第432話 そのすべてを

 一体、彼はなにをするつもりなのだろう? およそ考えられる手段をすべてすり抜けることができるヴィクトールの能力を無力化する方法――見た限り、なにか手があるようであったが――


 いや、考えたところで仕方ない。大成がなにをするのだとしても、信じようではないか。いまの彼は、背中を預けるべき仲間であるのだから。


 なにより、こちらも自身の身体から抜け出す奴に対して有効な武器を創り出すことができた。魂を斬る刃。当てることさえできれば、自在に身体から抜け出し、別の身体を創り出してそちらに移動するヴィクトールにも有効となり得る武器ではあるが――


 当てられるかどうかというのがそもそもの問題である。自在に身体を脱け出してしまう奴に当てられないからこそ、こちらは攻めあぐねていたのだから。


 魂を斬る刃を手にしたことで、まぐれ当たりでもしてくれれば、倒せる可能性は増えたわけではあるが――そのようなまぐれ当たりが起こる可能性はまずないだろう。その程度のミスしてくれるような相手であれば、ここまで苦労することなどなかったはずだ。


 とはいっても、こちらが当たれば致命傷を与えかねない武器を持っていることは非常に大きい。それだけでも充分な脅威になっているはずである。この状況を存分に利用するべきであろう。


 大成はヴィクトールへと向かっていく。彼から感じられるのは、いままでよりも遥かに大きい力。自身が無意識的にかけている力の制御を意識的に取り払っているのかもしれなかった。それは、爆発的な力を得られるものの、その後に訪れる反動は非常に大きい。


 ヴィクトールはその場から動かずに大成を迎撃するつもりのようであった。身体を脱け出すことで疑似的な瞬間移動ができる奴にしてみれば、数的に不利な状況であっても大きく動く必要ないと判断してのことだろう。


 こちらも見ているわけにもいかなかった。奴は強い。『棺』の近くというのも差し引いても、二対一で互角以上に渡り合っているのだから。


 竜夫は魂を斬る刃を握り直して動き出す。大成と挟み込むような形で、わずかに時間差をつけてヴィクトールへと接近。


 ヴィクトールは先に接近した大成の一撃を受け止め、わずかに遅れて接近するこちらの攻撃は身体を脱け出して回避した。奴が抜けた身体は泥のように溶け、すぐに蒸発していく。


 魂を斬る武器があったとしても、それを有効的に当てるのは非常に難しい。


 やはり、問題はこちらが身体から抜け出した魂を捕捉できないことだろう。そもそも、身体から抜け出した奴の魂を捉えられないからこそ、倒し切れていないのだ。人間は、外部の情報取得のほとんどを視覚で行っている。それは、超常の力を得たいまでも同じだ。見えないものを斬るというのは想像以上に難しい。


 挟撃を脱け出したヴィクトールが離れた位置に出現。その距離は十五メートルほど。それは一瞬で詰められる距離のはずなのに、果てしなく遠くにあるように思えた。


 どうにかして、奴を捉えることができないのだろうか? それさえできれば、奴も安易に自分の身体を脱け出すというのができなくなるはずである。


 恐らく、身体を脱け出した状態での能力の行使は、ある程度限定されているはずだ。一切限定されていないのであれば、わざわざ別の身体を創って移動する必要などないのである。身体から抜け出した状態の奴は無防備に近い状況であろう。それでもなお奴がそれをやっているのは、こちらが身体から抜け出した奴の本質を捉えられないことをわかっているからだ。


 どうにかして、身体を脱け出した奴を捉えることができる手段を見つけなければならないが――いますぐここでそれができるようになるとは思えない。少なくとも、こちらは不可能である。


 であれば、大成に賭ける以外できることはなにもない。せっかく協力しているというのに、彼に頼りきりにならなければならないというのは気持ちのいいものではなかった。なんとかして、力になりたいところであるが――


 再出現したヴィクトールが周囲になにかを展開する。現れたのは小型の塊のような存在。奴の能力で創り出した衝撃が加わると爆発する異形の生物であろう。周囲に展開したそれらを一気に放ってくる。


 こちらに向かってきたのは全部で五つ。衝撃を加えると爆発する以上、刃で処理するのは不可能であった。爆発の影響が及ばないところから攻撃して破壊するか、誘導してくる塊同士を衝突させて処理するだが――


 竜夫は大きく動きながら、銃で向かってくる塊を迎撃していく。あの塊は衝撃を加えれば簡単に爆発するため、当てられさえすれば処理するのはそれほど難しくはない。


 二つを銃で破壊し、もう一つは刃を投擲して処理。残りの二つを高い誘導性を利用して衝突させることによって撃破。


 すべて処理したところで、竜夫は再び魂を斬る刃を創り出しつつヴィクトールへと接近。ヴィクトールへと接近した竜夫は刃を振り下ろす。


 対するヴィクトールはそれを槍で受け止める。こちらとたいして体格の差はないというのに、岩を殴りつけたかのような重さが感じられた。


 こちらの攻撃を打ち払ったヴィクトールは手に持っている武骨な槍で反撃。ただ敵を刺し貫くことだけを考えた無駄のない一撃。


 竜夫はそれを刃で軌道を逸らして防いだ。そこに大成が死角からヴィクトールへと接近。竜殺しの血で構成された直剣が襲いかかる。


 ヴィクトールはそれを自身の周囲に膜のようなものを展開して防御。極めて弾力性の高い膜が大成の直剣を阻んだ。


 展開した膜で大成の一撃を防いだヴィクトールはすぐさま後ろへと飛び、距離を取った。


 ヴィクトールは距離を取りながら、再び無数の異形の塊を創り出してそれを放つ。放たれたそれらは一気にこちらへと向かってくる。


 向かってくるそれらを視界へと収めつつ、竜夫はそれを迎撃。銃で打ち落とし、刃を投擲し、塊同士を誘導してなんとか凌ぎきる。


 そこで、竜夫は気づく。


 奴を倒しうる一撃。それさえできれば、自在に身体から抜け出すヴィクトールも倒せるはずであった。


 だが、これはこちらも相応のリスクがあるが――躊躇していられるはずもない。できることはしっかりとやっておかなければ、奴を倒すことなどできないだろう。


 なにより、成功率が高いのは最初の一撃だけだ。外してしまえば、次からは警戒される。


 ……やるしかない。


 竜夫は刃を両手に持ち替え、持っているそれを作り変えていく。


 こちらだってできるはずだ。それを否定する理由はどこにもない。であれば――


 ヴィクトールは大成へと接近する。彼のほうを優先的に狙うというのは変わっていないようだ。


 この猶予はしっかりと利用するべきである。せっかくの二対一なのだ。その状況は存分に使っておくべきであろう。


 幾度か大成とヴィクトールが打ち合ったところで、竜夫は必殺の刃を創り出すことに成功する。


 あとは、それを当てることだけだ。当てられさえすれば、実質的に不死である奴であっても、殺し切ることができるだろう。


 竜夫は一瞬だけ、力強く床を踏みしめ――


 渾身の力を以て足もとを蹴り、死角からヴィクトールへと近づいて――


 必殺の刃を力強く薙ぎ払った。

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