第415話 命なきものたち
直剣を携え、大成は顔のない人型へと接近。
まだ力は残っている。まだ手足は動いている。とてつもなく大きな敵に抗う意思もまだ折れていない。
だが、この身体は間違いなく限界を迎えつつある。その限界を迎えたとき、なにが起こるのかはまだわからない。でも、いまの『自分』が保っていられないのは確実であった。それが、『死』というべきかどうかはわからないけれど。
顔のない人型を捉え、直剣を振るう。禍々しい赤い軌跡を描く直剣によって、顔のない人型は両断。その感触は、生命かどうか疑わしいほど柔らかい。大成によってその身体を両断された顔のない人型は緩慢な動作で倒れていくが、真っ二つにされてもなおこちらにつかみかかろうとしてきた。
大成はそれを避ける。身体を真っ二つにされてもなおまだ動いていられる頑丈さはたいしたものだが――奴らは、それ以外はなにもないに等しい存在だ。この先にいる敵が差し向けてきた、使い捨ての雑兵であろう。その耐久力でわずかでもこちらの力を削げればよし、手傷を負わせられれば儲けたもの、といったところだろうか。
胴体を両断されても生命活動が停止しないとなると、奴らを完全に沈黙させるのは決して馬鹿にならない労力を要するのは確実だ。少しでも力の消耗を避けるのであれば、完全に動かなくなるまで攻撃をするのは避けておくべきであろう。
そもそも、身体を両断されてもある程度生きていることができたとしても、戦力としてはゼロに等しい。そうなったものに、わざわざ力を割いたところで無駄にしかなり得ない。
幸いなことに、奴らは不死性こそ高いものの、身体は極めて脆弱だ。戦力として機能しなくなるレベルのダメージを負わせることはそう難しくない。
一体目を無力化した大成のところに、二体目が襲いかかってくる。自分の身を一切顧みることのない隙だらけな動き。避けることも迎撃することも容易い。
しかし、身体を両断されてもなお動けることを考えると、相当のダメージを負わせられなければ、止められない可能性は非常に高いだろう。止められなければ、手痛い反撃を受ける可能性は大いにある。雑魚であるが、同時に油断ならない相手でもあった。
こちらにつかみかかろうとする顔のない人型を回り込むようにステップして回避して反撃。肩口から直剣を振り下ろし、肩から脇腹にかけて深々と切り裂いた。
肩口のあたりから身体が裂けた顔のない人型はバランスを崩して倒れ込んだものの、まだ動いていた。這いずったまま、こちらへと追いすがってくる。
……やはり、いちいちとどめなど刺していられない。残しておくとリスクとなり得る可能性はあるが、身体を真っ二つに両断されても生きていられるような相手を一体一体とどめを刺していては、労力がかかりすぎる。連続戦闘で疲弊したいま、少しでも効率的に進められるのであればそちらを選ぶべきだ。
そう判断した大成は、まともに動けなくなった二体の顔のない人型を置き去りにして前へと進む。
『あの状態の奴らを無視するのは、どう思う?』
前へと進みながら、大成はブラドーへと意見を仰いだ。
『普通に考えれば、あの状態ではまともに戦力として機能するわけもないが――仕留め切っていない以上、なんらかのリスクがある可能性は残るだろう。とはいっても、俺たちのいまの状況を考えれば、身体を両断されても生きているような奴をいちいちとどめを刺すのはあまりにも力の無駄だ。恐らく、あれを差し向けている敵は、あれでこちらを倒せるとは思っていないだろう。目的は、こちらの力を少しでも削ぐことだ。わざわざそれに乗ってやる理由などあるはずもない』
『俺もそう思う。戦力として機能しなくなるレベルまでダメージを負わせて放置ってのが無難か。幸い、あいつらは柔いみたいだし。もし、なにかあったら教えてくれ』
こちらの返答に、ブラドーは『いいだろう。だが、気を抜くなよ』と冷静な言葉を返してくる。
異様な空気に満ちた回廊を一心に進んでいく。
先ほど戦闘不能状態まで追い込んだ顔のない人型が近づいてくる気配はない。いくら不死性が高いといっても、身体を両断された状態ではそう長く保つまい。放っておけば、確実に死ぬだろう。
しかし、わずかとはいえリスクを残した状態で進むというのは嫌なものである。なにより、敵は強大な力を持った存在だ。こちらの予想し得ないことをやってきたとしてもおかしくはない。
さらに進む。
身体に纏わりつくような異様な空気はさらに強まっていた。あまり心地のいいものではなかったが、それは同時に目的の場所に近づいていることでもある。この先に『棺』の中枢があることは間違いなかった。
どこからともなく、先ほどと同じようにゲル状の物体が落ちてきた。それはすぐさま形となり、こちらの行く手を阻む。顔のない人型が四体。現れた奴らは、一気にこちらへと襲いかかってきた。
とはいっても、隙だらけな動きであることに変わりはない。大成は跳躍して四体の顔のない人型の頭上を取り、直剣を鞭のように伸ばして振るう。
鞭のように変形した直剣は二体の顔のない人型を切り裂いた。一体は頭部を両断され、もう一体は首から胴体にかけて斬り捨てられる。
残った二体を飛び越えて背後を取り、二体を同時に処理できるように直剣を先ほどと同じく鞭にように伸ばして真一文字に振るった。
二体は同時に上半身と下半身を寸断された。上半身は床に落ち、下半身はしばらく進んだところで自分の身体が切り裂かれたことを思い出したかのように倒れ込む。
だが、上半身だけになってもまだこちらへと向かおうとしてきた。それはグロテスクであるとしかいいようのないものであった。
これで、奴らは戦力として機能しなくなったと言えるだろう。大成は四体の顔のない人型を置き去りにして前へと進む。追いかけてくる様子はまったくなかった。普通に考えれば、身体を真っ二つに両断されて動けるほうがおかしいのだ。なにをどうしたらああなるのかはわからないが、そういうものであるとしか言いようがなかった。
さらに前へ。
この調子で邪魔をされるとなると、かなり鬱陶しい。なによりこちらにはもう余裕などないのだ。できることなら、すべて無視して進みたいところであるが――
完全に無視するのはやはり危険であろう。なによりここは一本道である。奴らとは違う強敵が現れた時、背後から迫られることになったらかなり危険だ。それが取るぬ足らない雑魚であったとしても。それは大きな足かせとなりかねない。そうなることだけはなんとしても避けておくべきだ。
背後でなにかあれば、ブラドーが察知してくれるだろうが――彼もこちらと同じく万能ではない。予想し得ないことが起こる可能性は大いにある。すべてを考慮しておくことはできないが、ある程度はどのようなことが起こるかは想定しておく必要があった。自分が全うすべき役割を果たすために。
その瞬間、下からなにかが湧き上がってくるのが見えた。反射的に足を止める。
現れたのは、顔のない人型。しかし、奴が身に纏っている空気はいままで戦闘不能してきた個体とは明らかに一線を画すもの。先ほどまでのただ邪魔をするだけの雑魚でないことは間違いなかった。
『後ろは気にするな。さっきの奴らは戦闘不能状態のままだ。目の前のいる敵に集中しろ』
ブラドーの言葉を聞き、大成は心の中で頷く。
顔のない人型を見据える。
奴がなんであれば、倒す以外ほかに道はない。大成は気を引き締め直し――
敵を打ち払うべく前へと飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます