第416話 意思なき強者

 異様な空気に満ちた中、竜夫は顔のない人型へ接近。


 見た目はいままで現れた雑魚と大きな差はないが、戦闘能力はまったく別物だ。あれは捨て駒にして敵の力を削ぐためのものではない。確かな戦闘能力をもって、敵を討ち倒すためのものだ。油断をすれば、足もとを掬われる可能性がある。しっかりと打ち倒さなければならないが――


 接近した竜夫は刃を一閃。それは敵を一撃で仕留めるために放たれた。


「…………」


 顔のない人型は一切語ることなく竜夫の刃を自身の腕で受け止める。弾力性のある重い感触が両手に伝わった。


 動きは当然のこと、その身体そのものもいままでと戦ってきた個体と明らかに違うものであった。やはり、ただの雑魚ではない。改めてそれを認識させられた。


 こちらの刃を防いだ顔のない人型は、防御した腕を押し込んで体勢を崩そうとしてくる。しかし、この程度で崩されるほどこちらもヤワではない。敵の押し込みに合わせて身体を引き、顔のない人型の体勢を逆に崩そうとする。


 身体を退くと同時に相手の横に回り込み、反撃。放ったのは斬撃ではなく、動作がコンパクトな刺突。


 先ほどの弾力性のある感触からして、奴の身体には斬撃が有効ではないように思えた。有効ではない攻撃をわざわざ使う理由などないに等しい。


 なにより、あらゆる攻撃をはねのけられるような防御能力など現実的ではないのである。完全というものはあり得ない。それが、竜という強大な力を持つ存在であってもだ。必ず、カバーしきれない部分が出てくるはずである。


 奴の身体は弾力性と重みのある分厚いゴムのような感触であった。斬撃は有効ではなく、恐らく打撃も同じであろう。


 であれば、鋭利なもので刺し貫くしかない。これすらも有効でなかったら、他の手段を考えなければならないが――


「…………」


 顔のない人型は横に回り込んだ竜夫の刺突を飛び上がって回避。顔のない人型は一応、人間の範疇に収まるものであるが、それでも二メートル弱の体格である。間近で二メートルある人型の存在が飛び上がるのはかなりの圧迫感があった。


 飛び上がってこちらの上を取った顔のない人型は踵落としを放ってくる。二メートル弱ある体格から放たれるそれは大きな鈍器を振り下ろされたに等しいものであった。まともに受け止めようとすれば、相当の覚悟と力が必要とされるだろう。


 そして、受け止めきれなければ頭上から叩き潰されることになる。まだこちらは、奴がどれほどの力を持っているのか図り切れていない状況だ。そんな状況で、間違いなく強力である攻撃を受け止めるというのは、かなりのリスクがあると言えるだろう。


 そう判断を下した竜夫は前に飛び込んで顔のない人型の踵落としを避ける。その直後、振り下ろされた踵は床を穿ち、砕く。周囲に振動が伝わる。その振動だけで、先ほどの一撃のすさまじさを認識させられた。受け止めようとしていたら、決定的となり得る隙をさらしていたか、最悪の場合脳天から叩き潰されて死んでいただろう。


 顔のない人型はすぐさまこちらへの追撃を仕掛けてくる。それは、人体の可動域を超えた方向転換。人間に近い形をしているが、実際はかなり違うものなのだろう。


 先ほどの攻撃を飛び込んで回避した竜夫はすぐさま体勢を整える。立ち上がり、刃を構え、急激な方向転換としつつこちらへと向かってくる敵を待ち受けた。


 急激な方向転換とともにこちらへと向かってくる顔のない人型は、数歩離れたところから足を止めた。


 腕を巨大な鉄球のように変形させ、それを振り下ろしてくる。全身の力とこちらへと向かってくる際の運動エネルギーをすべて集約させたその一撃は考えるまでもなくすさまじい威力を誇っていた。受け止めようとすれば、確実にそのまま命ごと叩き潰される。


