第424話 断片を繋げるために

 奴がいかに強くとも、二方向からの挟撃を処理するのは難しいはずだ。そのうえ、迫ってくるものはどちらも必滅しうる性質を持つ。


 こちらはおよそすべてのものを切り裂く極薄の刃。もう一方の大成は竜殺しの剣。奴によって脅威度はどちらも高いはずである。


 ヴィクトールは動かない。どちらの攻撃にも対処を使用としているようには見えなかった。


 二つの刃が振り抜かれる。当然、それをまともに受けたヴィクトールの身体四分割となり――


 泥のようになってその場に溶けていったのち消滅。それを見て、またしても身代わりと入れ替わったことを認識する。


「やはり、少しでも気を抜くと駄目だな。二人を同時に相手にするというのはなかなか難儀なものだ。さて、どうしたものか」


 離れた位置に、何事もなかったかのようにヴィクトールは再出現。相変わらず、ダメージを食らっている様子はまったくない。それはまるで、奴の身体を斬ったという事実がなんらかの要因によって消失してしまったかのようであった。


 ……一体、奴はなにをやっている? あの入れ替わりには、本来であればあり得ないことを現実にするなんらかの要因があるはずだ。以前も今回も、状況的にも物理的にもどうにかできるものではなかったのだから。


 それを見つけなければ、この男に勝つことは不可能だろう。不明な手札を持たれている状態で勝てる相手ではないことは間違いなかった。


 いままでのことを考えると、仮にどういう状況であっても、身代わりと入れ替わることができるのは確実だ。物理的に動けなくなっている状況であっても、一瞬後に死ぬような状況であってもそこから抜けられるというのは、とてつもない脅威であるとしかいいようがない。


 やはり、複数の能力を持っているのだろうか? ブラドーのことが信頼できないというわけではないが、彼が知り得ないなにかを奴が持っている可能性はいまのところ否定できないが――


 だが、複数の能力を持っているのだとすると、なにかを作成する能力に瞬間移動めいた能力というのはあまりにも繋がりがないように思える。複数の能力を持っているのなら、もっと幅広く使えるのではないか?


 そうなってくると、瞬間移動めいた入れ替わりも、奴がもともと持っている能力の応用ということになる。能力を応用することで多くの手段を構築するというのは、いままでの敵も自分自身だって行ってきたことだ。いわば特殊な能力を行使する戦闘での常套手段と言えるものである。その程度のことくらい、奴だってやってのけるだろう。


 だとすると問題になってくるのは、どうすれば回避や防御もできない状況を脱け出せるような入れ替わりができるようになるかである。


 普通に考えるなら、瞬間移動ができそうな力となると、時間や空間に影響を及ぼすものだろう。奴の能力はなにかを創る力である。時間や空間に影響を及ぼすなにかを作成することで、それを可能としているのだろうか?


 時間や空間に影響を及ぼすものとなると、大がかりなものになるようにも思える。というか、そのようなものを創れるのだろうか? 少なくとものそのようなものは、こちらには考えもつかないが――


 どうにもまとまらない。なにか、ヒントはないのだろうか? 奴はいままでなにをやってきた? そこに、多少なりともヒントの一つや二つくらいはあるはずだ。


 竜夫はヴィクトールへと目を向ける。


 ……見たところ、奴に不審な点はないようだ。依然として、こちらとの戦闘を開始したときと大きな変化はない。ほとんど消耗すらしていないだろう。奴から、有用な情報は得られそうになかった。


 ヴィクトールへの警戒をしつつ、周囲へと注意を向ける。目に入ったのは、奴が幾度かばら撒いていたゲル状の物体。先ほど、まるで生きているかのようにこちらの足をからめとっていたあれは一体なんなのか? ただ、粘性の高い液状のものとは思えなかったが――


 いまもまだ消えずに残っているゲル状の物体は、不気味に蠢きながらゆっくりと広がっている。それは、外的な力で動いているようには思えなかった。まるで、なんらかの意思を持ち、動いているかのように見えた。


