第427話 呪いと武器と生命と

 放たれた槍は、その軌道上にあるものすべてを殲滅するほどのすさまじい威力を誇っていた。それを受けようとすれば、相当の力が必要になるだろう。そもそも、それだけの力を使っても無事に受けられる保証もなかった。であれば、回避する以外ほかにない。


 大成は直剣を伸ばして着弾箇所から離れた床に突き出し、収縮させてその場から離脱。直後、すさまじいエネルギーが背後を通り過ぎていく。


 通り過ぎていった槍は遠くにある壁を貫通していた。戦車砲のような威力。少しでも遅れていたら、あの壊滅的な威力によってバラバラになっていてもおかしくはなかった。


 その身一つで戦車砲のような威力を持つ槍を投擲したヴィクトールは依然として涼しい顔をしている。その手にはもうすでに新しい槍を持っていた。二対一という状況のため、こちらを待ち受けているのか、それとも別のなにかを考えているのか――どちらなのかは判断できなかった。


 こちらから向かっていかなければ奴を倒すことは不可能であることはわかっている。だが、自在に身体から抜け出して、新しく作成した別の身体に移動するのを防がなければ、倒すこともできないのもまた事実。


 こちらの血は、肉体のみならず本質――魂にも有効であるらしい。しかし、その身体からその本質が抜け出されてしまったら、どれほど有効であっても意味がないのも同然だ。奴がどれほど強力であったとしても、いつかは限界が来るのは間違いないが――その到来がいままでの戦いで消耗しているこちらよりも早く訪れるということはまずないだろう。見込みのない耐久戦など論外である。どうにかして対抗手段を見出さなければならない。


 とはいっても、身体から抜け出されてしまったら、こちらではどうにかするのはとてつもなく難しい。なにしろ、こちらには身体から抜け出した本質を視認する能力などないのだ。一切、見えないものを的確に破壊するのは非常に困難である。


 攻撃を続けていたら、いつかは当たるかもしれないが――いつ訪れるかもわからず、そもそも奴がそのようなミスをするとも思えなかった。


 であれば、逃げられない状況を作るしかないが――なにをどうすれば身体から抜け出すのを防げるのかまったく見当もつかなかった。


 なにしろ、奴がやっているのは幽体離脱そのものだ。塩を撒いて防げるとも思えなかった。そもそも、塩を撒いて防げたとしても、別の身体への移動をできないようにさせるとなると、相当の量が必要になる。そんなものをいまこの場に用意できるはずもない。


 倒すヴィジョンが浮かばず、徐々に焦燥感が募っていく。


 ……嫌な状況だ。攻撃をしても有効にはなり得ないというのは本当に厳しい。いまはまだこちらにも余力があるためなんとかなっているが、この状況がずっと続けば、こちらも竜夫もどうなるかはわからなかった。


 心が折れるときというのは本当に一瞬だ。かつていた世界で怪物どもとの戦いでそれは嫌というほど思い知っている。それが、いまの自分たちに来ないという保証がどこにもない。それどころか、いまこちらが思っている以上にそれは近いところにあるのだろう。


 動くに動けない状況というのは本当にもどかしい。この広い空間で自在に身体を脱け出し、別の身体に次々と移動していくなど反則としか言いようがなかった。


 周囲には相変わらず、微細な奴の新しい身体のもととなるものは浮遊している。これら一つ一つが別の身体になるとは本当に信じられない能力だ。これらをどうにかできなければ、奴を捉えることができないというのは――


 そこまで考えたところで、ふと気づく。


『ブラドー、奴の能力のことだけど――』


 ブラドーの竜殺しの呪いは、そもそも呪いである以上、物理的な繋がりがなかったとしても波及する。いままで戦ってきた多くは、能力と自身との繋がり――いわば大元である自分自身と切り離して使い捨てること、でその呪いの影響を受けることを最小限としていた。


 これだけ微細なものが、大元である奴から切り離された状態で、常に自身の身体の元となる維持できるとも思えない。


 数が増えれば、呪いの影響も受けやすくなる。これだけの数になれば、一つ一つが小さなものでしかなかったとしても、それらが集まればそれなりのものとなるはずだ。


 それにもかかわらず、奴は呪いの影響を強く受けている様子はなかった。であれば――


 周囲に浮遊しているあれは、本命から目を逸らすためにデコイではないのだろうか? それを、ブラドーへと伝えると――


『確かにその通りだ。これだけ大量にばら撒いていたら、奴の身体になんらかの影響が出ていて然るべきだ。俺のほうでも、奴に強い影響が及んでいるとは思えない。だとすると奴は――』


 奴は、そこらに浮かんでいる自身の身体の元となるものに本質を移し、それを能力で元の身体と同じものを作成しているのではない。身体を脱け出した状態で能力を行使し、その都度、新しい身体を作成していることになる。


『一つ気になるんだが、身体のない状態で能力を行使するなんてできるのか?』


 竜夫が疑問点を述べる。


『通常であれば不可能だ。だが、この場でなら可能だろう。なにしろここは、〈棺〉の中心部の近くだ。〈棺〉による補助があれば、ある程度の制限はあるだろうが、できたとしてもおかしくはない。なにしろ、あれは竜どもがそのすべてをかけて作りだしたものだからな。恐らく、本来の目的に支障がない程度に留めているだろうが』


 身体から抜け出してその都度新しい身体を創っているとなると、移動する先をなくしてそれを阻止するというのは不可能だ。ないものをあらかじめ壊しておくことなどできるはずもない。


『となると、奴を倒すには前提として身体を脱け出すことを阻止できなければ駄目ってことか』


『ああ。身体を脱け出した奴のことが見えれば、倒すのはそれほど難しくないが、生憎、俺たちには魂そのものを視認できる目など持ち合わせていないからな。滅茶苦茶に攻撃しまくればいつかは捉えられるかもしれないが、たぶん無理だろう。そんなことでどうにかできるほど、奴は未熟ではないからな』


『身体を脱け出した状態での能力行使が本来は不可能であるのなら、それを無理矢理可能にしているわけだし、奴の消耗も早いんじゃないか?』


 本来はできないことを可能にするというのは、相当のリソースを必要とするものだ。


『その通りであるが――〈棺〉のリソースはもともと莫大だ。利用している部分がわずかであったとしても、それは相当の力を有する。身体を脱け出したときの能力行使で、はその大部分を〈棺〉のリソースを使用しているのだろう。俺が見た限りでは、奴自体の消耗は通常の能力行使よりも多少に大きい程度だと思われる。消耗した俺たちよりも先に限界が訪れるとは思えないな』


 予想はついていたが、改めてそう突きつけられると嫌なものだ。やはり、奴を倒すにはいまいる身体から抜け出せないようにしなければならないらしい。


 どうすれば奴が身体から抜け出すことを阻止できるのだろう? なにか、いい手段があればいいのだが――


 一つだけある。奴が自身の身体から抜け出すのを阻止する方法が。


 だが、それを実行するには覚悟が必要だ。自身の命が失っても構わないという覚悟。そして、もう一つ必要なのは――


『あんたに質問だ。あんたの能力で、本来はないものを創ることはできるか?』

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