第417話 沈黙の刺客

 直剣を構え、大成は顔のない人型へと向かっていく。


「…………」


 顔のない人型はなにも語ることなくその場に構えている。こちらを待ち受けるつもりのようであった。


 大成は顔のない人型を捉える。呪いの力に満ちた血の直剣が顔のない人型を斬り捨てんと迫っていく。


 顔のない人型は自身に迫ってきた血の直剣を淡々とその両腕で防いだ。硬い感触。見ると、その両腕は刃のように鋭く変形していた。どうやら、奴の身体はそのすべてを武器と化すことができるのだろう。


 顔のない人型は踏み込んで押し込み、こちらの直剣を振り払った。その力はかなり強力だ。いままで相手にしてきた竜たちに匹敵するレベルである。


 しかし、この程度で崩れるはずもない。敵の押し込みに合わせて身体を引き、体勢を崩されるのを最小限に留める。


 腕力でこちらを振り払った顔のない人型は前に踏み出して、追撃。先ほど戦っていたものを本質的に同じ存在とは思えない澱みのない足運び。それは力強く、素早く、迷いもない。障害たるこちらを討ち滅ぼすという目的以外すべて省いたものであった。


 踏み込み、距離を詰めた顔のない人型は一切の迷いなく刃のように変形した腕を振り下ろしてくる。それは、足もとか力を吸い上げて放たれた渾身の一撃。重さと鋭さを兼ね備えたもの。


 単純な腕力でのぶつかり合いは分が悪いだろう。一瞬でそう判断した大成は顔のない人型の一撃をすり抜けるようにして回避。敵の右側へと回り込む。


 奴がどのような存在であれ、ここにいるということはなんらかの形で竜の力に関係した存在であることは間違いない。であれば、こちらの呪いは奴にも有効であるはずだ。


 なにより、奴は自身のその身を武器として攻撃を仕掛けてきている。接触した際に発生する呪いの力は伝わりやすいはずだ。


 振り下ろした腕を回避されても、顔のない人型はこちらの反撃を一切恐れることなく流れるように身体を翻して回し蹴りを放つ。足を変形させ、つるはしのように鋭くなっているそれをまともに食らえば、致命傷は避けられない。


 大成は自身の身体に迫るつるはしのように変形した足をスウェーで回避。すさまじい風圧と衝撃が身体のすぐそこを通り抜けていく。そのまま半歩後ろへ移動。


 反撃をしたいところであるが――奴の耐久力の高さを考えると、安易に行うのは危険であるように思えた。通常であれば重傷となる攻撃を受けたとしても、持ち前の耐久力の高さを駆使して、問題なく返してくるはずだ。状況によっては、敵以上にこちらが受ける損害が大きくなる可能性も大いにあるだろう。反撃は的確に状況を見極めて行う必要がある。安易な道の先には死があると思ったほうがいい。奴は、一発で状況をひっくり返してくる。


「…………」


 回し蹴りを回避されても、動じる様子はまるでない。今度は力強く床を踏み込み、刃のように変形した腕で突きを放ってくる。刃のように変形した腕は極めて大振りだ。胴体のどこに当たっても致命傷となり得る。


 とはいっても、奴の動きはそれほど俊敏なわけではない。しっかりと見極めていければ回避は容易である。大成はさらに横に一歩移動し、顔のない人型の突きを避けた。相手の横を取る。


 敵の攻撃を避け、横を取った大成は直剣を握る力を強め、それを振り下ろす。竜殺しの呪いに満ちた斬撃が迫る。


 顔のない人型は回避行動を取らなかった。床を力強く踏みしめて、こちらの斬撃をその身で受けようとする。


 大成の直剣は顔のない人型の肩口へと命中。だが、その刃は硬い感触と共ともにせき止められる。鉄の塊を斬りつけたような感触。こちらの刃が折れなかったのは、本来は液体である血で構成されているからであろう。


「ち……」


 こちらの予測通り、奴は腕や足だけでなく全身を固められるのだろう。全身が兵器そのものである存在。シンプルであるが、それゆえに極めて厄介であった。


 大成はすぐさま固められた奴の身体を突破できないと判断し、すぐさま後ろへと飛んで距離を取る。反撃をしてくるかと思ったが、顔のない人型はこちらの予想に反して動いてくることはなかった。


