第423話 不死身の王

 それは当たる前から確信を得られる一撃であった。


 奴がどれだけ強かったとしても、竜殺しの呪いが有効であることは間違いない。であれば、等しく殺せるはずである。


 自身の血で構成された赤い刀身は、時の流れが遅くなったかのようにゆっくりとヴィクトールへと迫っていく。


 ヴィクトールは動かない。正確に言えば動けないというほうが正しいのだろう。超常的な力を持っていたとしても、物理的な存在である以上、反応しきれないという状況は避けることはできないのだから。二対一の状況となれば、必然的にそれは起こりやすくなる。


 赤い刃がヴィクトールの身体へと突き刺さった。刃から手に伝わる確かな感触。間違いなく幻影の類ではない。そのまま赤い刃は振り抜かれ、ヴィクトールの身体を確かに両断した。


「……なに?」


 ヴィクトールの身体を両断したその時、それは泥のようになって溶けて崩れた。


 なにが起こった? あり得ない光景に大成は瞠目する。斬りつけたその感触からして、偽物を斬ったとは思えなかった。刃から伝わってきた感触は、間違いなく肉体を、生命を斬ったときのものだったのだ。それを見間違えるほど、こちらも未熟ではない。


「いまのは少し危なかったな。やはり、二人相手というのはなかなか厳しいものだ」


 九時方向の十メートルほど先に、何事もなかったかのようにヴィクトールが現れる。どこからどう見ても、その身体には一切の傷は負っていなかった。


「…………」


 一体、奴はなにをやっている? いつ身代わりと入れ替わったのだ。そのような素振りなどどこにもなかったはずなのに。


 この不可解な現象も間違いなく奴の能力であるはずだが――その正体はまったくつかめない。なにかを創る能力とは別の力を持っているようにしか思えなかった。


『ブラドー。そっちからは奴がいつ身代わりと入れ替わったのかわかったか?』


 大成の問いに対し、ブラドーは『いや』と言葉を濁すように否定する。


『お前の刃は間違いなく奴に届いていたはずだ。その程度すら察知できないほど、俺も鈍感ではない。両断したその瞬間まで、確かにあれは奴の身体であったはずなのだ。あれではまるで――』


 お前に斬り捨てられたあとに、別の場所に復活ようだ――とブラドーは言う。聞こえてくるブラドーの声は冷静さを保っていたものの、はっきりと困惑が見て取れた。


『それだと、竜殺しの呪いを受けても死ななかったってことになるよな。そんなの、あり得るのか?』


『普通はあり得ない。俺の血は、竜を殺す呪いなのだ。竜という存在に対し、死という概念と叩きこむことに等しい。なんらかの方法で呪いそのものを無効にしない限り、仮に不死の存在であっても受ければ死ぬことになる。いつかの双子のように、俺の血が持つ呪いと同等の呪いを受けてない限り、それは不可避だ。はっきりいってそれは、強さとかどうにかできるものではない』


『となると、こっちの攻撃を受けても平然としているってことは――』


 なんらかの方法でこちらの呪いを無効化、もしくは影響が限りなく小さくなるまで無力化しているか、こちらの呪いに対抗できるだけのイレギュラーな『なにか』を持ち合わせているということになる。


『奴が、俺のように本来なら持ちえない忌み嫌われる異質なものを持っている可能性は低い。であれば考えられるのは一つしかない』


『……なんらかの方法で呪いの影響を受けないようにしている――ってことか』


 それは別段、驚くことではなかった。いままで倒してきた者たちも、様々な手段を以てそれを行ってきたのだから。奴が自身の能力を駆使して、それを行ってきてもなんら不思議ではない。むしろ、こちらに対する対抗手段としては定石と言えるだろう。


