第402話 要塞破り

 巨大な槍を構えて行われる突進を待ち受けるのは想像以上の重圧であった。銃をはじめとした近代的な兵器が生み出される前の戦場で主武器として使われていたのも納得である。


 はっきり言って、槍の半分程度のリーチしか持たぬ剣で対抗するのはかなり無理だろう。だとしても、やるしかなかった。できなければここで終わってしまうだけのこと。果たすべきことを果たせずに。


 迫りくる槍に対して軸をずらすようしてその穂先を回避しつつ、その柄を叩きつけた。だが、その程度ではジェラールを崩すことは叶わなかった。下に叩きつけたこちらを振り払うようして追撃を阻む。


 振り上げた槍に合わせて動き、大成はジェラールの横を取る。直剣を握る力を強め、それを振るう。竜殺しの呪いに満ちた血の刃がジェラールへと迫った。竜の力を解放していなくとも、その身体に命中さえすれば充分すぎるほどのダメージを与えられるのだ。下手に大技を使うべきではない。ただ力の消耗を抑えるというだけでなく、奴が持っていると思われる逸らす力に対する警戒という意味合いが大きかった。決定的な場面で大技を逸らされたとすれば、それは致命的だ。


 なにより、大技というのは出す状況を読まれやすい。多用をすればなおさらである。敵に大技を出すように誘導され、そこを狙われている可能性もあるのだ。そこだけは、なによりも警戒する必要がある。


 横に回り込まれた程度で、崩れるような相手ではなかった。迫りくる必滅の刃を冷静に槍で防御。硬い感触が両手に響く。


 押し合いとなれば槍が相手では分が悪い。そう判断した大成はすぐさま距離を取った。そのまま距離が開く。その距離は八メートルほど。こちらにとっては結構な距離であるが、長物を武器とするジェラールにしてみればそうではない。数歩踏み込むだけで、その穂先はこちらへと届く。


『槍相手に対する、いまからでもできそうないい手段とかあるか?』


 ジェラールとのにらみ合いを続けながら、大成はブラドーへと問いかける。


『剣で対抗する手段か? そもそも、剣で槍に対抗するのが無茶だ。それは、俺たちであっても例外ではない。手っ取り早い対策は諦めるんだな』


 わかっていたことだが、改めてそう告げられると嫌になるものだ。どちらにせよ、こちらがいま持てる手段でどうにか対抗するしかない。


 そこまで考えたところで――


『血を利用して、槍を創るってのは可能か?』


 いま持っているこの剣は血を操作してその刃を形作っている。であれば、槍のような形にもできるはずであるが――


『可能だが、お前が持っているそれは元が短剣だ。槍を創るのであれば、適当な棒でも調達してきたほうがいいな。もしくは、元になるものを使用せずに槍を創るかだ。こちらは道具が必要ない代わりに、そのぶん多くの血を要する』


 いまの状況で槍を創るのに適していそうな棒を見つけてくるのは不可能であろう。そうなると、血を消費して槍を創る以外の選択肢になるが――


『槍を創るにしても、ここでいきなりいままで扱ったことのない武器を使用するというのはあまりいい選択とは言えんな。確かに槍は素人に持たせてもそれなりの力を発揮できる武器であるが、それでも技術を要する。なにより相手は槍の扱いに長けている以上、同じ武器であればこそ、その差が出てくるだろう』


『……確かに、その通りだ』


 ここで槍を持ったところで、状況が大きく変わるわけではない。奴が有利のままであることは変わらない。それどころか、付け焼刃の戦術を用いたことで、より不利になる可能性も大いにあるだろう。


 やはり、楽にはいかないらしい。いま持ち合わせている手段でなんとかする以外に選択肢はなかった。


『槍を創るってのはやめておくことにする。さっき奴がやったこっちの攻撃を逸らしたのが、奴の能力ってことは考えられるか?』


『考えられるな。地味ではあるが、誰かを守る能力としてはかなり有用だろう。なにしろ奴は竜どもの頂点の側近だ。そういった特化した能力を持っていてもおかしくはない』


 ブラドーは納得するような声を響かせた。


『となると、こちらの攻撃を逸らせるのはなんらかの制限があるのだろうな。そうでなければ、すべての攻撃を逸らしてしまえばいい。それをやってこないということは、明確にできない理由、やらない理由があって然るべきだ。まずはそれを探るべきだろう。攻撃を逸らされた結果、先ほどと同じようになるとは限らんからな。場合によっては決定的な隙をさらす可能性も大いにある』


 ブラドーの言う通りだ。こちらが放った大技を逸らして以降、奴がそれを使ってきていないことを考えると、あれは使える状況が限られていることは確かであった。だが、どのような状況で使われるのか不明のままでは、下手に繰り出すのもやりづらい。タイミングがかみ合ってしまえば、ブラドーが言う通り、決定的な隙を作ることになる。


 とは言っても、いまの状況では奴がどのようなときにそれを使ってくるかを判断するのは不可能に等しい。こちらが決定的な隙をさらすことがないように、どのようなときに使ってくるのか見極める必要がある。


 まったく法則性が読めていないところから、それを見極めるのはかなり難しい。なにより、一番危険なのは、それを見極めようとしたときに敵に読まれて、隙を作ってしまうことだ。これだけはなんとしても避けなければならないが――


『奴がいつあれを使ってくるか、わかるか?』


『残念だが、それを判断するにはまだ情報が少なすぎるな』


 当然だ。なにしろ奴はまだ一度きりしかその力を使ってきていないのだ。一度しか見せられていない状況で、なにがどうなっているのか判断できる場合など皆無に等しい。それ以前に、一度しか見えていない状況で断定するのはあまりにも危険である。それを判断するには、あと数回は使わせなければならないが――


『こっちが安全に、奴がいつ能力を使ってくるか図れる手段とかあるか?』


『先ほどのように離れていれば多少は安全だろうが――なんとも言い難いな。なにをするにしても判断材料が少なすぎる』


『……だよな』


 とはいっても、奴がいつどのようなときに使ってくるのかを見極められていない状況で戦いを進めていくのも危険であるのもまた事実。


 なんとも動きづらい状況である。見事なタイミングで自身の持つ手札を見せたものだ。さすが、トップの側近をしているだけのことはある。


 しかし、このまま睨み合いをしているわけにもいかない。目的はあくまでもこの先、『棺』の中枢である。この先へと進むためには、この状況もなんとかして突破する以外の手段はない。


 向こうも警戒しているのか、睨み合いは続いていた。静まり返った『棺』の中でじりじりと空気が焼け焦げるような状況が続く。色々な面で奴が有利であることは間違いないが、こちらが一撃で逆転をしかねない力を持っているというのは警戒を要するのだろう。敵としても、決して楽な状況ではないはずであるが――


 ジェラールを見た限り、それは見えてこない。見せることもないだろう。なにしろ、戦いにおいて弱みを見せるというのは、つけ込まれる隙を作ることに等しい。そのようなことを簡単にしてくれるとは思えなかった。


 防がれ、決定的な隙をさらすかもしれなかったとしても、消極的になっていては勝てるものも勝てなくなる。危険を承知してでも、前に出る必要があった。


 大成は直剣を握り直し――


 敵を打ち倒すべく前へと進み出た。

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