第441話 生きるために

 自身を遥かに上回る力を持つ相手を倒すにはなにが必要であろう? 強くなるには、時間が必要だ。突然強くなることなど現実ではあり得ない。少なくとも、通常は。


 であれば、考えられるのはただ一つ。なにかを代償にすることだ。それも、決して小さなものではないものを。カルラの町を守った英雄のように、あるいはすべてを背負って『棺』の破壊に赴いた彼のように。


 竜夫は目の前に立ち塞がるすべての竜に目を向ける。


 相変わらず隙はまったくない。仮にここがすぐ外に出られるような位置であったとしても、それを決して許してくれないのは間違いなかった。わずかでも隙を見せれば、そこで仕留められてしまうだろう。逃げるにしても、なんらかの形で隙を作らなければ、それを成功させるのはまず不可能だ。


 とはいっても、逃げられる隙を容易に作れる相手でもなかった。そもそもとして在り方からして違う奴は、こちらとは比較にならないほど強大なエネルギーを保有している。その圧倒的な出力を覆すのは非常に難しい。それは工夫や小細工でどうにかできるレベルを超えている。まともに渡り合おうとすれば、ただ蹂躙されるだけであろう。


 それでもなお、戦意はまったく衰えていなかった。敵が圧倒的なエネルギーを保有していることをはっきりと理解しているにも関わらず。戦わなければならない状況であるからか、本格的に狂ってしまったのか、どちらなのかは自分でもよくわからなかった。


 ……どのような存在であれ、ここをどうにかしなければ生き残ることは叶わない。死にゆく彼のためにも、その約束はなんとしても果たさなければならないのだ。諦めるなどできるはずもない。


 敵が圧倒的な存在であったとしても、ここに存在していることに変わりないのだ。であれば、仕留めることだってできるはずである。大元である『棺』を破壊できなければ倒せなかったとしても、ある程度の猶予は作り出せることは間違いない。


 竜夫は刃を握る力をそっと強め、ゆっくりと息を吐いた。


 改めて、こちらの前に立ちふさがるすべての竜を見据える。


 出し惜しみなどしていられない。奴を倒すには本当の意味で全力を出さなければ突破はできないだろう。


 竜夫は、自身が無意識にかけているストッパーを解除していく。


 竜の力の解放。いま持てるだけのものを奴にぶつける。それ以上でもそれ以下でもない。生きて地上に戻るために、賭けられるものをすべて賭けるのだ。


 身体の奥底から湧き上がった力が身体の隅々まで行き渡る。体内に火を点けられたかのような熱が巻き起こった。それは身体をまったく別のものに作り変えているかのような感覚。すさまじい力。それは、自身の身体が天に輝く星になったかのようであった。


 それほどの力であっても、いま目の前に立つすべての竜には及ばない。改めて理外の存在を敵にしていることを実感させられた。


 竜夫は『棺』の床を強く踏み込んですべての竜へと接近。空間を飛んだかのような速度であった。すべての竜を捉え、竜の力を刃に乗せてそれを振るう。その刃はまさしく、どのようなものであっても斬り伏せるだけの力を持っていた。


「…………」


 竜夫が振るった刃を、すべての竜は半歩後退しながら容易くいなした。これだけの力を以てしても、奴はまだ揺るがない。それはまさしく圧倒的としか言いようがなかった。


 竜夫は半歩下がったすべての竜を追撃する。竜の力を乗せたそれは、星のごとき圧倒的な質量を全力で叩きつけたかのような一撃であった。


 すべての竜はそれを軽やかな動きで横に回り込んで避けた。それは、長身であることを一切感じさせない軽やかな動きであった。


 回避をされても竜夫は止まらない。こちらの攻撃を回避して横に回り込んだすべての竜を回転しつつ放った横薙ぎでさらに追撃。


 今度は、すべての竜が振るった槌と衝突する。衝突と同時に、すさまじい爆発と衝撃が発生。それによって互いに仰け反った。


 先に動き出したのはすべての竜であった。左手に持つ槌に力を集中させ、それを振り下ろす。力を込めただけの単純な殴打でしかなかったが、圧倒的な力と速さをもって行われたそれは、ただそれだけで恐ろしいものと化す。まともに受ければ、一撃で物言わぬ肉塊に変えられてしまうことを確信させるものであった。