 大成は十メートルほど先にいるヴィクトールへと目を向ける。


 こちらから見る限り、呪いの影響を受けているとは思えなかった。受けていたとしても、現状では誤差として処理できるレベルだろう。


「俺が死んでいないことがそんなに不可解か?」


 こちらに対し、悠然と問いかけてくる。


「そう思うのは当然だな。俺は、お前らから見えるようにそう見えるようにやっているのだ。それを探るのはいいが――足もとは気を付けたほうがいいぞ」


 ヴィクトールの言葉を聞くと同時に、足もとの異変に気づく。


 足もとにゲル状のなにかがまとわりついていた。幾度か攻撃の際にばら撒いていたものだろう。それはいつの間にかこちらの足もと広がって、足をからめとり、ずっしりと下へ引きこんでいるかのように縛りつけていた。


 それはまるで、生きているかのように引き抜こうとする両足を下へと引き込んでくる。


「ち……」


 大成は足もとに纏わりついているゲル状の物体に向かって直剣を突き刺した。これの正体がなにであったとしても、竜の力によって生み出されたものであることは間違いない。


 突き刺すと同時に、足もとに広がっていたゲル状の物体から下に引きずり込む力が消え失せる。


 足もとに気を取られたせいで、ヴィクトールの姿を見失う。四時方向から気配。近づいてきたヴィクトールの攻撃をなんとか受け止めた。


 だが、反応が遅れたせいで攻撃を受け切ることができずに、わずかに体勢を崩してしまう。


 当然のことながら、ヴィクトールがそれを見逃すはずもない。もう一歩踏み込んで、大成に追撃する。その手に持つ武骨な槍による刺突。一切の無駄がない、ただ敵を刺し貫くことだけを考えた一撃であった。


「ぐ……」


 大成はその突きを横へと飛び込み、すんでのところで回避。槍の穂先が身体を掠めた。


 一対一の状況であればさらに厳しい状況になるところであるが、いまはそうではない。こちらの離脱と同時に竜夫がヴィクトールへと接近してフォローする。飾り気のない刃を振るった。


 二対一の状況である以上、向こうもそれは予測していたのだろう。ヴィクトールは竜夫が振るった刃を槍でなんなく捌いた。


 そのまま二度三度打ち合ったのち、ヴィクトールは再び姿を消した。


 やはり、奴はこちらを徹底して狙ってきているようだ。それだけ、奴はこちらの力を脅威であると見ているらしい。無論、竜夫のことも軽視しているわけではないのだろう。竜夫の動向もしっかりと把握したうえで、こちらを優先的に狙ってきているようであった。


『上だ!』


 ブラドーの声が聞こえ、大成はその場から大きく飛び退いた。直後、こちらが立っていた場所に上から槍が突き下ろされる。


 足もとからなにかが広がる感触があり、大成と竜夫はさらに大きく離脱。ヴィクトールが槍を突き立てた場所を中心にして、無数の槍が下から突き上げられた。なんとか危機を察知して回避できたものの、反撃に転じようしていたら、無残な姿になっていただろう。


 足もとを見る。先ほどのように、ゲル状の物体は広がっていなかった。先ほどはなんとか切り抜けられたものの、何度もうまく抜けられるとは限らない。できることなら、足を取られる状況にならないようにことを運んでいくべきであるが――


 相変わらず、奴の能力の正体が見えてこない。なにかを創り、瞬間移動めいた回避やあり得ないタイミングでの身代わりとの入れ代わり、そして竜殺しの呪いの無効化。本来だったら持ちえない複数の手札を持っているようにしか見えないが――


 奴に打ち勝つのであれば、それを見極めるのは必須だ。正体がわからないまま勝てる相手とは思えない。


 どうにかして、奴の能力を明かせる手がかりが欲しいところであるが――戦いというものはそううまくいくものではない。都合よくヒントが降ってきてくれるはずもなかった。どうにかして、それを見出せるようにしなければならない。


 恐らく、竜夫のほうもそれを探っていることだろう。なにかあれば、それを伝えてくるはずであるが、その様子がないところを見るに、彼もこちらと同じような状況なのだろう。


 大成は竜夫へと視線を送る。二人は一切言葉を交わすことなく、示し合わせたかのように同時に散開し、ヴィクトールへと接近した。

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