宝くじが当たった!

秋(空き)時間

宝くじが当たった

 美津子が自殺しようと決めてからもうすぐ一年になる。特に理由などない。ただこれからの長い人生を生きるのが嫌になったのだ。


 

 これまでの人生、恋人もなく、友達もなくただ独りで生きてきた。上京してから12年。会社勤めを始めてから8年。ずっとそうやって生きてきたのだった。


 学生の頃は勿論、気の合いそうな人間と一緒に飲みに行ったり、合コンなどして交流を求めたことはあった。しかしみんな、無口で短い返事しかしない美津子にやがてうんざりして彼女の元から離れていった。


 9:00~18:00でタイムカードを押してアパートに帰っても特になにもすることはなく、部屋にテレビも置いてないので、スマホで退屈しのぎにSNSやら動画サイトを覗いて1日を終える。そんな生活がとうとう嫌になり、ついに死にたいと思うようになったのだった。


 死ぬ理由があったら今すぐ死ねるのに。と美津子はいつも思っていた。失恋とか、裏切りとかそういう自殺するにふさわしいドラマティックな出来事が。しかしすべてにおいて並の容姿の無口な美津子に声を掛ける男もなく、また美津子が好きになるような男は彼女の生活範囲には存在しなかった。そして裏切られるような友達も知り合いも誰一人いなかった。



 美津子は深夜のアパートで思う。寂しさが理由で死んだら惨めすぎる。こんなカビの生えたようなアパートで首は吊りたくない。じゃあいつか動画サイトで観た飛び降り自殺はどうだろうと美津子は考える。飛び降りだったら一瞬で死ねる。しかし飛び降りるには勇気が必要だ。美津子は決して高所恐怖症ではないが、ビルの上からしたを見ると思わず足がすくんでしまう。やっぱりダメだ!しかし、自殺する理由が見つかれば恐怖なんてすぐのりこえられるものだではないだろうか。


 決めた!自殺はヤッパリ飛び降りにする。飛び降りれば一瞬で自分を殺してくれる。しかし飛び降りするには今の自分では無理すぎる。飛び降り自殺するには飛び降りる恐怖を忘れさせるような理由が必要だ。今から失恋なんて出来はしない!わざと詐欺に引っかかるのもバカバカしい!自殺したいのに自殺する理由が見つからないなんて、私ってどこまで惨めなの?きっとどこかにあるはず。私のどうしようもない人生からなら自殺する理由なんてそこら中に転がっているはずよ。


 もう夜明け前だ。美津子は心のどこかでバカバカしいと思いながら自殺する理由を必死で探していた。タンスを開けて過去にいじめられた恨みやらなんやらと。しかし美津子にはいじめられた経験などなく、いじめられるほど目立った人間ではなかったのだ。


 ふと美津子は押入れの奥に紙の束を見つけた。これは、と彼女は思い出した。去年の年末ジャンボだ。あの時これが全部外れてたら自殺しようとして買ったんだ。だけど当選結果を確認する前に、親が病気で倒れたって兄から電話があって慌てて田舎に帰ってたから、宝くじのことなんてそのまま忘れてた。美津子は宝くじを手に取ってペラペラと枚数を数えた。ちょうど100枚ある。


 美津子はこれだと思った。去年の事だけど、まだ一年経ってないしまだ有効なはず。宝くじの換金期間も、私の自殺期間もまだ有効期限内だ。もう会社に行くのはやめよう。そして宝くじ売り場に行こう。そこで私の運命を決めてもらう。もし宝くじがあたったら私はどうなるのだろう。でも当たることはないだろう。「全部ハズレです」売り場の人にそう言われて終わりだろう。当たるも八卦当たらぬも八卦。宝くじが外れて自殺なんて私の人生最後まで惨めだな……。


 近所の宝くじ売り場が開くのは10時だった。美津子はこれがこの世とのお別れと、結局大した病気でもなく、冷たく彼女を東京へ追い払った両親と兄への遺書を書き、それを封にしまってテーブルの上に置いた。そして宝くじを持って部屋の外に出ると、ドアの鍵を締めて駆け足でアパートから去っていった。



 都会の夜明け前の街がこんなに静かだなんて思わなかった。今はゴミをつつくカラスとときおり走る車の音がするくらいだ。美津子は息を吸い込みこれが私の人生の最後の朝だと噛みしめる。当て所もなく、このゴミだらけの街を宝くじ売り場がひらくまでただ歩こう。あと一時間したら勤め人達が街中に出てくる。昨日の美津子もその中にいたのかも知れないし、いたとしてもだれも見つけられなかったのかもしれない。だってそれが私だから、今だって人知れず死んでいく私なんだから。でも、でも、もし宝くじが当たったら……。


 宝くじ売り場の前に立ち、美津子は自分の運命が決定する午前10:00が来るのをずっと待っていた。宝くじが当たったらという想像が勝手に浮かんでくる。いつもハズレばかりだった宝くじ。今日は当たるような気がする。その瞬間を手に取れるほど感じる。いや!ダメよ!だって私は死ぬんだから宝くじは当然のようにハズレて私はビルから飛び降りるんだから!でも当たったらいいな。美津子の心の中で希望と絶望が入れ替わり立ち替わりしている。おかしなことだが美津子は、今ほど人生の中で生きてる実感を感じたことはなかった。


宝くじ売り場の前にいる美津子の前を二人の中年女性が通り、彼女に怪訝な顔をしながら挨拶した。女性たちは売り場の後ろのドアを開けて開店準備にはいる。もうすぐ10:00時だ。



 美津子が緊張して見つめる中、宝くじ売り場の販売員は美津子の運命のかかった宝くじの枚数を確認し、預けた枚数が正しいかを美津子に確認する。美津子は頷き、販売員は年末ジャンボ100枚を機械にかけて当選結果を確認していく。美津子は存在しない神にでも祈るような気持ちで、去年の年末ジャンボ100枚の当選結果を待っていた。






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