第439話 すべてをもって

 己の目ですべての竜を捉えた竜夫は刃を携えて接近する。


 奴から感じられるのはとてつもないほどの大きな力。いままで戦ってきたなによりもそれは強大だ。すべての竜というのが伊達ではないのは間違いなかった。


 だが、どれだけ強大であっても負けるわけにはいかなかった。『棺』の破壊を任せた大成のためにも、こちらは生きて地上に戻らなければならないのだ。


 近づいただけでその力の強大さが感じられる。それはまるで太陽かと錯覚するほどであった。


 ……それでもなお止まるわけにはいかない。なにがあろうと奴に打ち勝ち、生きて地上に戻らなければならないのだ。それが、死んでいく彼が託した願いであったのだから。


 すべての竜に接近した竜夫は刃を振るう。全身の力を一点に収束させ放った一撃。それは、およそ生物であればいかなるものでさえも斬り捨てるものであった。


「…………」


 すべての竜は一切の言葉を語ることなく、左手に持つ槌で竜夫が放った斬撃を受け止める。槌と刃がぶつかり合った瞬間、想像を絶するほどの重みが両腕に伝わってきた。人間大の存在とは思えないほどの重み。それは、人間大の大きさの中性子星と衝突したかのようであった。


 こちらの刃を左手だけで受け止めたすべての竜は、そのまま埃でも払うかのように軽々しい動作で後方へと突き飛ばす。ただそれだけで目の前に立ち塞がる存在が規格外であるかを認識させられるものであった。


 竜夫を払い除けてすぐ、すべての竜は力強く踏み込んで距離を詰めてくる。それは想像を絶するほどの重さを持った存在とは思えないほど素早く、鋭いものであった。瞬時に奴が持つ槌の間合いへと入り込んでくる。


 接近したすべての竜はその左手に持つ槌を振り下ろした。その手に持った獲物をただ振り下ろしてくるだけの一切小細工のない一撃であったが、想像を絶する力と速さを以て行われたとなると、それは一挙にして恐ろしいものとなる。


 竜夫は横に回り込むようにして振り下ろされた槌を回避。だが、間近を通り抜けていった槌からはとてつもない衝撃が伝わる。竜の力がなかったら、その衝撃だけで身体を破壊されていただろう。そう確信ができるほどの威力を持つ一撃であった。


 攻撃を回避されたすべての竜はすぐさま横に回り込んだ竜夫を捉える。武器を持たぬ右腕が光り輝くのが目に入った。その手がこちらへ向かって突き出される。


 それを目にした竜夫はすぐさま危機を察知。さらに横へと飛んで自身に向かって突き出された腕を避けた。


 こちらをつかもうとした腕を回避した竜夫は、その場から力を吸い上げるようにして刃を振るう。いま持てるすべての力を刃へと一点集中させた一撃。


 だが、その一撃は空を切る。すべての竜はそれを飛び上がって回避したのだ。それは想像を絶するほどの重さを一切感じさせない軽々しい動き。こちらの上を取る。


 飛び上がったすべての竜は空中で姿勢を変えながらその手に持つ槌を叩きつけた。中性子星のごとき重さを持つそれを上から叩きつけられれば、いかなる存在であっても容赦なく叩き伏せられることであろう。そのような一撃を受け止められるはずもない。


 竜夫はバックステップで難を逃れる。しかし、『棺』の床に叩きつけられた槌は周囲を揺るがした。その振動はまるで巨大地震が発生したと錯覚するほどすさまじい。ダメージこそ負わなかったものの、瞬間的に発生した振動によってわずかに動きが止められてしまう。


 わずかとはいえ、その隙をすべての竜は逃すはずもない。空間をねじ曲げたかと思うような速度で踏み込んでこちらへと接近し、力任せにその手に持つ槌をまたしても振り下ろしてくる。


