第409話 乗り越えた先に

 お互いのすべてを賭け、竜夫と白い影は衝突する。


 まったく同等の力のぶつかり合い。そこには一切の容赦はなく、己が進むべき先をただ見据えていた。


 もはや、やるべきことはただ一つ。目の前にいる己を打ち破ることだけだ。ここを突破できなければ、この先に未来はないのだから。


 二つの刃が衝突。張りつめた空間に響き渡る衝撃は、常人であればただそこに居合わせただけで即死しかねないほどすさまじい。


 まったく同等の力を持つ存在によるぶつかり合いは互いに一切譲ることなく続く。それは、極限状態で続く均衡でもあった。わずかでも、この均衡を崩すものがあれば、一瞬にして終わりを迎えるだろう。


 こちらが勝ちを迎えうるために考えられる手段はただ一つ。竜の力の解放である。この力だけは、完璧に近い形でこちらを模倣した白い影がなし得ないもの。勝利を迎えるための重要な鍵であるが――


 使いどころを誤れば、こちらが敗北をしかねないものでもあった。限定的な竜の力の解放が持続するのは、数十秒程度だ。その時間を凌がれてしまったら、相手にその天秤が傾くことになる。


 そうなったとき、耐えきれる保証はない。いや、相手がこちらと同等の力を持っている以上、敗北は確実とさえ言えるだろう。


 恐らく、奴は模倣した自身の力に瑕疵が存在することは把握しているはずだ。であれば、なんらかの対抗手段はあると考えておくべきだろう。奴の特筆すべき部分は、模倣した相手の理解なのだから。


 五度打ち合いをしたところで、白い影は刃を持ち替え、左手に銃を創り出す。そこに収められているのは、考えられる限りの防御手段を貫通する魔弾であることは間違いなかった。


 竜夫は軸をずらすようにして放たれた魔弾を回避。横へと回り込みつつ、刃を創り変えた。


 理論的にはおよそすべてのものを切り裂くことを可能とする極薄の刃。竜の力を解放せずに倒せるのなら、それに越したことはない。


 回り込んだときの勢いのまま、極薄の刃を振るう。それは、その先の空間すらも切り裂いたと錯覚させるほどの鋭さを誇っていた。まさしく、すべてを切り裂く魔性の刃。まともに食らえば、死を避けられないだろう。


 だが、白い影は冷静だった。銃を手放すと同時に刃を同じものへと創り変え、こちらの攻撃を防御。衝突と同時に二つの刃は砕け散る。


 徒手空拳となっても、退くことはなかった。竜夫はもう半歩踏み出して、自身の掌を白い影へと叩き込もうとする。打撃を叩き込んだ手のひらの先に刃を創り出す一撃。自身の身体の先の空間に差し込むように刃を創り出すことで防ぎ得ないものとする。防ぐことができないそれは、叩きこまれた位置によっては充分すぎるほどに致死に値する一撃だ。


 それが防ぎ得ない攻撃であることは相手もわかっている。白い影は飛び上がるようにして、防ぎ得ない一撃を回避。同時に上を取る。


 飛び上がった白い影は宙を蹴るようにして空中で急加速して強襲を仕掛けた。


 危機を察知した竜夫は大きく後方へと飛ぶ。その直後、空中からの強襲を仕掛けた白い影を中心として無数の刃が下から突き出される。離脱していなかったら、無数の刃によって身体を貫かれ、無残な姿となっていただろう。


 竜夫が後ろへと飛んだことで、距離が開く。その距離は十二メートルほど。超常の存在であれば、その距離はないに等しい。


 切り札となり得るものがあっても、自分とまったく同等の力を持った相手と戦うのはとてつもなく厳しいものだ。わずかでも気を抜けば、その均衡は簡単に崩れてしまうのだから。


 なにより、こちらは自分と戦うことに慣れていない。奴には絶対的な切り札がなかったとしても、慣れというのは極めて大きなものだ。慣れている――ただそれだけで優位となる。それは決して、誤差と言えるような小さなものではない。


 くそ。どうする?


