第418話 殺しきれ

 前へと踏み出した竜夫はは自身を阻む顔のない人型を打ち破る手段を考える。


 奴の耐久力は極めて高い。他の個体と同程度の耐久力を持っているのであれば、胴体を両断されてもなおまだ死なず、場合によってはその状態となっても充分な障害となる可能性があるだろう。バラバラにするか、完全に消滅させるかをしないと、戦闘不能状態に追い込むことができなくてもおかしくはなかった。


 なかなか厳しい。だが、やるしかなかった。


 竜夫は顔のない人型を捉える。刃を振るう。その瞬間、時の流れが停滞する。自分以外の存在がすべて遅くなったような感覚。狙うのは胴体。奴の不死性や耐久力の高さを考えると、首を斬り落としたとしても胴体だけで攻撃を仕掛けてくるだろう。胴体を真っ二つに両断できれば、仮に死ななかったとしても、少なくともいまよりは戦闘能力を削ることができるはずだ。


 顔のない人型は動かない。こちらに動きに反応できなかったのか、それとも反応しなくても問題ないと判断したのか――どちらなのかは不明である。どちらであったとしても、ここで止まることなどできるはずもなかった。ここまで来たら、振り抜くしかない。


 真一文字に振るわれた竜夫の刃は顔のない人型の腕を斬り落とし、胴体へと到達。しかし、極めて弾力性の高い肉質によって数センチ食い込んだところでせき止められる。弾力性の高い身体にせき止められた刃は押し込むことも引き抜くこともできなくなった。


 自身の胴に深々と刃が食い込んだ状態で、顔のない人型は動き出す。竜夫はすぐさま刃から手を離してその場から離脱。その直後、ほんの一瞬前まで自身がいた場所に顔のない人型の人間離れした太さを誇る腕が振るわれた。刃から手を離すのが少しでも遅れていたら、奴の腕をまともに食らっていただろう。そうなっていたら、少なくとも骨の数本が折られていたはずだ。この状況でそれだけのダメージを食らうのは致命傷にも等しい。なにしろ、こちらには受けた傷を回復させる手段などないのだから。


「…………」


 攻撃を回避された顔のない人型は無言のまま身体に食い込んでいた刃を引き抜いて投げ捨てる。傷口からは毒々しい液体が溢れ出ていたが、気に留める様子はまったくない。この程度の傷など、問題にすらならないのだろう。


 やはり、ただ刃を振るっただけで倒すのは困難のようである。


 だが、奴がここまでの道で戦ってきた敵と比較すれば、強敵ではあるものの、そこまで脅威ではないだろう。


 頑丈なだけであれば、やりようはある。いままでの戦いで編み出した手段を駆使すれば、奴を倒すこと自体はそれほど大きな問題ではない。


 問題があるとすれば、奴がこの先にいるであろう何者かによって生み出された一体に過ぎないということだ。一体だけなら問題なかったとしても、それが複数となれば非常に厳しく、厄介なものとなる。そうなる前に、この場を切り抜けたいところであるが――


 自分の想定した通りに進まないというのが戦いというものだ。なにが起こったとしても、切り抜けられるようにしておかなければ。


 どちらにせよ、奴をどうにかしなければ進むことはできないのだ。


 竜夫はゆっくりと息を吸い、吐きながら顔のない人型へと目を向ける。


 斬り落とされた腕と、刃が食い込んでいた胴体からは尋常な生物とは思えない毒々しい液体が流れ出ていた。


 どうやら、極めて頑丈ではあるものの、致命傷となる傷を受けても瞬時に再生できるような回復力はないようであった。それでも、流れ出る毒々しい液体の量は明らかに減っていることを考えると、これでも充分厄介なものだろう。長引けば長引くほど、こちらが不利になっていく。


「…………」


 顔のない人型は、こちらを見据えたまま、先ほど斬り落とされた腕を引き寄せ、乱暴にそれを接合する。再生というよりは、斬り落とされた腕を操作することによって無理矢理回復させたのだろう。乱暴ではあるが、極めて頑丈な身体を持つ奴にしてみれば、合理的な方法と言えるだろう。


