事は、そこまで珍しくなかった。小学校によって違うだろうが、職員玄関は基本的に解放されていて、自由に出入り出来たのだから……


 私がいる事務室から職員玄関は直視出来る作りになっており、職員玄関は大きなガラスで出来ているので開閉の大きな音で、誰かが来た事に気付ける。育児休暇中の先生が来られたのなら、靴を脱ぎながら事務室に手を振ってくれる事もあった。


 基本的に来客が訪れた場合、保護者は勝手に職員玄関を開けず、インターホンを押してもらい、事務員が対応してからなので、勝手に入って来る人は、雑な言い方をするなら常連のような方で、職員側も警戒が薄いのも良くなかったのだろう。


 逆に自分が保護者の立場なら、インターホンがあるのに、鳴らさず勝手に入る方がハードルが高いので、そこに対する職員側の甘えもあったのだろう。


 今思い返せば、常に施錠して、来客や職員の出入りの度に、インターホンで対応がベストだろうが、職員が多く、出入りが多いためか本校は開放されていたのだ。


 玄関の時点で少し違和感を感じたので、私は事務室から少し顔を出して様子を見ていたのだ。


 右手に職員室、左手には校長室、挟まれて八畳ほどの事務室だ。事務机が四つにパソコンが二つ。私は新人なので上司の元で働いていた。上司は気付く事もなくパソコンに向かっている。この人はこういう人だ。


 放課後は意外と職員室に教頭のみという場合が多い。先生では無い私には、先生達が、どこで何をしているのかは分からないが。

 つまり、基本的に事務員、教頭、校長で対応する事となる。誰かが他校に組合等の集まりで向かう場合、教頭と私のみ、というケースもあった。


「保護者の方ですか?お調べしますので少々お待ち下さいね」


「……」


 女性の教頭先生がいつものように対応しているが、どこか焦っている様子だった。いつも笑顔で明るく歳を感じさせない教頭を、私は尊敬していたので、すぐに様子がおかしい事に気づき、違和感の原因をやっと見つけてしまった。


 その男性は靴を履いたまま、職員室まで来ていたのだ。スリッパなど知らないような、目もうつろな世界を覗いている雰囲気があった。返事もせずに、ただ、そこに身動きもせずに立っている。


 教頭も私と同じ配属一年目だったので、全生徒の名前までは把握していなかっただろうが、その時点で、そんな名前の生徒は居ないと気付いてたのかもしれない。


 横目を私に流しながら短く頷き、事務室を通り過ぎ、教頭は校長室をノックした。


 これはまずい事が起きている、そんな表情だったのを覚えている。私にも緊張が走ったが、男性を見張る事しか出来なかった。上司が平然とパソコンを叩く音に苛立ちを感じながら。


「はーい」


 いつもと変わらない呑気な返事が室内から返ってきた。


「すみません、校長先生、お客様がいらっしゃっているのですが……」


 いつも明るい教頭では無いトーンで、校長も察したのか、足早に校長室から出てきた。経験のある職員は外部の人に気付かれずに、仲間に異常事態を伝えるのが上手い。


「すみません、お待たせしました」


「……」


 典型的なおじさんの校長先生といった風貌の校長が、低姿勢で、なにやら話しながら職員玄関に向かって男性と共に歩いて行った。会話は聞こえなくなっていったので、分からないが、そのまま、お引き取り願ったのだろう、男性は靴を履き替える必要もなく学校から出て行った。


 こういう場合のマニュアルでもあるのだろうか、私は間違った未知の来訪者を、異世界に帰すような光景に見えた。


 教頭が調べたのか、私が頼まれて調べたのかは覚えていないが、やはり、そんな子は学校には存在しなかった。


 男性が去ってから、職員室の前で校長と教頭が話しているのを見守っていた。


「うーん、どなただったんだろう」


「靴を履いたまま、いらっしゃったので、私びっくりしちゃいましたよ」


「うーん、×ちゃんも見たことないよな、今の人?」


「はい、見たことありませんね……」


 私は×ちゃんと呼ばれていた、そう呼ばれやすい名前で、今までの職場でもそうなので違和感は無いのだが、今はそれどころでは無かった。校長は困った顔で続けた。


「だよなあ。うーん、報告しないといけないな。他の小学校にも訪ねるかもしれないからね」


 職員会議で周知され、各職員に一枚の紙が渡された。不審者への対応策、そんな感じの内容を各自が考えて提出する、そんな感じだったと思う。


 私は紙に収まり切らないほど書いたのだが、大体の職員が、見回りを強化するとか、戸締りを気を付けるだとか、学生でも書けるような簡単な二三行で衝撃を受けたのを覚えている。


 子供達全員が下校する前に、子供達の玄関を常に開け閉めするのも現実的ではなく、先生の負担も増えるので実際問題、事件が起きて、予算が降りて、外部の警備強化等が来るまでは何も変わらないだろうな、そう思ったのを覚えている。


 そして、実際に不審者を目撃しないと危機感が薄いのが大きいのだろう、人間の想像力には限界がある。


 何か起きてからでは遅いのだが、何かを今以上にする余裕も先生達には無いのだろう。見ているだけで分かるほどに、圧倒的に忙しすぎるのだから。


 結局、私が退職するまで、あの男性は現れなかった。


 実際に起きた話なので、特にオチも無く、真相も分からない。あの男性は認知症の方だったのだろうか、そうであるなら不審者と思われるのも可哀想だ。しかし実際問題、職員側は、不審者との見分けが付かないので、例えば包丁を隠し持ってて、子供達の元に向かったのなら、間に合わない……


 学校は決して安全な場所では無く、先生に全てを任せてはいけない。それをどうか覚えておいて欲しい。


 親を名乗る人が、本当にその子の親と証明する必要もないのだから……



「〇〇ちゃん、お父さんが迎えに来てくれてるよ、校門を出たとこで待っててくれてるからね」


「うん!わかった!」

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実話 小学校に変な人が来た話 雨間一晴 @AmemaHitoharu

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