第425話 繋げた断片からの飛躍
竜夫の接近からわずかな間を置き、大成も逆方向から距離を詰める。いままでの状況を考えると、抜本的な対策がない以上、今回も抜けられる可能性は高いが――せっかくこちらが数的に有利な状況なのだ。それを活用したほうがいいことは間違いなかった。
時間差をつけ、二本の刃がヴィクトールへと迫った。通常であれば、これを無傷で切り抜けることは不可能であるが――
ヴィクトールは自身に対して振るわれた刃を回避することはなかった。二本の刃によって、ヴィクトールの身体は寸断され――
またしてもその身体は泥のようになって溶けた。そこに残っているは、ゲル状の生命と言えるのかどうか怪しいもの。
大成と竜夫は足もとへと広がっていったゲル状の物体を避けるためにその場から飛び退いた。下手に踏めば、先ほどのように足を取られる可能性があるからだ。広がっていったゲル状の物体から数メートルほど離れたところで、何事もなかったかのようにヴィクトールが再出現した。
やはり、ダメージを負っているようには見えない。確実に攻撃を食らっていたはずなのに、いつの間にか身代わりと入れ替わっている。入れ替わる猶予などなかったはずなのに。本当になにがどうなっているのだろう? まさか本当に不死身だというのか?
『奴に損傷はあるか?』
大成はブラドーへと問いかける。
『いや、多少消耗はしているようだが、それは能力の行使によるものだろう。身体的には言うまでもなく、概念的にも奴が大きな損傷を受けているようには見えないな』
やはり、なんらかの方法で身代わりと入れ替わることによって、大元への損害を最小限にしているようであった。あまりにも不可解なそれは異様であるとしか言いようがない。
『いま俺たちの前にいる奴が本体ではないという可能性は?』
そうであるのなら、何度も復活するのもおかしくないように思える。
『その可能性は否定しきれないが――奴の能力で自身を完璧に再現した写し身を創ることはできるだろう。だが、それが可能なのは身体だけだ。奴の非肉体的な部分の本質――いわゆる魂までも完全に再現することはできないはずだ。魂までも完全に再現できるというのは、奴の能力の範疇を超えている。できたとしても、なんらかの劣化や情報の欠損は避けられないだろう』
『でも、竜たちはこの〈棺〉に保存されている本質を人間の身体に転写しているんだろう? それなら、奴にできてもおかしくないような気がするけど』
そこで竜夫が口を挟む。
『〈棺〉にある本質からの転写は〈棺〉という大規模な装置があってはじめて成り立つものだ。大規模な建築に重機や相当の人員が必要になるのと同じようにな。それくらい、非物質的な本質――いわゆる魂は複雑なものなのだ』
『でも、いま僕らがいるのはその〈棺〉だぜ。ここにいるのなら、それを利用するのはできるようにも思えるが』
確かにその通りである。ここは〈棺〉の中枢に近い部分――竜たちの本質が保存されている場所に近いところだ。ここであれば、本来であれば不可能であることも可能になってもおかしくないように思える。
『確証はないが、〈棺〉はいま他のものたちを復活させるために稼働中のはずだ。その状態で、奴が敵を倒すためとはいえ、自分のためだけに利用するとは思えない。あの男はそういう奴だ。なにより、それができるのならやっているだろう。奴の能力を使えば、必要になる器などいくらでも生み出せるのだから』
それもその通りである。自身の完璧な複製をいくらでも創れるのであれば、それらを一気に動員して戦った方が勝てる可能性が高まることは言うまでもない。戦いにおいて数は絶対だ。ただ一人だけでも強い存在をいくらでも生み出せたのなら、ただそれだけであらゆる敵を蹂躙できるはずなのだ。
それにも関わらずやっていないということは、できない合理的な理由があることに他ならない。戦いというものは正々堂々戦わなければならないというルールなどどこにもないのだ。
じゃあ一体、奴はなにをやっているのか? そこまで考えたところで――
大成はあることに思い至った。
『魂を完全にコピーすることはできなくても、他のところにそれを移し替えるってのは個人でもできることか?』
奴の能力を駆使すれば、いまの自分の身体とまったく同等のものを作成することは可能のはずだ。それなら、魂を別の器に移し替えることができれば、疑似的な瞬間移動も不可能ではない。
『……一切、手を加えず移し替えるだけなら、奴ほどの力を持っていれば可能だ。そうか、奴は――』
奴は回避が不可能な状況に陥ったときに、ぎりぎりまで引きつけて自身の本質――魂を別の器に移し替えていたのだ。これならば、あらかじめ移し替える先をどこかに仕込んでおけば、どんな状況からも抜け出すことができるようになる。
大成はあたりの気配を探った。
集中してみると、周囲に満ちている『棺』から放射されている力の中に紛れるようにして、自分たちとは別の、極めて微細なものがいくつもあった。恐らくそれは、自身の本質を移し替える先となる種のようなものなのだろう。
奴が別のところへと移り、再出現するまでに若干のタイムラグがあったのも、微細な種が元の大きさになるまで多少の時間を要するからであると思われた。
なんという能力か。大元である自身の本質を失わないという条件が必要になるが、移し替える先さえあれば奴は不死身と言ってもいい。
『そこら中に奴の身体の元になるものが仕込まれてるってことか。これだけの広さとなると、それを一掃するのは不可能に近いな』
竜夫の苦々しい声が響く。奴も恐らく、周囲に仕込まれている種となるものの多さを感じ取ったのだろう。
『だが、それをどうにかしなきゃ俺たちに勝機はない。さて、どうしたもんか』
奴は恐らく、こちらが持っている竜殺しの呪いへの対策は持っているはずだ。でなければ、その影響を受けて相当の支障が出ているはずである。奴の様子を見る限り、呪いの影響は最低限に留まっているだろう。
選択肢は二つ。
一つは言うまでもなく、移し替える先をなくすこと。
もう一つは、自身の本質を別のものに移し替える手段を使う猶予をなくすことだ。
それはどちらも簡単なことではない。広い場所に大量にあるものを一掃するというのは、それだけで大きな力を要する。わずかでも遅れれば、死ぬときであっても自分の本質を移し替えることができる奴に、それを行使させないようにするのも容易であるとは思えなかった。
「ほう。俺が何故いままで無傷で抜けられていたのか気づいたようだな。見事だ。それくらいはやってもらわねばな」
秘すべき自身の能力を知られたというのに、奴の余裕は未だに崩れていない。それは、どういうものかわかったところで対策などしようがないとわかっているからなのか、それともまだなにか隠しているものがあるのか――どちらなのか判断はできなかった。
「それでもなお、俺が強いことに変わりはない。なにしろここは、我々の本拠地だからな」
ヴィクトールは不敵な笑みを見せる。そこからうかがえるのは、絶対的な自信に他ならない。ただの虚勢であるとは思えなかった。
手札が知れたものの、それに対する有効的な手段があるわけではない。それを見つけなければ、奴に勝つことは不可能である。
二人の異邦人と竜の王との戦いは、さらなる深みへと落ちていく。
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