第408話 わずかな光をつかめ

 前に出た大成は距離を澱みのない足取りで素早く詰めていく。


 ジェラールのほうは、変わらずこちらを待ち受けるつもりのようだ。こちらに能力の性質を見抜かれてもなお、戦い方を変えることなく徹底できるというのはさすがという他にない。だからこそ、重要なポストに収まることができたのだろう。


 敵の能力の性質を見抜くことはできたものの、それでも劇的に状況が改善されたわけではない。依然としてこちらは攻め手を欠き、遠距離攻撃に至ってはほぼ完全に防がれるという状況だ。劇的に変化したわけではない。


 だが、それでもなお光明が見えたということは非常に大きいものだ。どういうものかある程度把握できている。ただそれだけで心理的にはかなり楽になるのだから。


 数歩進んだところで、ジェラールの槍に迎撃される。やはり、容易には突破できないらしい。


 こちらを阻んだジェラールはそのまま反撃を行う。一切の無駄がない刺突。派手さは一切ないが、的確に差し込まれる対処はかなり難しい。


 大成は刺突を回り込むような身体さばきで回避。まだこちらは槍の間合いだ。ただ振っただけでは、こちらの剣は届かない。


 一撃を回避しても、すぐさま追撃が飛んでくる。的確に打ちこまれる刺突攻撃。やはり、隙は小さく、簡単に反撃できるようなものではなかった。


 大成は二撃目を直剣で軌道を逸らして防御。両手に重い衝撃が伝わってくる。痺れるような衝撃はかなり強力だ。それを受けるだけで反撃をしようという意思が弱められてしまうほどに。


 しかし、怯んでなどいられなかった。ジェラールの槍を捌いた大成は直剣を両手に持ち、突きを放つ。それは、血で構成された直剣を伸ばして行われる一撃。相手が届かない位置にいるのであれば、伸ばせばいい。それができる能力なのだから。


 ジェラールは伸びて自身に向かってきた直剣の刃先を、身体をずらして回避を図ったものの、完全に避けることはできなかった。左肩のあたりを掠める。その傷は、奴のような手練れを戦闘不能に追い込めるようなものではないが――


「……っ」


 傷を受けたジェラールの顔がわずかに歪む。浅手とはいえ、受けたのは竜殺しの呪いを帯びた一撃なのだ。本来であれば問題なく戦闘続行できるダメージであっても、命取りになりかねない。いま奴が受けたのはそういうものなのだ。向こうもそれがわかっているのだろう。


 伸ばした直剣を収縮させつつ、距離を取る。


 これで、この悪い状況を多少押し返すことができた。竜殺しの呪いを受けた以上、奴も長期戦を行うことは難しくなる。


 影響が出てくるまでには、まだ時間がかかるだろう。それでもなお、相手の動きを制限できるようになるというのは極めて大きなものだ。


 とはいっても、現状は相手が有利であることに変わりはない。大きな重圧をかけられるようになったとはいえ、依然として奴が有利な状況であることは間違いないのだから。ここから、奴がどう出てくるかであるが――


 大成はジェラールへと目を向ける。


 先ほどの一撃で左肩のあたりに血が滲んでいること以外に変わっているところはない。依然として余裕にしているように見えた。


『この状況、どう思う?』


 睨み合いを続けながら、大成はブラドーへと問いかける。


『浅手とはいえ傷を負わせた以上、多少は押し返せただろうな。これで耐久戦を続けづらくなったことは間違いない。だが、油断は禁物だ。手傷を負ったことによって、耐久戦を徹底することは難しくなったが、その代わり攻勢に出てくる可能性もある。なにしろあれだけの戦闘能力を持っているのだ。その能力が攻勢に出たくらいで失われるとは考えにくい』


 ブラドーの的確な分析。やはり、冷静に状況を観察してくれる第三者がいるというのは非常に心強い。


 呪いを与えられたことは非常に大きいが、あの程度の傷では戦闘能力を多少削げるに留まるだろう。戦闘不能にできるレベルにはまだ遠い。


 とはいっても、本来出せる力を削がれるというのは、かなり大きなものだ。わずかな変化をしただけでも、いつも通りの動きができなくなってしまうことは珍しいことではない。それが、戦闘となればなおさらであろう。


 その影響をはっきりと自覚できるものとなればなおさら強力である。ジェラールが受けたものというのは、そういった性質のものなのだ。時間が経てば経つほどその影響は濃くなっていく。いままでこちらが強いられていたものを強いられるようになったのだ。紛れもなく大きな一歩であるが――


 槍を構えたジェラールが動き出す様子はない。傷を負い、呪いを受けても徹底的にこちらを阻むスタンスを貫いている。


 ……ここまで来ても守りに徹することができるとは大したものだ。恐らく、長引けば長引くほど自身の状態が悪くなっていくことを差し引いても、守りに徹することがこちらに対して一番有効であることがわかっているのだろう。


 確かにその通りだ。いまの状況であっても、長引いて不利になるのは依然としてこちらである。嫌な状況になってもそれを冷静に見極められることを考えると、改めて困難な敵であることを認識させられた。


 しかし、呪いを受けたことによって本来の力を発揮できなくなったことは事実だ。これが、どの程度の影響を及ぼすものなのかで、奴も動きを変えてくるだろう。守りに徹することが、悪い状況に繋がるとなれば、取る戦術を変えてくるはずだ。


 そうなったとき、どうなるかはいまのところ不明である。なんとかして、奴をさらに嫌な状況へと追い込みたいところであるが――


 それは間違いなく、簡単なことではない。呪いの影響が出たとしても、奴が持っている知識や技術が失われるわけではないのだ。呪いによって弱体化したからといって油断していると、一瞬でやられてもおかしくない。


 なにより、先ほどと同じような手段では奴に攻撃を入れることはできないだろう。あれはあくまでも一度きりの奇襲に過ぎない。戦闘において二度同じ手段で奇襲を食らうのはただの無能だ。奴がそのような無能であるとは思えなかった。


 やはり、鍵を握るのはどこで竜の力を解放するかだ。的確な状況でそれを使うことができれば、それがベストであるのは言うまでもない。


 その状況がいつ訪れるのかは不明だ。できることは、それがいつ来てもいいように身構えておくことだけである。


「……一つ、問おう」


 十メートルほど先にいるジェラールの声が響く。


「貴様は何故我らと戦っている? この世界がどうなったところで、貴様ら異邦人には関係ないことだろう?」


「かもな。けど、俺が戦ってるのはそんな理由じゃねえよ。ただ、好き放題やられたままってのが気に食わないだけだ。あんたらを倒すのはそのついでだ」


 自身が人体実験に使われていたときの記憶はほとんど残っていない。だが、曖昧なものであったとしても、それを見過ごせるようなものでもなかった。


「なるほど。確かに報復は大事だ。危害を加えても報復をしてこないものほど、都合のいいものだからな。充分すぎる理由だ」


 そう言い終えると同時に、ジェラールが身に纏う気配が変わった。それに応じて、大成も身構える。


 動き出すかと思ったものの、ジェラールは守りに徹するつもりのようであった。


 であれば、こちらから動いて奴を突破する以外に選択肢はない。


 大成は息を整え――


 三度、前へと踏み出していった。

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