第445話 勝機を手繰り寄せて

 逃げ道を背にしたまま、竜夫はすべての竜を待ち受ける。


 敵が圧倒的な力を持っていたとしても、やることに変わりはない。


 ここから、生きて地上に戻る。それ以上でもそれ以下でもない。それが、『棺』の中枢部を壊すために死にゆく大成が願ったことだ。それは、なにがあったとしても成し遂げなくてはならない絶対的なオーダーであった。


 圧倒的な力をもっていたとしても、生き延びることを目的にするのであれば、やりようはある。それが幾度となく戦いを切り抜けてきた自分が出した結論だ。生き延びることさえできれば、自分の手で奴を倒す必要もない。


 まだ細いが、勝機は確かに見えている。それを確実なものにするためには――


 振り下ろされた槌を受け止めつつ、退く。


 とにかくいまは外に近づくことだ。奴とまともに殴り合ったところで、覆すのはかなり厳しい。相当のものを失う覚悟で行かなければ、奴と張り合うのは不可能だ。であれば、やることは決まっている。


 期を窺いながら、目的の場所に近づくまで退き続けるのだ。奴とて無敵ではない。先ほどと同じように、隙を作ることはできるはずだ。こちらも厳しいことに変わりないが、真正面からの殴り合って打ち勝つことに比べればまだマシであることは間違いない。


 さらに二度、攻撃を捌いたところで、竜夫は足もとに閃光手榴弾を転がして背後へと離脱。同時に目を腕で遮る。


 直後、強烈な閃光と爆音がまき散らされた。暴力的な閃光による影響は最小限に留めたものの、同時に発生する爆音までは防ぐことはできなかった。だが、来ることがわかっていれば耐えることはそれほど難しくない。


 予想外の閃光と爆音をまともに受けたすべての竜の動きが止まる。その間に、竜夫はさらに後方へと離脱。


 人型をしているのなら、閃光手榴弾も有効であると予想していたが――どうやらそれは当たったらしい。ただの人間であればこの時点で戦闘続行は不可能になるが、そう簡単にはいかないだろう。閃光手榴弾の影響を受けている間に、できる限り距離を稼ぎたいところであるが――


 すべての竜の状況をしっかりと把握しながら、竜夫はさらに後方へと駆けていく。


「――――」


 しっかり聞き取ることはできなかったが、そこからはわずかな苛立ちが感じられた。すべての竜は食らった閃光と爆音の影響から復帰。通り過ぎていった場所を根こそぎ滅ぼしていくような勢いでこちらへと迫ってくる。それを見ただけで、戦意を失ってしまってもおかしくないほどのものであった。


 それを見た竜夫は再びすべての竜を待ち受ける。


 それでいい。これからこちらが行うのは、徹底的な嫌がらせだ。こちらの勝利条件は奴の撃破ではない。『棺』からの離脱である。無論、倒したほうが逃げられる可能性が高まるのは間違いないが――


 圧倒的な力をもってこちらへと襲いかかってくるすべての竜を真正面から倒せるだけの手札は、いまのところない。弱者には弱者なりの戦い方というものある。なにからなにまで正面から戦わなければいけない理由などどこにもないのだ。時には戦わないほうがいいという状況も往々にしてある。いまの状況は間違いなくそれであった。


 ひたすら敵に退かれ続けて、追い続けなければならないというのは苛立たしいものだ。それは持っている力が強大であればあるほどそれは強くなる。


 こちらに追いついたすべての竜はその手に持つ槌を振り払った。まともに受けることになれば、こちらの身体などいともたやすく破壊せしめるだろう。


 しかしそれは当たってしまえばの話だ。当たらなければこちらの身体が傷つくこともない。実に簡単なことだ。大抵の攻撃というものは当たらなければなんとかなる。


 とはいっても、攻撃を捌き続けるというのは肉体的にも精神的にも厳しいものであることは間違いなかった。失敗すればご破算になりかねないというのはかなりの足かせだ。どれほど能力があったとしても、それを徹底し続けるというのは簡単なことではない。


 竜夫は振り払われた槌を退きつつ回避する。すぐ近くを通り過ぎていっただけでも全身が揺さぶられるというのはかなり恐ろしい。考えないようにしても、嫌なものが頭を過ぎる。


 こちらを追いかけてくるすべての竜は止まらない。鋭い動きで退き続けるこちらに追いすがり、あらゆる生命を一撃で撃滅しうる槌で的確な攻撃を仕掛けてくる。


 刃で槌を受け流してさらに退く。同時に、いくつかの手榴弾を転がした。こちらの離脱とともにそれらは爆発する。まともに受ければ、ただの肉片になる爆発にすべての竜は巻き込まれるが――


 それを受けても、すべての竜の身体はまだ原型を留めていた。いや、留めていたというレベルではない。あれだけの爆発を受けてもなおわずかな血すら流していなかった。何事もなかったかのようにこちらへと追いすがってくる。


 距離を稼ぐために、先ほどのように大きな隙を作りたいところであるが――それを許してくれるような相手とは思えなかった。二度目は通用しないだろう。


 実に愉快なものじゃないか。これほどまでに追いすがってくるということは、こちらがそれだけ脅威であると思っていることの証だ。なにがどうあっても、こちらを排除するつもりなのだろう。


 それはこちらも同じである。なにがあったとしても、ここから生きて地上に戻るのだ。それが、『棺』を破壊するために死にゆく道を選んだ大成と果たした約束なのだから。それを破るのは、彼の死を汚すことになる。それだけは絶対にあってはならない。


 竜夫はさらに三度、すべての竜の攻撃を捌いてさらに退く。


 徹底的に逃げ込まれ、奴はどう思っているのだろう? 少しでも苛立ちを感じていればいいのだが――それを簡単に見せるほど奴も愚かではないことはわかっている。敵がなにをどう感じているかわからないからこその重圧だ。生き延びるためには、その重圧をはねのけ続けなければならない。


 あとどれくらい退けばいいだろうか? すべての竜を捉えながら、周囲の状況を探る。


 もう少し、外に近づくべきであろう。ここでの失敗は許されない。機会を探り続けた結果、その機会を逃してしまったら意味はないが、それ以上に焦って動く機会を間違えるのはそれ以上に恐ろしいものである。


 そこまで考えたところで、閃光手榴弾の影響で一時的に失われていた聴覚が復帰。まだ万全とは言えなかったが、幾分かマシであろう。耳が聞こえるようになったとしても、やることに変わりはない。気を窺いながら徹底的に引き続ける。ただそれだけだ。


「貴様は……なにを考えている」


 すべての竜の言葉が耳に入ってくる。そこにはやはり、わずかではあるが苛立ちがあった。


「あんたみたいに強い奴と戦ってなんかいられないから逃げてるだけだよ。別に、殴り合う必要なんてないんだから」


「小癪な人間め」


 吐き捨てるようにそう言い放ってこちらに追いすがり、その手に持つ槌を叩きつけてくる。


 それも、竜夫は退きつつ回避し――


 手に持っていた刃を投擲。すべての竜は、自身に向かってくるそれを槌で叩き落とした。そして、距離を詰めてくる。


 そこで竜夫はすべての竜の動きに合わせ、低い姿勢で距離を詰めた。同時に、刃を再び創り出す。


 その刃はすべての竜の胸を貫いた。


「貴様……それは――」


 先ほどまでどれだけのダメージを受けても止まらなかったすべての竜が硬直する。


「あんたを殺すために創った、とっておきの刃だ」

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