第438話 総力戦

 いま己が持てるすべてをもって、奴を打ち倒す。いま自分がやらなければならないのはそれだけだ。


 大成は、目の前に立ちはだかるすべての竜へと目を向けた。


 さすが、すべての竜というだけのことはある。その力はいままで戦ってきたどのような相手よりも強大だ。


 それは同時に、取るに足らない存在でしかなかったはずのこちらを、そのすべてを以て倒さなければならないと判断したということでもある。たとえ敵であったとしても、そうしなければならないと判断されたことは光栄でもあった。


 大成はいま持てる力を直剣へと乗せ、距離を詰める。


 その身にあるのは圧倒的な力であった。己が持てるすべてを賭けた代償として得た力。全身が万能感に満たされている。並大抵の存在は、いまの自分の力に対抗できるはずもなかったが――


 大成が振るった直剣をすべての竜はその槌で受け止める。体格はこちらとたいして変わらないはずなのに、とてつもなく巨大で重いものと衝突したかのようか感覚が伝わった。触れてはじめて、目の前にいるすべての竜という存在がいかに規格外の存在であるか実感させられた。


 それも当然だろう。なにしろすべての竜だ。存在としての強度がそもそもこちらと違う。まさしく圧倒的と言っていい。最後に戦う相手としてどこまでも相応しい存在だ。己のすべてを賭けて打ち倒し、誇りある死を迎えるのに、これほどの相手はないと言える。


 数秒ほど鎬を削ったところで、すべての竜が蹴りを放った。大成はその蹴りを後ろに飛んで回避。


 蹴りを回避されたすべての竜は追撃を仕掛けてくる。稲妻のごとき鋭さを誇る踏み込み。それはあまりにも速く、瞬間移動をしたのではないかと思える速度であった。


 距離を詰めてきたすべての竜はその手に持つ槌を振り下ろす。黄金に輝く武骨なそれは、とてつもないエネルギーに満ちていた。それは、触れただけでその多くを消滅させうる力を持っている。あれをまともに食らうことになれば、強大な力を得たいまであったとしても、大きな打撃を食らうことになるだろう。


 大成は直剣を構え、すべての竜が振り下ろした槌を待ち受ける。直後、大成の直剣とすべての竜の槌が衝突。大岩を叩きつけられたかのような重い衝撃。両脚の末端までその身体を震わせた。


 だが、崩された状況でなければ奴の攻撃を直剣で受け止めても耐えることは可能だ。一つ一つしっかりと捌いていけばいい。必要以上に恐れるな。いまの自分の力を信じろ。たとえ敵がすべての竜であったとしても、対抗しうることは可能なのだ。こちらだって、そのすべてを賭けているのだから――


 二撃、三撃とすべての竜の攻撃を凌いだ大成は、後ろに飛んで距離を取りつつ、力を放つ。赤い霧がすべての竜を包み込む。自身の力を霧状にして放ったのだ。


 奴も竜であることに変わりはない。であれば、こちらが持つ竜殺しの呪いだって有効であるはずだ。大量に吸うことになれば、多大なる影響を及ぼすはずであるが――


 すべての竜を包み込んだ赤い霧は、すさまじい衝撃ととともに吹き飛ばされた。霧を吹き飛ばした衝撃の余波で、大成も動きを止めてしまう。


 霧を吹き飛ばしたすべての竜は、黄金に輝く槌を振り上げ、力強く叩き落とす。すべての竜を中心として爆発が巻き起こった。


 大成はそれを上に飛び上がって避ける。しかし、その爆発の威力はすさまじく、爆発と同時に巻き起こった衝撃まで回避しきることは叶わなかった。衝撃によって、さらに上へと打ち上げられる。


 その隙を、すべての竜は逃さなかった。高く舞い上がったこちらを撃ち落とすかのよう飛び上がり、追撃を仕掛けてくる。それは地上から打ち上げられた流星のごときすさまじさ。それとただ衝突しただけで、充分死に至らしめるだろう。


 大成は空中で姿勢を整えて、流星のようにこちらへと向かってくるすべての竜に対抗する。横から乱暴に振るわれた槌を直剣で受け止める。空中であっても、その威力のすさまじさは変わらない。すべてをねじ伏せる圧倒的な暴力。竜であったとしても、これを受け止められるものは多くないだろう。