 距離が開く。その距離は七メートルほど。どちらも、一瞬に接近できる距離。


『奴の身体、どう思う?』


 敵を見据えたまま、大成はブラドーへと問いかけた。


『相当頑丈であるようだ。攻撃手段に乏しい俺たちでは力づくでどうにかするのは難しいだろう。固められたら、かなり厳しいことは間違いない』


 ブラドーは淡々と敵の評価を論じる。


『だが、固いだけならなんとかなるのもまた事実だ。そもそも、こちらは真正面からの殴り合いなどごめんだからな。敵が得意とするところで戦う理由などまったくない。俺たちは、俺たちが得意とするところで戦えばいいだけだ』


 ブラドーのは、奴に対してそれほど脅威を感じてないようであった。


『なにより、固くなったり変形させたりしても、こちらの血の刃と奴の身体が接触していることに変わりないのだ。仮に傷がつかなかったとしても、その影響は無視できるほど小さいとは言えないだろう。時間はかかるかもしれんがな』


『状況的に、ここで時間を食うのは悪手じゃないか?』


『その通りだ。こいつをけしかけてきた何者かは、こいつで俺たちを倒せるとは微塵も思っていないだろう。狙いはこちらの力を削ぐことだ。運良く倒せたらそれに越したことはないだろうが。わざわざそれに乗ってやる理由など一つもない』


『じゃあ、竜の力を解放して一気に仕留めるか?』


 奴の身体が極めて頑丈であったとしても、極めて強力なあれを耐えることは不可能であろう。直接的なダメージは耐えられても、同時に侵食する竜殺しの呪いには耐えられないはずだ。確実に殺し切れる手段であるが――


『それは最後の手段だな。こんな雑魚に毛が生えた程度の奴にわざわざそんな大それたことをしてやる必要などない。なによりそれは、俺たちの力を削ごうとしてこいつをけしかけてくる何者かの思うつぼだ』


『確かにそうだが――あの硬さだと、俺たちができそうな手段で有効的にダメージを負わせるのは厳しくないか?』


『真正面からぶつかり合えばそうだな。俺たちの力は仮に傷つけることができなくとも有効性を発揮できるのだ。それを使わん手はない、要はやり方の問題だ』


『……というと?』


『まず、奴が先ほど行った全身の硬化。先ほど見た限りでは突けそうな隙が二つある。一つは、全身の硬化は恐らく長続きしない。もう一つは、全身を硬化した場合、その間はまったく動けなくなるか、もしくは極めて動きが鈍重になるかだ。全身を硬化させてこちらの攻撃を防いだあと、退いたこちらに追撃をしてこなかっただろう? あれはたまたまそうなったのではない。そもそもできなかったのだ』


『……ふむ』


 確かにあのとき、こちらの攻撃を防いだ奴は、攻撃のチャンスだったのは間違いない。せっかく、普通なら致命傷となるレベルの傷を受けても動けるのだから、ガンガン前に出ていったほうがいいはずだ。


 硬化が長続きしないのであれば、それもまた狙い目である。一撃目を全身硬化で防がせて、その効果が切れたときに本命を叩きこめばいい。全身を固めた際に動きが極めて鈍重になるのであれば、それが解けたあとの動き出しは確実に遅くなるのだから、当てられる可能性が相当高いと言えるだろう。


『恐らく奴は、戦闘能力こそ高いが、それを動かすための思考能力そこまで高度ではないはずだ。いままで戦ってきた奴らのような能力は確実にない。である以上、その隙を突くのはそこまで困難ではないだろう』


 まあ、面倒臭くなったら、一気にやってしまってもいいがな、とブラドーはつけ加えた。


『とりあえずやってみるさ。どっちにしても前に進むにはこいつを倒さないと駄目だろうし』


 大成は敵を見据える。顔がないというだけで極めて不気味となり、怪物というに相応しい存在であった。


 どういう手段を取るにせよ、まだ戦いは終わらないのだ。この先をどうするか見極めつつ――


 大成は顔のない人型へと踏み出した。

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