 竜夫は自身の脳天に迫ってくる槌に刃をぶつけて相殺。大きな力がぶつかったことによって、再びすさまじい爆発と衝撃が発生。それを浴びた両者は反射的に仰け反ることになった。


 爆発と衝撃を発生させたのはこちらの意図的な行いであった。であれば、それに対処することはそれほど難しいことではない。すべての竜よりも先んじて竜夫は動き出した。


 魔弾を受け、体内から刃でずたずたに引き裂かれてもなお平然としていることを考えると、通常考えられる手段で殺し切るのはまず不可能であろう。


 そう判断した竜夫はバックステップして距離を取り、持っていた刃にさらなる力を込めて――


 その刃をオーバーロードさせつつ、それを正面に放った。『棺』の広い通路の全域を焼き尽くすエネルギーがすべての竜を呑み込んだ。まともな存在であれば、これで文字通り消滅するはずであるが――


 圧倒的なエネルギーの奔流の中から、すべての竜が姿を現す。いまの身体の至るところが焼け焦げていたが、その動きに一切の翳りはない。愚直にこちらへと近づいて、その手に持つ槌を振り下ろしてくる。


 これで倒し切れないのはこちらも予測済みだ。竜夫は大きく後ろへと飛んですべての竜が振り下ろした槌を回避。


 当然のことながら、すべての竜はこちらに対して追撃を仕掛けてきた。圧倒的なエネルギーをもって、こちらを叩き潰そうと試みる。


 そうしてくるのも予測済みだ。竜夫は、こちらへと向かってくるすべての竜の動きに合わせて『棺』の床に力を注ぎこんで――


 向かってくるすべての竜を下から突き上がってきた無数の刃で串刺しにしつつ宙へと押し上げた。


 自身の足もとから突き出された無数に刃によって串刺しにされて押し上げられたすべての竜は当然、動きが止められる。


 動きが止められたことを確認した竜夫は、すべての竜が遮っていた前へと飛び出した。


 まともにぶつかり合って勝ち目がないのであれば、そもそも戦うべきではない。こちらの目的は奴を倒すことではなく、地上への帰還だ。


 竜夫は後方を確認しつつ、さらに加速。奴が動きを止めている間に、少しでも外に近い場所を目指していく。


 超常の力を以て駆け出せば、短い時間であってもそれなりの距離を稼ぐことは可能だ。どこまで行けるか、不明瞭であるが、行けるところまで行くしかない。


「逃がさぬ」


 背後から声が聞こえ、竜夫は刃を創り出しつつ振り向きながら、こちらへと追いすがってきたすべての竜の攻撃をなんとか凌ぐ。


 やはり、このまま逃がしてくれないらしい。これもわかっていたことである。想定の範囲内だ。


 これで大きく状況は改善したと言えるだろう。自分の背後が進むべき方向になったのがとてつもなく大きい。これができただけでも、いまの行動の収支は間違いなくプラスであった。


「我らから逃げられると思うなよ、異邦人」


 全身を足もとから刃で貫かれていたというのに、その身体には一切傷らしいものはなかった。やはり、通常の方法では倒すどころか傷つけることすら難しいようだ。


「悪いけど、こっちはあんたと戦う理由なんてないんでね。逃げられるのであればどこまでも逃げてやるさ」


「面白い。では、やってみるがいい」


 こちらの挑発に対してもすべての竜は尊大な態度を崩さない。それも当然だ。背後が外に続く方向になったからといって、相対した状態で逃げられるはずもない。先ほどのように決定的な隙ができなければ、一瞬でも気を逸らした隙にやられてしまうのは間違いなかった。


 さて、次はどうするか? それを考えながら竜夫は周囲に状況へと確認。


 外はまだ遠い。もう少し近づかなければ、出られそうになかった。あと何回か、先ほどのように隙を作らないと難しいか。


 これは生きて地上に戻るための戦いだ。約束を果たすために、なんとしても生きて地上に戻らなければならない。


 約束と命を賭けた撤退戦はさらに過熱する。

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