 だとしても、こちらにだって退けない理由がある。この『棺』を破壊することを約束したのだ。それを反故にすることなどできるはずもない。


 奴は、すべての竜だけあって、その存在としての強度はいままでの敵とは段違いだ。格というか、次元が違うと言ってもいい。霧状にしてその血を撒いても、圧倒的なパワーで容易く吹き飛ばされてしまう。


 であれば、奴であっても簡単に吹き飛ばされるものでなければいい。すべての竜の槌をなんとか凌いだ大成は直剣に力を込め、それを一気に放つ。


 放たれたのは己のすべてを賭けて得られた力を以て放たれた竜殺しの呪いに満ちた斬撃。まともに受ければ、すべての竜といえども大きな損害を受けることになるだろう。


 自身に向かってくるそれを視認したすべての竜は、一切躊躇することなく、その手に持つ槌から巨大な力を放った。


 二つのとてつもない力が衝突すると同時に、すべての感覚が失われたかと錯覚するような力の奔流が巻き起こる。


 こちらが放った竜殺しの呪いに匹敵するエネルギーをぶつけることで、それを対消滅させたのだ。規格外の力を持つ奴であればこそできる絶技。


 想像を絶する力が巻き起こったことにより、大成の死角が歪む。だが、怯んでなどいられない。すぐにでも体勢を整えなければと思うが、なかなか身体のほうが思うように動いてくれなかった。


 それでもなお無理矢理身体を動かして、復帰して着地する。


 すべての竜もこちらと同じく立っていた。奴は間近であれだけの力に晒されてもなお、平然としていた。やはり、そもそも存在としての強度がこちらとは次元が違うのだ。普通に考えれば、まともに相手にするような存在ではないのだろう。


 しかし、奴を倒さなければ『棺』の破壊は叶わない。なにがあっても奴を倒さなければ、こちらの目的を果たすことはできないのだ。


『この状況、どう思う?』


 大成はブラドーへと問いかける。


『まさしく、最悪だな。奴はそもそも、俺たちとは存在としての次元が違う。なにしろ、すべての竜だ。単一の存在でしかないこちらとは出力が違い過ぎる』


 このような状況になってもブラドーの声は相変わらず冷静さを保っていたものの、やはり厳しさが感じられた。


『俺たちだけで奴と戦うのは無謀ってことか?』


『ああ。その通りだ。だが、俺たちの願いを叶えるのであれば、奴を倒す以外ほかに手がないのもまた事実だ。奴らがすべてを賭けて俺たちを排除しようとしているように、俺たちもそのすべてを以て奴を打ち倒そうとしている。そこに大きな差はない。であれば――』


 できるはずだと力強くブラドーは断言する。その言葉に根拠があろうとなかろうと、できなければこちらの目的が達せられないのは間違いなかった。


『奴にも、呪いは有効だよな』


『ああ。こちらとはその在り方が違うとはいえ、あれも竜であることに変わりないからな。とはいっても、存在としての強度が違う以上、いままでの相手と同じようにとはいかんだろう。生半可な出力では、奴の強度を上回れない。文字通り、すべてを賭けなければならんだろう』


『そりゃあ、なかなか厳しいな』


 なにしろ奴はこちらが渾身の力を以て放った攻撃と同等レベルの出力を、片腕を振るうかのように出せてしまうのだ。まともにぶつかり合ってどうにかできる相手ではないのは間違いなかった。


 こちらにもあまり時間は残されていない。なにしろこちらは命を代償にして本来はできなかったはずのことをねじ曲げたのだ。一気に、始末すべきところであるが――


 相手は、その在り方からして違う存在だ。奴は、竜という超常の存在よりさらに上位の存在と言ってもいいだろう。


 だが、それでこそ倒し甲斐があるというものだろう。最後の最後に戦うのだから、これくらいの相手でなくては。


 大成は直剣を構え直し、すべての竜を視界へ据えた。


 まだ戦える。であれば、前に出るだけだ。


 大成は力強く床を蹴り込んで、すべての竜へと向かっていく。そのすべてを終わらせるために。

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