第410話 到達せしもの
ジェラールへと向かっていきながら、大成はどのようにすべきかを思考する。
奴の特筆すべき防御能力を突破するにはなにが必要か?
言うまでもなく、ただ力で押しただけで勝てる道理はない。わずかでも奴を上回れるなにかが必要であることは間違いなかった。
待ち構えていたジェラールはこちらが間合いに入り込む前に槍で迎撃。絶妙にこちらに攻撃させない距離を保つ。
ジェラールはこちらの動きを止めたのち、槍で反撃。素早く、鋭く、隙の小さな突き。派手さはないが、間合いの外側から徹底されると、かなり厳しい攻撃であった。
だとしても、突破しなければならなかった。すべてを終わらせるために、あるいはすべての始まりを迎えるために。
ジェラールの突きを払い除ける。やはり、持つ獲物の大きさの差ゆえ、ただ攻撃を払い除けるだけでもかなりの重さが感じられた。じりじりと沁みるような衝撃が両手に伝わる。
一度攻撃を払い除けた程度では、ジェラールが止まることはなかった。二度、三度、タイミングをずらしながら連撃を仕掛けてくる。一発だけでも、まともに命中すれば致死に値する遊びのない一撃。なんとか払い除けていっても、それらは確実にこちらに体力を削っていく。
直剣を伸ばせば、槍よりも長いリーチでの攻撃も可能だが――それは向こうも警戒しているだろう。同じようなやり方で、差し込むことは難しい。安易な反撃は禁物だ。奴ほどの手練れであれば、そのような攻撃の隙をしっかりと突いてくることは間違いなかった。
槍と直剣の応酬が続く。
一見は拮抗しているように見えるが、間合いに入り込まれることを徹底的に阻止されているため、悪い状況なのは間違いなくこちらであった。このまま続けば、先に崩れるのはこちらだ。どこかで、反撃を仕掛けなければならないが――
さらにもう一度、ジェラールの突きを払い除けると同時に、大成はジェラールへと目を向けた。
見た限り、まだ呪いの影響は薄いようである。放たれる攻撃の勢いから考えても、はっきりと体感できるレベルでの影響はまだないようだ。こちらの呪いは、即効性はそれほどでもないが――その効果の持続性はかなり高い。長引けば、こちらからも視認できるレベルで影響が出てくるはずである。
だが、それでもなおいまのままであれば先に力尽きるのはこちらであろう。もっと呪いの影響を強めなければ、長期戦をしたところで勝機は薄かった。
踏み込もうとするも、またしても槍によってそれを阻まれた。やはり、思うように動かせてくれないというのは非常に厳しいものだ。
奴の堅牢な防御能力を裏切るようななにかが必要なのは間違いなかった。こちらの攻撃手段は決して豊富とは言えないが――それでもなにか見出せなければ、勝機は薄いだろう。このまま削り殺されるのは目に見えていた。
やはり、消費できる命がなくなっているのが痛いところだ。あと一つでも消費できる命が残っていれば、まだやりようはあったというのに。
悔やんだところで、消費できる命がどこからともなく現れるはずもない。悔やんだところで、現実が変わってくれるわけでもないのだから。乏しい手札でなんとかする以外できることはなかった。
……つくづく、自身が持たざるものであることを認識させられる。地獄のような世界で漫然と誇りもなにもなく、ただ生き残っていただけでしかなかった。
だが、それでもなおいまは少しだけ自身を肯定できる。それはきっと、この異世界で得られたもっとも信頼できる相棒のおかげだろう。彼がいたからこそ、ただ生きてきただけの自分になにかを見出せるようになれたのかもしれなかった。
未だに、ブラドーがなにを望んでいるのはわからない。ただ自身を虐げてきた竜たちへの反逆という以外になにかあるような気もするが――別にどうでもいいことだろう。いまはただ、やるべきことをやる以外、生き残る手段はなにもないのだから。
槍による攻撃を直剣で弾いて防ぐ。ジェラールの一撃は変わることなく重みを有している。攻撃を防ぐたびに、こちらの行く手を阻まれるたびにその重さは両手を蝕んでいく。度重なる戦闘で、疲労は両腕だけでなく全身に蓄積している。余裕はほとんどなく、そのうえで、この先もまだ戦わなければならなかった。
