第428話 幻想作成

『本来はないもの――って具体的にはどういうものだ?』


 竜夫は大成の質問に対しそう返答する。


『そうだな。たとえば――』


 大成は澱みなくどういうものを求めているかを答える。


『理論的には可能かもしれないけど――すぐに創れるかはわからないな。なにしろ、本来はないものだし』


 竜夫の返答に対し、大成は『いや、それでもいい。俺も即座に創れるとは思ってないからな』と言葉を返してくる。


『でも、創るのはいいけど、奴に当たらなきゃどうしようもなくないか?』


 どれほど有効なものであったとしても、当たらなければ意味がないというのは戦いにおける真理である。本質的に奴を捉えられないことがそもそもの問題なのだから。


『俺がなんとかする。それなりに痛い思いをするだろうが、お前は気にするな。お前はお前が進む道を行け』


『……死ぬつもりか?』


『さあな。奴をどうにかするには死んでも構わないと思わないとどうにもできないだろうしな。俺が生き残ったところで、誰かが喜ぶわけでも、得になるわけでもない。それなら、お前が生き残ったほうがいいだろう』


 はっきりと力強く、大成は言葉を返す。それだけの強い覚悟を持っている相手に対して、軽い言葉で引き留められるとは到底思えなかった。


『とにかく、だ。お前は奴を仕留めうるものを創ってくれ。できれば、戦いながらやってくれるとありがたいが。さすがに、奴を一人で押しとどめるのは厳しいからな』


 その言葉に対し、竜夫は『当たり前だ』と返答する。身体から自在に抜け出し、その間に作成した別の身体に移動するという反則めいた力がなかったとしても、奴はとんでもない強者なのだ。協力するのは当然である。


 竜夫は再度ヴィクトールへと目を向けた。


 奴は依然として力に満ち溢れていた。別の身体へ移り続けたことで、ダメージは食らっていないに等しい状況だ。明らかな消耗も見られない。


 対してこちらはここに来るまでに強敵と戦い続けたことで、相応の消耗をしている。なにがどう転んでも、長引けばこちらが先に力尽きるのは明らかであった。


 一体、大成はなにをするつもりなのだろう? 身体を脱け出して新しく創り出した別の身体への移動を防ぐ手段があるというのだろうか? そう簡単に防げるようなものとは思えなかったが――


 いや、と竜夫は首を振ってそれを否定する。


 彼を信じるしかない。こちらには身体から抜け出す奴を捉える方法などないのだから。なにより、彼はこちらを信じてくれている。であれば、こちらもそれに答えるというのが礼儀であろう。信頼には、信頼で答えるべきなのだ。


 さて、なにをするべきか? 大成が求めたものを創るのに専念したいところであるが、そんなことができる状況でもない。向こうも、こちらがなにかを狙ってくることくらい予想できているだろう。できる限り、それを悟られないように動く必要がある。


 とはいっても、下手に動いたところで、別の身体に逃げられてしまえばこちらが消耗するだけだ。


 動いたところで消耗するだけというのは状況として非常によくないものだろう。どう動いたらいいのか、まるで見えてこない。これでは、奴の狙い通りだろう。敵の思惑通りで動かされてしまうのがよくないのは言うまでもない。


 睨み合いを続けながら、竜夫は大成から求められた存在しないものをどう作成するかを考察する。


 能力の性質を考えればできるはずだ。最後の竜から与えられた力のすべてを理解できているわけではないが――それを否定する材料があるとは思えなかった。


「ところで、一つ訊きたいのだが」


 ヴィクトールの声が響き渡る。相変わらず、発せられた声そのものに力と質量が感じられた。常人であれば、その場にいただけで昏倒してしまいそうなほどそれは力強い。それはきっと、『棺』の近くだからそう感じられるというわけではないのだろう。


「ここまで来た貴様らにはわかるだろうが――現状の我らは動ける要員がまだ欠いていてな。有用な要員はいくらでも欲している。強き異邦人たちよ、我らと手を結ばぬか? そもそも、貴様らはこの世界の人類に対する義理など存在しないだろう。無論、それなりの立場を与えるつもりだ。我ら百億の民の復活に尽力した報酬として、貴様らが求める望みを叶えようではないか」


 ヴィクトールは悪びれる様子もなく言葉を述べる。


「……それは随分とよさそうな話だ。いままで俺たちを殺そうとした奴らが持ちかける話とは思えないな」


「有用な要員はどれだけいてもいいものだ。それが、敵であったとしてもな。確保できるのであれば確保しておくべきだと思わんかね?」


「仮に、あんたがいいと言ったところで、他のやつらはどうするつもりだ? 僕らは散々あんたらの仲間を倒してきたんだぜ。素直に頷いてくれるとは思えないけど」


「それこそ俺の仕事であろう。これでも俺はそれなりに口がうまいほうでな。貴様らが問題なく我らとともに動くことができるよう、根回しをしようではないか。それなりに時間はかかるかもしれんが、貴様らの安全は保証しよう」


 ヴィクトールから発せられる言葉から、こちらを騙してやろうという意図はまったく見えなかった。


「なにより、我らの身勝手で貴様らはこちらに来てしまったのだ。我らには、貴様らが元の世界へと戻る手段も持ち合わせている」


「……本気で言っているのか?」


「当たり前だとも。冗談で重要な話をするほど、俺も間抜けではないからな。悪い話ではあるまい」


「確かに、そうかもしれないな」


 こちらよりも先に大成が言葉を返した。


「普通に考えたら、あんたらに抵抗するのは賢明じゃねえんだろう。状況的に、あんたらの勝ちは八割がた決まっているからな」


 大成の言葉を聞き、ヴィクトールは「話が早いな」と満足そうに返答する。


「だからといって、あんたのその持ちかけに対する俺の答えはノーだ。状況がどうなっていようが、俺に譲れないものがあるからな」


「ほう……それは一体なんだ?」


「ここであんたらと手を結ぶのは、俺の相棒がよしとしないからだ。それだけはなにがあっても譲れない。である以上、俺はあんたらと手を結ぶのはできないな」


 大成は堂々と返答する。その言葉に、一切の澱みも迷いもなかった。


「そちらはどうだ? ヒムロタツオ」


「悪いけど、僕も同じだ。あんたたちが信用できないとかそういうんじゃなく、ただ――」


 そこで一度言葉を切り――


「僕はあんたらが気に食わない。ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 しっかりと見据え、竜夫は宣言する。それを聞いたヴィクトールは笑い声をあげ――


「それほど立派で、わかりやすい理由はない。まったくもってその通りだ。敵になる理由など、それ以上は必要ないからな」


 獰猛な笑みを見せる。


「残念だが、お互い殺し合うしかないということか。わかっていたことだが、そうなるだろう。そうでなければ、ここまで来るはずもないからな」


 そう言った直後、ヴィクトールから鋭い視線が向けられる。それは、周囲の温度が一気に氷点下まで落ち込んだかと錯覚させられる冷たいものであった。


「さて、お互いの腹も分かったことだし、再び始めようじゃないか。見たところ、なにか手を考えているんだろう? せっかくそれだけのことを言ってのけたのだ。その程度のものを見せてくれないとな」


 そう言ってヴィクトールは持っていた槍を床へと突き刺した。突き刺さった槍は高速で足もとへと広がっていき――


 とてつもなく強い力が周囲へと発せられた。

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