第426話 不死殺し

 自身の本質を別の器に移し替えるのをどうやって防ぐか? どうにかしてそれを防ぐことができなければ、勝機は皆無に等しい。


 竜夫はヴィクトールとのにらみ合いを続けながら、周囲へと気を向ける。


 周囲からは、『棺』から放射されている力に混じるような形で、とてつもなく微細な別の力が無数に浮遊していた。言われなければ、それに気づくことは不可能であっただろう。


 浮遊するそれらは、この空間の至るところにあった。自分のすぐ近くから、思い切り跳躍しても届かないほどの高さに場所にまで点在していた。その位置になんらかの意図や法則性があるようには思えない。


 これだけ広い場所に点在しているそれらを一掃するのは非常に困難だ。なにかを犠牲にすればできるかもしれないが――それを現段階で実行するのは危険なように思えた。


 どうする?


 恐らく奴は、このカラクリが判明したところで、対処が難しいことを理解しているのは間違いない。現実的なのは移る先の殲滅よりも、奴を別の身体の元になるものに移動させないことだろう。


 だが、ここで問題になってくるのは、なにをどうすれば別の身体に移ることを阻止できるのか、ということである。どう考えても、塩をまけばそれを阻止できるとは思えなかった。というか、仮に塩をまいてどうにかなるのだとしても、塩など持ち歩いてなどいないし、この場所に都合よく落ちているはずもない。


 とはいっても、それができなければ奴を倒すことは不可能だ。どうにかして、その手段を見つけなければならないが――


 ……なんだろう。なにかが引っかかる。奴が行っていた不可解な瞬間移動のカラクリが判明したことは間違いないのだが――なにか見落としているように思えてならなかった。このまま進めると、なにか致命的な間違いをするような――


 このまま睨み合いをしたところで、状況が好転するはずもない。だからといって、無闇に攻め続けたところで倒すことができないというのもまた事実。


 動くに動けない状況というのは本当に嫌なものだ。疑似的なものではあるものの、実質的な不死身であると言ってもいい。器となる身体をいくらでも創れてしまう以上、変えの利かない本質をどうにかするしかないが――


『あんたらの呪いは、奴の本質――魂にも有効なものなのか?』


『無論だ。俺の血は、竜という存在に対して死という概念を打ち込み、伝播させるものだからな。肉体は元より、非物資的な魂にだってそれは届く』


 竜夫の言葉に対し、ブラドーが返答する。


『奴の身体を脱け出した魂そのものを攻撃するってこともできるか?』


『理論上は可能だ。だが、俺もタイセイも奴の身体を脱け出した本質を見ることはできない。なにしろ、魂は非物質的なものだ。それを視認して捉えるには、特別な目が必要になる。当然、そのようなものは俺もタイセイも持ち合わせてなどいない。運よく当たるなど、起こるとも思えん。そのような偶然が起こらないように動いているだろうからな』


『……そうか』


 どうやら、そう都合よく進んでくれないらしい。


 だが、逆に言えば当たりさえすれば、移る先さえあれば不死身である奴に対しても有効であるということだ。どうにかして、身体を脱け出して別の身体へと入れ替わる本質そのものに大成の攻撃を当てられればいいのだが――


 魂を視認して捉えられるようになる目など、いまここで用意できるとも思えなかった。


 対抗策となり得るものがあっても、それを実現するのはことごとく困難な状況というのは本当に厄介だ。なまじ見えてしまっているからこそ、嫌な現実を突きつけられる。


 ヴィクトールは依然として余裕だ。戦闘による消耗もまだほとんどない状況であろう。


 嫌な汗が滲む。前に進むことはもちろん、退くこともできない状況。打開策はどれも実現不可能なものばかり。


 せっかく、ここまで来たというのにできることがないというのか? なにか、なにかあるはずだ。このままでは――


 いや、駄目だ。竜夫は心の中で首を振り、焦りを振り払う。焦ったところでどうにかなるわけでもない。


「ふむ、どうやら随分と消極的になったようだが――どうかしたのか? まさか俺に気でも遣っているのか? そうされて別に悪い気はしないが――敵である俺にそのような気遣いなど無用なはずだが」


 ヴィクトールの余裕に満ちた声。こちらに奴を殺し切るような手段がないことをわかってて言っているのは間違いなかった。


 一発ぶちかましてやりたいところであるが、無策で殴りかかったところで別の身体へと逃げられてしまうだけだ。奴にとって、肉体など三次元空間に干渉するためにある、いくらでも取り替えのきくものでしかないのだから。


「苦しまずに死にたいというのであれば、手を貸してやるぞ。敵にしかなり得なかったとしても、最低限の敬意は必要なものだからな。それが、命を賭して倒すだけの相手であればなおさらだ」


 その声は身体の奥底にまで響き渡るような重さに満ちている。発せられる一言一句にとてつもない力が宿っているかのようだ。


 それでもなお、諦めようと思えないのは何故だろう? もう退くことなどできない状況であるからか、それとも自分自身が意識できてないなにかによるものなのか――どちらなのかはわからない。


 気を落ち着けるためにゆっくりと息を吐く。


 打開策が見えてこなかったとしても、ここで死ぬわけにはいかない以上、やるしかないのだ。


「俺としてもこれからやらなければならぬことがたくさんある。あまり時間をかけるわけにはいかないのでね。そろそろ終わらせるとしようか。さらばだ強き異邦人たちよ。存外に楽しい時間であったぞ」


 その言葉とともに、ヴィクトールが纏う気配が一変する。こちらを一気に倒し切るつもりであることは言うまでもなかった。


 ヴィクトールは手に持っている槍を構え――


 すさまじい力とともに、それが放り投げられた。

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