それでもなお心は折れていなかった。輝かしい未来も戻るべき場所もないというのに、諦めるつもりにならないのは一体なぜだろう? 自分でもよくわからなかった。
そこまで考えたところで、大成はあることに思い至った。
『これは、行けると思うか?』
極限状態で至った案をブラドーへと告げる。
『悪くない。一度だけなら、意表を突くこともできるだろう。だが、本当にいいのか? それはお前自身の否定に繋がりかねないぞ』
こちらの案を聞いたブラドーはそう問い返してくる。
『構わないさ。別にどんな風になったところで、俺たちは俺たちであることに変わりはない。もし、それで狂ったのなら、氷室竜夫に殺してもらえばいいだろう。怪物ってのは勇者に対峙されるのが定番だしな』
たぶん、自分は英雄にはなれないのだろう。地獄で生きてきた死にぞこないが、英雄になどなれるはずもない。はじめから、わかっていたことだ。
『……そうか。お前がいいのなら、俺に否定する理由はない。どうせ、奴を倒せなければどうにもならんしな』
ブラドーの言葉からは、ある種の境地に至った達観が感じられた。
『もし、駄目だったら俺の骨は拾っておいてくれ』
『残念だが、それは無理だ。俺には動かす身体はないからな。頼むのなら、俺以外の別の奴に頼め』
軽口を叩き合ったところで、ジェラールを見据える。
相変わらず、地に根を張った大樹のごとく、その場でこちらを待ち構えていた。それほど大きな体躯ではないのに、強い圧力が感じられた。
奴を殺し切るために、必要になる最善はなにか? 奇襲の類が成功するのは一度しかない。そもそも、同じ手段を二度も食らうような相手であったのなら、ここまで苦戦はしていなかっただろう。
大成はもう一度、ジェラールへと向かって踏み込む。こちらの動きを察知した奴は素早く迎撃の体勢を整える。
当然、こちらの間合いに入り込ませないように、槍での迎撃を行う。ただがむしゃらに攻撃を仕掛けたところで、奴の牙城を崩せないことは百も承知だ。
動くつもりがないのなら、動かざるを得ない状況を作り出すまで。
槍によって行く手を阻まれた大成はその場で力強く『棺』の床を踏み込んで――
直剣の刃を構成していた血を爆散させた。それは霧状となってジェラールを覆う。
細かな霧状となった血であれば、容易に逸らすことはできないはずだ。
そして霧状となった血は、竜殺しの呪いに満ちている。付着すれば焼け爛れ、吸い込めば内部から身体を蝕んでいく。そのようなものに満ちた場所となれば、どれだけ強かったとしても、留まっていられる理由はない。
血の霧を振り払うようにして、ジェラールが現れる。
刃を構成していた血を霧状にして放ったことにより、こちらが持っているのはただの短剣である。槍を持つ相手を倒せるような代物でないのは間違いなかった。
だが、それでも構わない。血を霧状にして放った時点で、これは役目を終えている。駆使するものは――
言うまでもなく、己の身体だ。
大成は力を解放しつつ、血の霧から抜け出してきたジェラールへと向かって、それを自身の腕に乗せ――
力を乗せた大成の腕は法則を無視したかのように肥大化し――
向かってきたジェラールを、槍ごと粉砕する。
胸を丸太のごとき変質した腕で貫かれたジェラールは動きを止め――
腕を引き抜くと同時にくずおれ、倒れた身体はそのまま融解していく。
自身の身体の数倍以上に肥大した左腕を元に戻す。その瞬間、肥大していた左腕がぎちりと軋みを上げた。
自身の限界を超えて、血の操作による変質を行った反動。左腕は、神経が壊れてしまったかのように自身の意に反するように蠢き――
「…………」
大成は持っていた短剣で暴走しかけた左腕を刺し貫いた。
貫くと同時に、その動きは止める。
『大丈夫か?』
ブラドーの声が聞こえ、大成は『まあなんとか』と返答する。
『行こう。こんなところで、止まっている場合じゃない』
そう言って左腕に刺した短剣を引き抜き――
ぎちぎちと蠢く左腕を抑え込みながら、先へと進んでいった。
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