第444話 境地に至りて敵を討つ

 すべての竜へと向かいながら、大成はさらなる加速を続ける。


 さらに先へ。もっと遠くへと至るために、その命を燃やし続ける。目指すべきはさらなる境地。圧倒的なエネルギーを保有する敵を討ち倒せるだけの力を手に入れるために。


 これほどまで命が失われているというのに、充実感が己のすべてを支配している。もしかしたら、これが死にゆく時に感じられる幸せなのかもしれなかった。


 すべての竜を捉え、大剣を振り下ろす。視認できるほど濃密な呪いを纏うそれは竜という存在をすべて否定する刃であった。それは、規格外の存在であるすべての竜といえども同じである。その身を斬られれば、致命傷となり得る可能性もあった。


 自身を狙う刃が極めて危険なものであることはすべての竜もわかっているのだろう。わざわざそれを受けるような馬鹿であるはずもない。巨躯であることを一切感じさせない軽やかな動きでバックステップし、振り下ろされた大剣を回避。


 当然、大成は追撃を行う。踏み込みながら大剣を薙ぎ払った。周囲に呪いをまき散らしながら、すべての竜を狩り取らんと迫りくる。


 すべての竜はその手に持つ槌で大剣を受け止めた。ここまで賭けてもなお、その想像を絶するほどの重さは健在だ。存在としての密度と強度は圧倒的としか言いようがない。


 悠長にしている余裕はないが、勝負を焦るのはそれ以上に危険だ。拮抗しているように見えても、依然として不利なのはこちらである。これがいつ崩れてもおかしくはない。どのような状況であっても、ちょっとしたことで状況が覆りうるのが戦いというものだ。それは、物心ついたときから戦うしかできなかった自分自身がよくわかっている。


 奴にとって、こちらの力がおよそ考えうる限り最悪にして最大の脅威であることは間違いない。攻められればそれだけで奴に重圧を与えられる。なにより、長引けば不利になるのはこちらなのだ。であれば、できる限り前に出ていくほうがいいだろう。無論、退くべきときはしっかりと退くべきであるが。


 大成とすべての竜は幾度か打ち合ったのち、互いに距離を取る。十メートルほどの距離。それは両者にとってひと息で詰められる無に等しいものだ。


『愉快だな』


 ブラドーの楽しげな声が聞こえてくる。


『どうやら奴は、動揺しているようだ。すべてのかなぐり捨てて殺しにかかられたらそうなるのも無理はなかろう。いまの俺たちに脅威を感じないのは、救いようのない馬鹿か俺たちと同じ立場になった愚か者だけだろうな』


 ブラドーの声を聞き、大成はすべての竜へと目を向ける。ほんのわずかではあったものの、確かに動揺が見て取れた。超常たる存在の極地のような奴が、たった二名の愚か者に脅威を感じさせるとはたいしたものだ。それを見て取れただけでも、痛快であるとしかいいようがない。


 だが、これで満足してはならないというのもまた事実。目的はあくまでも奴を倒し、その奥にある『棺』の中枢部の破壊だ。あれをどうにかできなければ、勝利はなし得ない。せっかくここまできたのだ。勝利をつかみ取らぬというのは無粋であろう。


『ところ、あっちはどうなっている?』


 生きて地上に戻らせるために、ここから退かせた竜夫のことを思い出した。あいつには、ちゃんと生きて戻ってもらわねばならない。戻るべきどこかがある者にはちゃんと生き延びてもらわなくては。途中で力尽きることがあれば、殴り倒して突っ返したいところだ。


『はっきりとはわからんが、奴も戦っているようだ。大丈夫であることを祈るしかあるまい。いまや俺たちにはどうすることもできんからな』


 まったくもってその通りだ。こちらは、すべての竜の撃破と『棺』の中枢部の破壊という大仕事が残っているのだから。あっちを心配していられる余裕などあるはずもない。


 あいつだって、ここまで戦い、生き延びてきた強者だ。相手にしているのがここにいる奴と同等レベルの敵であっても、簡単にやられるようなタマではない。それは刃を交え、そして背中を預けてきたこちらがよくわかっている。やってくれるはずだ。約束を破ることなんてあるはずもない。


「貴様は……なんだ?」


 すべての竜がその鋭い双眸をこちらに向け、そう問いかけてくる。


 そこから見えるのは、心の底から理解できないという感情。


 すべての竜というこの世界においてあらゆる存在を超えた者ですら、そのようなものを見せてくれるとは。死にゆく前にいいものを見させてもらったというほかない。それだけで、これだけのことをやっただけのことはある。


「ただの死にぞこないだよ。俺も、ブラドーもな。それとも、格好つけたわかりやすいなにかを名乗ったほうがいいか?」


「そのようなことを訊いているのではない!」


 こちらに向けられるはっきりとした怒り。奴にとって、これだけの感情を発露させる存在となれたのはとてつもない快感だ。このような経験は、仮にこの先、千年生きていたとしても二度目を味わうことができないように思えた。


「我らを殺したところで、貴様の死は避けられない。生命とは、自身を守ろうとするもののはずだ。何故それをこうも簡単に捨てられる? 貴様は……貴様らはなんだ?」


「何度も言ってるだろ。ただのなにも持たない死にぞこないだよ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、自分の命がどうなったところでなんとも思わないってだけだ。あんたらが復活をしようと願っているように、俺たちはあんたらを全員ぶっ殺して、死ぬことを目指しているだけさ。あいつとの約束だからな」


「ふざけたことを。狂っているのか?」


「その通りだよ。狂っているかどうかで言ったら、俺たちは間違いなく狂っているだろうな。そうじゃなきゃ、自分のすべてを賭けて敵を倒そうなんてしないさ。あんたが殺そうとしているのは、そういう存在だよ。理解したか?」


 理解できない怪物を相手にするのはとても恐ろしい。それは、かつていた地獄のような世界で戦ってきた自分自身がよくわかっている。あの世界にいた多くの者たちが抱いていた感情を超常の存在たるすべての竜に抱かせたのであれば、それは死んだあとも自慢できる話であろう。死後の世界があればの話だが。


 であれば、理解できぬ怪物であろうとし続けるだけの話だ。それが、約束を果たすためにもっとも有効であるのなら。どうなろうが知ったことではない。その先にあるものは、怪物であろうとなんだろうと変わらないのだから。


「あんたみたいに余裕ぶった奴をそういう風に思わせるのはとてつもない快感だ。もう二度とできないってのは残念なような気もするが――まあそんなものだろう。あんたもやってみたらどうだ? 簡単に俺たちを始末できるかもしれないぜ」


「舐めた口を叩くな。我らの目的は復活だ。貴様を殺し、それを果たす。そのために、長いときをかけて耐えてきたのだ。貴様らのように狂うことなど、できるものか」


 すべての竜は、静かにその言葉に激情を滲ませた。


「……ああそう。それならよかった。そんなことされたら、俺たちがかないっこないもんな。助かったよ」


 大成は軽い言葉で、すべての竜を挑発する。


「その減らず口を叩けぬようにしてやる。死ね。貴様らだけは、なんとしても殺さなくてはならん」


 その言葉とともに、すべての竜から放たれる力がさらに強まった。


 いいだろう。なにがあっても倒さなくてはならないのはこちらも同じだ。であれば、やることはただ一つ。


 大成とすべての竜は、目の前に立つ敵を否定するために、前へと踏み出した。

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