 どうにかして、隙を作り出したいところだが、相手を模倣するという奴は同じ相手と戦うことに非常に長けている。そのような相手に対し、簡単に隙を作り出せるものではない。


 絶対的な切り札があったとしても、それを凌がれてしまったらこちらがやられてしまいかねないというのはかなりの重圧だ。いつか切らなければならない切り札を切れなくなる。その足かせは、いつか敗北を呼び込むことになるだろう。


 とはいっても、向こうも対する敵が、自身が持ちえない絶対的な切り札を持っているというのはかなりの重圧を感じているはずだ。戦いにおいて、自身が厳しいときは相手も同様に厳しいものである。自身が感じている厳しさを相手に悟られてしまうのは、弱みを見せたのと同義だ。弱みを見せれば、そこにつけ込まれる。拮抗した戦いにおいて、小さなものであってもつけ込まれる隙があれば敗北する可能性は飛躍的に高まってしまうのだから。


 微妙な距離のまま、睨み合いが続く。向こうも攻めあぐねているのか、それとも別の狙いがあるのか――どちらなのかは判断できない。


 どちらであったとしても、長引けば長引くほどこちらが不利になるのは確実だ。少しでも早く、この戦闘を終わらせるべきである。


 だが、安易な手段は敗北を招き寄せる要因だ。そこを狙われてしまったら、なにもかも終わってしまうだろう。


 とはいっても、状況的に慎重になりすぎても厳しくなる一方なのもまた事実。どうにかして、奴を裏切るような手段を作らなければ、この状況を打破するのは難しい。


 竜夫は再び刃を創り出す。白い影もそれに呼応したかのように、ほぼ同じタイミングで刃を手に持った。


 そこで、ある手段を思いつく。


 もしかしたら、いけるかもしれない。問題があるとすれば、相手をどれだけこちらの想定通りに動かせるかであるが――


 いや、考えたところで仕方ない。できることはやってみるべきだ。先のことを考えなければならないのは事実であるが、出し惜しみができる相手ではないのもまた事実。


 成功確率が高いのは一度きり。ここで決められなければ、より窮地に立たされることになる。


 竜夫は深呼吸し、意を決する。この先、どうなるのだとしても、やらなければならないのだ。自分のためにも、他の多くの誰かのためにも。


 竜夫は構え、前に出る。白い影のほうはこちらを待ち受けるつもりであるらしい。


 一瞬にして接近した竜夫は斬撃を放つ。力強さと鋭さを併せ持った渾身の一撃。ただ、敵を倒すために放たれたそれは一切の無駄がない。


 だが、こちらとまったく同じ力を持つ白い影はそれをしっかりと受け止めた。二つの刃が衝突し、鎬を削る。


 鍔迫り合いが数秒続いたところで、竜夫はわずかに身体を退く。同時に、無数の大量の手榴弾を創り出して周囲にばら撒いた。


 ばら撒くと同時に、竜夫は背後へと離脱。その直後、大量の手榴弾は一気に爆発。巻き込まれればただでは済まない暴力的な爆発が生み出された。粉塵が舞い上がり、周囲を覆う。


 その粉塵を切り裂くようにして白い影は空中からの反撃を仕掛けてくる。それを視認した竜夫は――


 刃を床へと突き刺した。


 突き刺すと同時に現れたのは無数の鎖。それは、飛び上がっていた白い影にまきついて――


 その動きを縛りつける。


 床へと突き刺した刃を手に持ったまま、左手に新たな刃を持ち――


 竜の力を解放し、その刃へと乗せ――


 その瞬間、時の流れが停滞する。それは、動画をスロー再生したときのようだった。


 ゆっくりと、竜の力を乗せた左手の刃は白い影へと向かっていき――


 鎖によってほんの短い時間拘束されていた白い影は、暴力的に強力な出力を持つ刃をその身に受け――


「……これが、本物か」


 その言葉が聞こえた直後、白い影は肩口からが両断され――


 なにも残すことなく消滅する。


 左手に残った感触は、不思議なものだったがはっきりと残っていた。それは、間違いなく仕留めたときの感触。それだけは、敵がどのような存在であったとしても見まがうことはない。


 突き刺した刃と白い影に叩きつけた刃が消え、どっと疲労感が押し寄せてくる。


 しかし、膝を突いている余裕などない。まだ戦いは終わっていないのだ。膝を突くのは、それからでいい。


 なんとか踏みとどまった竜夫は前を向き直し――


『棺』のさらなる深奥へと進み始めた。

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