 そこまで考えたところで、あることに思い至る。


 あれは、もしかしてなんらかの生命体ではないのだろうか? アメーバのような極めて原始的な存在。だとすれば、ああやって自立して動いているように見えることも頷ける。


 もしあれが生命体なのであれば、奴の能力は生命を作成する能力ではないのだろうか?であれば、あのような特定のパターンに反応して動くような原始的な生命を創るのは簡単であろう。


『奴の能力に関することだけど――』


 竜夫はいましがた思い至ったそれを大成とブラドーへと伝えた。


『確かに、奴がばら撒いたあれが原始的な生命であったのなら、いつの間にか俺たちの足もとに広がっていたことも頷ける。途方もない大きな力ではあるが、持っていても不思議ではないな。だが――』


『生命を創る能力であるのなら、問題は瞬間移動めいた現象を引き起こすことは説明できない――ってことだな』


 ブラドーに大成が続く。


 生命を創る能力が瞬間移動めいたものやら、抜けるのが不可能な状況からの脱出がまったく繋がらないのだ。あまりにも飛躍しているとしか思えない。やはり、まだこちらが知り得ないものがあるのだろうか?


『どちらにせよ、まだ情報が足りんな。奴が作成しているものが生命であるのなら、大元から切り離されてもある程度残って自立できるのも納得だ。先ほどのように思いがけない窮地を呼ぶこともある。奴以外もしっかりと警戒をしておかなければならんな』


 ブラドーの言う通りだ。敵がわざわざこちらに自分の力を教えてくれるはずもない。戦いながら、少しずつ解明していく以外ほかにないだろう。


 これで、奴の能力に関して一歩前進したことは間違いない。完全に解明されていなかったとしても、部分的に情報があるのとないとでは雲泥の差だ。


『足もとに広がってるあれは、俺はすぐに処理できるが――そっちはどうだ? できる限りフォローはするが、最低限はやってくれないと俺のほうも困るが』


『燃やして処理できるならなんとかなると思う。銃で撃つのも、斬りつけるのも有効じゃないだろうし』


 火炎瓶はもちろん、もっと強力な焼夷手榴弾の作成は可能だ。あれが生命であるのなら、炎は有効であるはずだが――


『巻き込まれないようにしてくれよ。こっちも極力気をつけるけど。お互い様だけどさ』


 こちらの言葉に対し、大成は『やってみるさ』と返してくる。


 先ほどのことを考えると、あのゲル状の生命体はさっさと処理しておくべきであるが――そっちに気を取られて大元であるヴィクトールにやられてしまっては元も子もない。優先順位はしっかりと理解しておくべきだろう。


「……どうやら、俺の能力に感づいたと見える。戦っていればいずれわかることだ。それくらいは当然だろう。だからといって、脅威が消えるわけでもない」


 そう言ったヴィクトールがその手に持つ槍は生きているかのように蠢いている。あれも、武器の形をした生命体なのだろう。


 であれば、考えなしに奴が創り出したものに触れるのは危険かもしれない。接触したこちらになんらかの悪影響を及ぼす可能性も充分にあり得る。


 このまま睨み合いを続けたところで、状況は好転してくれない。なんとかして、いかなる状況からも抜け出せる不可解な身代わりとの入れ替わりを解明するのは必須であるが――


 思考をしつつ、竜夫は刃を構え直した。


 わからないことがあるのだとしても、前に出なければどうにもならないことは間違いない。


 足もとに広がっているゲル状の生命体との距離はまだ離れている。いままでの状況から考えると、あれは鈍重な動きしかできないと可能性が高い。邪魔であることは間違いないが、しっかりと位置を把握しておけば、まだなんとか対処は可能だろう。


 竜夫は大成に視線を送る。それを見た彼は小さく頷いた。


 わずかに脱力したのち――


 一気に加速して、王者のごときそこに佇むヴィクトールへと再度接近をした。

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