 いまのを見るに、奴は自身の身体から切り離されたとしても、ある程度は操作ができるのは間違いなかった。どこまでそれが可能なのかは不明だが、切り離された身体の一部を遠隔操作して、こちらの攻撃を仕掛けてくるという可能性は大いにある。


 本当に頑丈であるというのは厄介なものだ。こちらのリソースを削ぐにこれほど適したものはないと言える。


 であると、奴はこちらを倒そうと思って放たれたものではない可能性が高い。こちらの邪魔をして、その力を少しでも削ぐことを目的としているのだろう。倒せるのであればそれに越したことはないかもしれないが。


 奴を放った何者かの想定通りに進むのはいささか不愉快だ。さっさと倒し、先に進むのが吉である。


 切り離された腕を無理矢理接合した顔のない人型が動き出す。自分が傷つくことを一切厭わないというのは戦う駒としては理想的な存在だ。戦闘能力自体がそれほどでなかったとしても、かなりの脅威と言えるだろう。


 顔のない人型は澱みのない動きでこちらへと接近。力強く踏み込み、拳を放ってくる。その動きは極めて鋭いものであったが、この程度であればさほど問題ではない。自身の胴を狙って放たれた顔のない人型の拳を、竜夫は軸をずらすように回避。


 回避と同時に、手に持っている刃を作り変える。およそどんなものでも切り裂くことを可能とする極薄の刃。顔のない人型の横に回り込んだ竜夫はそれを振り下ろした。


 適切な角度から振り下ろされた刃は、肩から深々とその身体を貫く。その身体は肩から脇腹にかけて切り裂かれる。まともな存在であれば、致命傷となる傷であるが――


 極めて頑丈な顔のない人型はその程度では止まらなかった。肩口から身体が裂けたままの状態で反撃を仕掛けてくる。腕を振り回すだけの攻撃であったが、圧倒的な腕力でそれをやられればそれなりの脅威となるものだ。


 自身に向かって振り回された腕を竜夫はかいくぐるようにして避けつつ、持っていた刃を顔のない人型に向けて突き刺した。身体の横から刃が貫通する。


 身体が裂け、刃が突き刺さっても顔のない人型は止まることはない。裂けていた右肩から先の部分を引き千切り、力任せにそれを振るってくる。


 しかし、力任せに振るわれた大振りな一撃を食らうはずもない。後ろにステップして鈍器のような肩から先の部分を回避しつつ、通常よりも小ぶりな刃を三本創り出して、それらを投擲。それらは、顔のない人型の胴体に二本、左腿に一本突き刺さった。


 まともな生命体であればとっくに死んでいるようなダメージを受けても、異形の存在たる顔のない人型はまだ止まらない。これだけのダメージを受けてもなお、その動きには翳りが感じられなかった。自ら引き千切った身体の部位を狂ったように振り回してくる。極めて頑丈な身体を持つ奴だからこそできる極めて乱暴かつ効率的な戦法であった。


 だが、奴はあくまでも頑丈なだけで、完全な不死身ではない。いつしか耐えきれなくなる時がくることは間違いなかった。


 だとしても、奴が動かなくなるまで殴り続けるというのは、非常に効率が悪い。それは、こいつをけしかけてきた何者かの思うつぼである。


 であれば、こちらが取る手段はただ一つ。一気に、奴が耐えきれないだけの損害を負わせるだけだ。


 竜夫はさらに二歩後ろへと下がり、身体の一部を振り回し続ける顔のない人型から距離を取り――


 銃を創り出して、弾丸を放つ。


 放たれた弾丸は顔のない人型に着弾し――


 同時にその身体は爆散。弾丸によって、奴の身体に突き刺さっていた刃を連鎖的に爆散させたのだ。


 顔のない人型の身体は無残に千切れ飛ぶ。竜夫はさらにそこへ手榴弾をいくつか放り投げた。


 追い打ちによってわずかに原型を留めていた部分も吹き飛ばされる。残っているのは、わずかに残った肉片だけ。


 わずかに残った肉片はまだ蠢いていたが、その動きは弱々しかった。戦闘など、できるはずもない状態であった。


 竜夫は芋虫のようにのたうっているわずかな肉片を一瞥し、それが無意味にな存在となったことを確認して――


 すぐさま、行くべき道を再び進み始めた。

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