第446話 貧者と王者

 お互い、数歩進んだところで大成とすべての竜は衝突する。


『棺』とすべての竜から放射される力と、大成から放たれる呪いの力により、この場はもうすでに特異点としか言いようのない場所となっていた。この場所は、その圧倒的な力により、生きていようと死んでいようとその存在をすべて否定する。ここで戦っている両者を除いては。


 三度、大剣と槌がぶつかり合う。武器同士の衝突だけでとてつもないエネルギーが周囲にまき散らされていた。多くの存在は間近で、衝突の際に発生するその余波を受けただけで死んでしまうだろう。


 これだけの力を駆使しても、まだ奴を倒すには至らない。まだ足りていないのか、それともなにかしら問題があるのかはわからなかったが――その原因がどういうものであっても、敵ながらさすがとしか言いようのないものであった。


 四度目の打ち合いをしたところで、すべての竜は後ろに飛んで距離を取る。大成も半歩後退しつつ体勢を整えた。


「忌々しいものを……。向こうもそれだけ本気ということか」


 すべての竜の言葉を聞き、竜夫がもう一体のすべての竜になにかやったことを察知した。それは、離れた場所にいるこちらのすべての竜にも届きうるものなのだろう。目の前にいるすべての竜から放たれる圧倒的な力が若干弱まったように思えた。


 それでも、油断をするわけにはいかない。奴は依然として一瞬で状況を覆すだけの力を保有していることに変わりないのだ。


 ……あとどれくらい時間が残されているのだろう? こちらは生命という力を消費し続けてやっと奴を倒しうるところまで近づいたのだ。なにがどうなったとしても、残されている時間は多くない。いまの状態を維持できなくなれば、敗北するのはこちらだ。残されている時間の限り、戦うしかない。


 なまじ、終わりが見えている状況というのはなかなか厳しいものだ。終わりが見えていればこそ、その終わりをつかみ取ろうとして焦りが生じる。その焦りは、間違いなく致命的なものだ。積極さと慎重さをしっかりと保ち、戦う必要がある。


 あいつには、なにがあったとしても生きてもらわなければならない。大切なものを持っているのであれば、その大切なもののために生きて戻らなくてはならないのだ。過去に、大切なものがあるというのにその命を散らしてきた者たちを多く見てきたからこそ、はっきりとそう思える。そのために自分たちはここに残ったのだ。死ぬのは、こちらのような持たざる者だけでいい。


 本当に愉快な話だ。いままでなんとなく生き延びてきてしまったのに、ここに来てなにかのために戦う日が来ることになるとは。しかも、異世界という場所で。本当に人生というのはわからないものだ。最期を間近にしてこういう経験ができたのは、恐らく素晴らしいものなのだろう。そんな気がした。


 なにがあったとしても、いまこちらがやるべきことは決まっている。力の限り戦って、すべての竜を打ち倒し、『棺』の中枢部を破壊する。それ以上でもそれ以下でもない。どこまでもシンプルではあるが、立ちはだかる敵が敵だけに、それはとてつもなく厳しいものである。


 だが、細かいことをいちいち気にしなくてもいいというのは素晴らしい。目の前にいる敵を倒せればこちらの勝ち、倒せなければこちらの敗北。これほどわかりやすいものはない。あとは、その勝利をどのようにしてつかみ取るかであるが――


 改めてすべての竜を見据える。


 相変わらず、近づいただけで熱死してしまいそうな力が放たれていた。それは、すべての竜たちの守護者たる風格と言えるもの。命以外ろくに賭けられるものがないこちらとは雲泥の差だ。まさしくそれは、王者と貧者というに相応しい。


 すべての竜はごくわずかであったものの、厳しいものが浮かんでいる。その要因は、こちらの呪いと、竜夫と戦っているほうから伝わってきたと思われるなんらかの影響によるものだろう。


 とはいっても、こちらが不利な状況であることに変わりはない。はっきりいっていまの均衡は無理矢理維持しているに等しい状況だ。無理というものは往々にして長続きしないことくらいわかっている。


 必ずそれが訪れようとも、竜夫と交わした約束だけは果たさなければならないのだ。なにかを為して痛快に死ぬために。それ以外、できることなんてないのだから――


『俺には、あとどれくらい時間が残っていると思う?』


『さあな。だが、それほど多くは残っていないことだけは間違いない』


 死を目前としても、ブラドーの言葉は変わることなく冷静であった。淡々と、いまの地震の状況を見定めている。極限の状況で、冷静さを保っている者が近くにいるというのは、本当に心強い。彼がいたからこそ、彼が自分と心中してくれたからこそ、ここまで来ることができたのだ。


『どれだけ残っていようと、俺たちがやることに変わりはない。安心しろ。死にそうになった俺が無理矢理連れ戻してやる。そのくらいやってやるのが義理ってもんだろうからな』


『そりゃ、心強いな』


 極限状況でこのような会話ができるというのは素晴らしい。ろくなことがないクソみたいな人生であったが、ブラドーと出会えたことだけは心から誇れると言える。


 いい加減、そろそろ終わらせよう。こちらが長く保たないことはとっくの昔からわかっている。あとは、一瞬でも、ほんのわずかでも奴を上回ることだけだ。そのために、賭けられるものをすべて賭けているのだから。


 奴はこちらに脅威を感じている。自ら死に突き進んでいるこちらのことを。それがどれほどの大きさかはわからないが、それは間違いなく付け入る隙となる。


 戦いにおいて、理解できない相手ほど恐ろしいものはない。恐怖はあらゆるものを鈍らせる。それはきっと、目の前に立ちはだかるすべての竜といえども例外ではない。


 であるのなら、理解できない怪物であり続けることが勝利に近づくことになる。どうせなにがあろうと死ぬことは決まっているのだ。最期を前にして本物の怪物になるのもそう悪くない。


 そのために、大成はさらなる力を解放させる。もっと速く、さらに深いところまでその力を解き放つ。己が焼き切れることになろうとも、その力を出し続けるのだ。持たざる貧者が王者を打ち滅ぼすために。


「来ないのか?」


 大成はすべての竜に対しそう言い放った。


「それだけの力を持っているのに、なかなか臆病なんだな、あんた。別に、それが悪いとは言わないけどね」


「……挑発のつもりか、異邦人」


「さあ、どうだろうな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それをどう思うかは、受け取るあんた次第じゃないか」


 軽く、適当な言葉をすべての竜に返す。


「面白い。では、やってみるがいい。その刃を、我らに届かせてみよ」


「言われなくても、やってやるさ」


 大成はそう言い返し、大剣に込められている力を一気に解き放った。

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