第442話 すべての竜に呪いあれ

 大成とすべての竜は互いに数歩進んだ位置で衝突する。大成の巨大化した刃とすべての竜の槌がぶつかり合う。


 呪いの力は間接的に触れ合っているだけでも伝わっていく。であれば、ぶつかり合えばぶつかり合うほどこちらが有利となる。


 だが、単純なぶつかり合いでは奴に分がある以上、安易に衝突するのは同時に危険でもあった。ぶつかり合うのであれば、そこをしっかりと見極めていく必要があるだろう。


 さらに燃やせ。その命が続く限り。もてるすべてをもって奴を打ち倒すのだ。


 感じられるのは命を失う感触と、それと引き換えにもたらされる大きな力。だが、それでもまだ足りない。たった一人で、すべての竜がいる場所に手をかけるには。


 ……いや違う。一人ではない。自分にはもっとも近い場所に一心同体たる相棒がいるのだ。一人ではできなかったとしても、彼がいればさらに上へと行けるはずなのだから――


 担ぎ上げる大剣にさらに力を乗せる。刃を形作る呪われた血が禍々しいを放つ。もはやそれは、すべての竜という規格外の存在でなかったのなら、近づいただけで呪い殺されるほどの力を誇っていた。


「その血で我らを汚すか! 異邦人!」


 激高とともにすべての竜は強く『棺』の床を蹴り込んで、大きな力を放つ。この場所を侵食しつつあった呪いの力が弾けて消え去った。


 しかし、現在進行形で刃から呪いの力が放射され続けているため、すぐさま周囲の汚染が進んでいく。


 これでどうにかできる相手ではないことはわかっている。この刃を届かせなければ、奴を倒すことは不可能だ。だとしても、あまりも強大な奴の力を削ぐことくらいはできるだろう。


 それが及ぶのは、ここだけではない。竜夫の元へいったもう一体にもこの力は及ぶはずだ。それは間違いなくここから生きて地上に戻らなければならない彼の助けになる。


 その身から強大な力を放ちながら、すべての竜がこちらへと接近。奴から放たれる力も、いまの状態でなければそこにいただけで即死しかねないほどの強さと濃密さを持っていた。


 それでもなお大成はすべての竜へと立ち向かう。果たすべき約束を胸に携えて。


 すべての竜が振るう槌に合わせて、大剣を振るう。正の力と負の力が衝突する。その瞬間、とてつもないエネルギーが巻き起こって両者はともに後方へと弾き飛ばされた。距離が開く。十五メートルほど。


 それだけの距離を隔ててもなお、すさまじい力が感じられる。それは、すべての竜が断固としてこちらを殺すという意思が見て取れた。


 上等だ。視認できるほど濃密さとなった力の奔流に晒されてもなお大成の戦意は衰えることはない。それは、こちらにとっても同じことなのだ。立ち塞がる奴を倒し『棺』の中枢部を破壊してすべてを終わらせる。その結果、死ぬことになっても構わない。元より、大切なものなどろくにない身だ。命と引き換えになにかを為せるのであれば、それは上等である。守るべきものがある者が強いように、持たざる者も同じく強いのだ。


 大剣を構えつつ、大成は『棺』の中枢部へと目を向けた。


 奴が存在していられるのは、『棺』の中枢部であることはわかっている。あれさえ破壊できれば、すべてを終わらせられることは間違いない。


 だが、奴を無視して『棺』の中枢部の破壊を試みるのはあまりにも危険すぎる。破壊する前に、こちらがやられてしまう可能性はとても高い。邪魔をされて仕留めきれない可能性もある。そうなったとき、敗北するのはこちらだ。


 確実さを求めるのであれば、奴を倒すよりほかにない。『棺』の中枢部という大元が残っていたとしても、奴を再出現させるには多少の猶予はあるはずだ。力さえ残っていれば、破壊することはできるだろう。


 大成は大剣に乗せた力をすべての竜へと解き放った。それは竜にとっては地獄そのものといってもいい斬撃。その身に受ければ、すべての竜といえども、ただではすまないだろう。


 自身に向かってくる斬撃に対し、すべての竜は槌を振るって大きな力を巻き起こす。それは斬撃と衝突し、対消滅を引き起こした。すさまじい力が荒れ狂う。竜であったとしても、それが自身の眼前で発生したら、巻き込まれなかったとしても死ぬだろうと確信させられるものであった。


 その余波がまだ残っている状態でも、大成は前に出る。想像を絶するほどの熱が身体の表面へと突き刺さってくるが、足を止めることはなくそこを突っ切っていく。倒すべき敵を倒し、約束を果たすために。


 向かってくる大成をすべての竜は待ち受けた。自身を殺しかねない力を前にしても、怯んでいる様子はない。真っ向から立ち向かう。


 接近した大成の大剣とすべての竜の槌が再び衝突する。ぶつかり合うたびに計測できないほど強力なエネルギーがぶちまけられた。正反対の力がぶつかり合うここは、まさしく地獄そのものであろう。この場で戦っている両者を除き、ここはあらゆる生命の存在を否定する。何者であったとしても、立ち入る余地はなかった。


 二度、三度と大剣と槌がぶつかり合い、互いに距離を取った。


 まだ足りない。周囲を取り巻く狂騒する力の中で、大成は冷静にそう分析する。


 なんとか追いすがってはいるものの、奴を打ち倒すところまで到達していない。


 であれば、やることは決まっている。さらに燃やすのだ。その持てる命を力に変えて。


 ギアをさらに上げる。あとどれくらいの時間、残されているのかわからなかったが、それ以外できることはなかった。


『……お前だけに負担をかけるわけにはいかんな』


 ブラドーの声が響き渡る。


『俺も協力しよう。俺自身、いまとなっては身体を持たぬ幽霊のようなものでしかないが、気休めくらいにはなろう』


 その言葉の直後、身体に満ちる力が強まった。それはどこか温かく不思議な感触であった。


『……悪いな』


『構わん、気にするな。俺とお前は一心同体だ。お前が死ねば俺も生きられない。であれば俺も、持てる限りのものを燃やして、お前の力とすべきだろう。その結果、俺が先に消えることになっても、お前は進め。俺のことなんて気にするな』


『先に消えられるのはちょっと困るな。せっかくの二対一の状況が崩れるし』


『そうだな。善処しよう。まあ仮の話だ。俺としても、簡単に消えてやるつもりなどない。お前と同じく、俺も生き汚さには自信がある』


 その声を聞き、一度も見たことのないはずのブラドーに笑みが見えたような気がした。


 少しでも怯み退けば、敗北は必至だ。ここからはもはや意地の勝負であるといってもいい。どれだけ躊躇なく命を燃やし続けられるかだ。


 まだ戦える。まだ燃やせる。まだ足は動く。


 であれば、さらに加速していくだけだ。もはや、ここまで来たら行くところまで行くだけのことである。その先にあるのが終焉であったとしても、退くことなどできるはずもない。


 周囲にはさらに呪いの力がばら撒かれる。竜たちにとって聖域とも言うべきこの場所を呪いで汚すのは、至極の快感であった。


 これだけの力で汚染されてもなお、すべての竜の力は依然として強大だ。さすがとしか言いようがない。ここまでしてもなお形を保っていられるのは、奴がすべての竜という強大すぎる概念が形になったからであろう。最期を彩る戦いとして、これほどのものはない。残すものがなにもなかったとしても、ただそれだけで充分だ。


 大成はすべての竜を見据える。


 さらなる加速をし、大成は再び前に出た。そのすべてを賭けて。

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