 奴の攻撃を受け止めるのであれば、こちらも相応の力が必要だ。そう判断した竜夫は竜の力を解放。自身の能力をさらにブーストする。


 自身に向かって振り下ろされた槌を刃で弾く。竜の力を解放したことにより、なんとか受け止めることを可能にしたが――


 槌を受け止めたことによる衝撃は殺し切れなかった。全身を通り抜けていった衝撃によってその身体をわずかに硬直させる。


 当然、すべての竜はさらなる追撃を実施。こちらの胴をへし折るためにその手に持つ槌を薙ぎ払う。


 やはり、攻撃を受け止めるのは危険すぎる。竜の力を解放したとしても、奴とこちらではそもそもの出力が違うのだ。できうる限り攻撃を回避するべきであろう。受け止めるのはどうしても回避できないときだけに絞るべきだ。


 全身を通り抜けていった衝撃による硬直からなんとか復帰した竜夫は、自身の胴をへし折るために放たれた槌をくぐり抜けるようにして回避。直撃を避けてもなお伝わってくる衝撃だけでも、気を抜けば動きを止められかねない。気をしっかりと保ち、衝撃に耐える。


 攻撃を回避し、すべての竜の横に回り込んだ竜夫は銃を創り出す。放つのは着弾箇所に刃を生み出す必殺の魔弾。奴がどのような存在であれ、この魔弾を無効化できないはずだ。


 至近距離から魔弾を放つ。それは、すべての竜に命中し――


 着弾し、身体の内部に到達したところで無数の刃を生み出して飛び散らす。すべての竜の胴体から無数の刃が身体から突き出された。


 しかし、すべての竜は止まらない。内部から発生した無数の刃によってその身体を引き裂かれたにも関わらず、横に振り向いてこちらを見据え、左手に持つ槌を振り下ろしてきた。


 竜夫は銃を手放しつつ、バックステップしてそれを回避。衝撃が身体の前方を通り抜けていく。


 攻撃を回避した竜夫はさらに後ろへと飛んで距離を取り、すべての竜を見据えた。


 その身体は間違いなく内部から発生した刃によって引き裂かれていた。だが、一切血は流れておらず、その様子を見る限りダメージを食らっている様子もなかった。あの状態になっても問題なく動けるとなると、よほどのことがない限り奴を沈黙させることはできないのだろう。


 血を流れていないことを考えると、奴は本質としては非実体の存在であるように思われた。概念が形になったような存在と言うべきだろうか。すべての竜が集まって生み出された存在なのだから、それは当然であるが。


 となると、奴を倒すには頭を潰す、心臓を貫くなどといった手段では殺せない可能性が非常に高い。奴を倒すには、奴以上のエネルギーをもって一気に消滅させるか、大元である『棺』を破壊するかのどちらかになるが――


『棺』から離れてしまった以上、『棺』の破壊は不可能だ。だからこそこの広大な『棺』の中をここまで進んできたのである。『棺』の破壊は、大成に任せる以外ほかにない。


 とはいっても奴以上のエネルギーをもって一気に消滅させるのも困難だ。なにしろ奴はすべての竜である。多くの力が集まって一つになってできた存在なのだ。単一の存在であるこちらとはそもそも前提からして違う。量も質も、こちらとは文字通り次元が違う存在といってもいい。それを上回るエネルギーを出すのは、たとえ瞬間的であったとしてもとてつもない困難であることは間違いなかった。


 どうする? 強く歯をかみしめながら竜夫は目の前の困難をどう打ち払うかを考えた。


 奴は、ただ単に強い存在だ。それは、すべての竜という圧倒的なエネルギーが大元となっている。小細工を弄することなく、愚直にその力でこちらを叩き伏せてくる存在だ。


 ゆえに対抗するには力で対抗するしかない。だが、単一の存在でしかないこちらが行使できる力には限りがある。真正面からぶつかって、勝てる相手ではないのは自明の理であった。


 どうにかして、奴に対抗できる手段を見つけなければならないが――


 こちらはたった二人でこの『棺』に突入してきたのだ。そして、互いに戦闘中である。頼れるものは自分以外にはない。


『棺』の内部は一本道だ。逃亡するのも難しい。壁を破壊して外に出られればいいが、ここが『棺』のどのあたりかわからない以上、それも現実的ではないだろう。なにより、壁を破壊している余裕などあるはずもない。


 最後の最後で一番厳しい状況に陥るとは。しかし、戦いなんてそんなものだろう。いままで通り、なんとかする以外他にない。


 竜夫はすべての竜を見据え、刃を構え直す。


 人と竜の命運を賭けた戦いは、さらに加速する。

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