 だが、威力は大きいものの、同時に大振りで隙も大きなものであった。恐れなければ、回避はそれほど難しくない。そう判断した竜夫は、その場から急加速して顔のない人型へと接近。


 直後、鉄球が振り下ろされ、背後からすさまじい衝撃が伝わってくる。受け止めるどころか、その近くにいただけでも叩き伏せられていただろう。とんでもない威力であるが、ただそれだけだ。


 威力が大きければいいというものでもない。大事なのは的確な状況判断である。現在の状況と、この先起こるであろう出来事を見据え、予測して行う判断。


 無論、威力が大きい攻撃というのは、それだけで脅威だ。当たればそれで終わりというような攻撃を連発されるのは、回避が容易なものであったとしても、厳しいものである。物事は長く続けば続くほどミスをする可能性が高まるものなのだ。


 鉄球を回避して接近した竜夫はそのまま顔のない人型の身体へと刃を突き立てた。顔のない人型の胴体に深々と刃が刺し貫かれる。


 このまま刃を爆散させれば、胴体が吹き飛ばされて仮に死ななかったとしても戦闘継続は不可能になるだろう。それはわかっていたものの、顔のない人型はそうさせてはくれなかった。


 身体を刃で貫かれてもなお顔のない人型は止まることなく、先ほど叩きつけた腕を振り払ってくる。まともに受ければ、骨の数本か軽く砕くだろう。まだ戦わなければならない以上、ダメージを受けるわけにはいかなかった。


 竜夫は追撃は諦め、刃から手を離し、振り払われた腕を避ける。身体のすぐそこを通り抜けていった腕から感じられた風圧はかなり強力で、ヒヤリとさせる。


 距離が開く。八メートルほどの距離。どちらもすぐにでも縮められるものであった。


 竜夫は、顔のない人型を見据えながら、考える。


 奴が本質的には先ほど出てきたものと同じなのであれば、こいつも恐らく、誰かの能力によって生み出された存在であるはずだ。であれば、こいつを倒しても他の個体が出てくる可能性は非常に高い。消耗を避けるのであれば、無視して大元を断ったほうがいいが――


 奴の戦闘力を考えると、無視するのはあまりにも危険すぎることは間違いなかった。最低でも、いままでの個体と同じように戦闘不能状態にしておくべきだ。なにより、こいつと他の強敵とに挟撃されれば、より危険な状況に追い込まれる。


 刃によって胴体を貫かれていたものの、まったくダメージを負っているようには見えなかった。奴がいままで出てきた顔のない人型のスケールアップ版であるとすれば、こいつも他の個体のように、高い不死性を持っているはずだ。


 だとすると、戦闘不能状態に追い込むのもかなりの労力を要することになるだろう。簡単なことでないのは間違いなかった。


「…………」


 顔のない人型は、こちらを見据えつつ、自身の身体を貫いていた刃を躊躇なく引き抜いて投げ捨てる。刃を引き抜くと同時に、その穴は急速に塞がっていく。生半可な傷では即回復されてしまうだろう。一気に仕留めなければならないが――


 そこで問題になってくるのは奴の耐久力の高さである。こちらが一気に戦闘不能状態になるようなダメージを負わせようとしても、奴はその持ち前の耐久力の高さを利用して、反撃をすることで決定的な損害を受けるのを阻止しようとするはずだ。


 厄介な相手というほかない。戦闘力こそここで戦ってきた竜たちほどではないが、耐久力面に関しては大きく上回っている。邪魔をするのにこれほど適した存在はないと言えるだろう。


 それでもなお、すべてを終わらせるには乗り越えなければならなかった。ここで死んでしまったら、引き継いでくれる者など誰もいないのだ。


 やるしかない。耐久力が高いのであれば、耐えきれないだけの火力をぶつければいいだけのことだ。


 顔のない人型を見据える。影がそのまま立体化したような奴は、どこまでも不気味な存在であった。


 竜夫はゆっくりと息を吐く。


 どこまでも厄介な邪魔者を打ち倒すために再び前へと踏み出した。

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