第401話 己との戦い

 自分との戦いというのは本当に厄介なものだ。自身の写し身である白い影と相対しながら、竜夫は改めてそう実感する。


 なにより、敵が行ってくる手段の危険性と有効性を理解しているのはこちらだ。まともに受ければ一撃で命が消し飛びかねない手段の数々。巨大な敵に対抗するために編み出した手段を敵に使われることになるというのは本当に厳しい。


 なにより、こちらが編み出したものであるがゆえに、対抗手段を持っていないというのが一番厄介なところだ。いまはなんとか凌げているものの、状況的に長引けば長引くほど不利になるのはこちらである。どうにかして、抜本的な対抗策を見つけなければならないが――


 白い影に目を向ける。


 蜃気楼のように輪郭がぶれているその姿からは、表情を読み取ることはできなかった。そのせいか、奴が化けている対象が自分であるとはどうしても思えない。やはり、自分の姿というものは思った以上に見えていないものであるらしかった。


 しかし、目的を達するためには、わずか前の自分に化けた相手を打ち破らなければならない。目的は、あくまでもこの『棺』の中枢へと到達し、そこにあるものを破壊することだ。


 このまま待っていたところで、どうにかできるはずもない。そう判断した竜夫はこちらを阻む白い影を打ち破るべく前に出る。銃を手放し、刃を両手に持ち替えた。


 こちらの動きに合わせ、敵も同じく銃を手放し、刃を両手に持ち替えて待ち受けた。その所作から感じられるそれは、ただこちらに化けただけでは出すことはできない強者の気配。


 接近した竜夫は刃を振るう。下からすくい上げるような一撃。


 白い影はそれを一切動じることなく手に持つ刃を駆使して防御。蜃気楼のようなあやふやな見た目とは裏腹にはっきりとした重さが感じられた。


 こちらの一撃を捌いた白い影は返すようにして刃を真一文字に振るう。それは、その軌道上にあるものすべてを斬り捨てる一撃。胡乱な見た目からは考えられないほどの重厚さが感じられた。


 竜夫は一歩退き、真横から振るわれた刃を防ぐ。硬く、重い感触が刃から伝わってくる。それは、はっきりとそこにいることを実感させられた。


 こちらに攻撃を防がれても白い影が動じることはなかった。もう一歩距離を詰め、追撃を仕掛けてくる。刃が上段から振り下ろされた。力強くありながら、コンパクトな一撃。


 竜夫は白い影が振り下ろした刃に合わせてそれを防御。


「く……」


 なんとか耐えられたものの、その一撃は極めて重かった。両手に痺れるような衝撃が伝わってくる。


 こちらに攻撃を防がれても白い影の攻勢は続く。半歩前に踏み出して、袈裟斬りが放たれた。それはしっかりと体重を乗せて放たれた一撃。しっかりとした体勢で受け止めなければ、崩されてしまうだろう。


 下手に退けば、さらに攻め込まれる恐れがある。無論、退くことは大事だ。だが、消極的になると、攻め込まれて一気に崩されてしまってもおかしくない。敵の攻撃を受けるときであっても、前に出なければならないときもある。いまはまさにそのときであった。


 敵の動きに合わせて竜夫もわずかに前に出る。白い影の見た目からは想像できないほどの重い一撃を刃で受け止める。両手に強い衝撃が伝わってきた。


 ここでわずかでも怯んでしまうのは危険だ。そう判断した竜夫は両手に伝わってくる衝撃に耐えつつ、敵の刃を押し返そうとする。


 奴が化けているのがこちらであれば、身体的な能力に関しては恐らくこちらとまったく同等のはずだ。であれば、対抗するのはそれほど難しいことではない。


 床を力強く踏みしめ、そこから力を吸い上げるようにして白い影をほんのわずか押し返した。


 押し返されたことによって、白い影の動きがわずかに止まる。


 竜夫はそのわずかな隙を逃すことなく、自身の足一つぶん前に踏み出し、反撃。白い影を寸断するべく、竜夫が振るう刃が襲いかかる。


 しかし、白い影はその程度では崩れなかった。回るような身体さばきをして竜夫が振るった刃を回避。軽やかな動きで横へと回り込んだ。


 白い影は回り込むと同時に刃を片手に持ち替え、左手に銃を創り出す。弾丸が放たれる。


 着弾箇所に刃を創り出す魔弾であれば、刃で防御したとしても致命的な負傷を負う可能性があった。竜夫は至近距離から放たれた弾丸を、軸をずらすように前へと飛び込んで避けた。


 弾丸を避けると同時に、竜夫は竜の力を刃に込める。敵がこちらと同等の力を持っている以上、それを破るには己を超える出力が必要だ。それを行うには、竜の力を限定的に解放するしかない。


 竜の力が込められた刃は、ただそれだけで対象を撃滅するだけの力を持つ。白い影が実際どのような存在であれ、こちらに対し物理的な干渉ができる以上、そこに存在していることだけは間違いない。


 だが、向こうはこちらが竜の力を解放して攻撃を仕掛けてくることを読んでいたのだろう。先ほど攻撃に使用した銃を手放し、再び両手に持ち替え、こちらの刃と同等レベルの力を刃に纏わせた。


 ――その瞬間、すべての音が消え去った。


 大型の兵器に匹敵する力を持つそれらがぶつかり合った瞬間、すさまじい衝撃が生み出された。発生した衝撃により、双方ともに大きく弾き飛ばされる。


 予想以上の衝撃であったが、そのまま倒れるわけにはいかなかった。竜夫は空中で体勢を整えて着地。それは、こちらと同じく衝撃にさらされた白い影も同様であった。


 二十メートルほどの距離を隔て、睨み合いとなる。


 こちらの想定以上に、奴はこちらを理解しているのだろう。恐らく、こちらが思いつく意表を突く手段は通用しそうにない。


 となると、騙し合いで不利になるのはこちらだ。自分のことは、自分では想像以上に見えていないものである。こちらに化けている奴は、客観的にこちらのことが見えているのだ。この優位性は決して小さなものではない。長引けば長引くほど、そこから発生する優位性は大きくなっていくだろう。


 どうする?


 想像以上に嫌な状況だ。なんとかして、この状況をどうにかしなければならないが――


 敵は、あくまでも自分を模した存在だ。基本的な能力に、大きな差はない。だからこそ、大きくない差であっても、決定的なものとなり得るのだ。それを打ち破るためには、少し前の自分を超える必要があった。


 ほんの数分前の自分を上回ることなどできるのだろうか? 人間というものは、すぐに変化するような存在ではない。数分程度で変われるのであれば、こんなにも愚かではなかったはずだ。恐らくそれは、竜の力を手に入れたいまであっても同じであろう。


 だとしても、この敵を討ち破って前に進むためには、それを成し遂げなければならないだろう。ほんのわずかでも、なんらかの形で。


 こちらに化けているのであれば、こちらがやられて嫌な手段を取るというのが定石であろう。


 だが、ここで問題なってくるのは、奴はこちらの精神性までもそっくりコピーしているわけではないということだ。こちらという存在を限りなく似せてありながら、はっきりとした形で固有の自我を持ち合わせている。


 である以上、こちらがされて嫌な手段が、奴にも適用されるかどうかはわからない。元が同じデータであっても、再現する土台に差異があれば、なんらかの形でその差は現れる。それこそが、奴がいまこちらに対して持っている優位性だ。


「それにしてもすさまじいな。あんなもんを受けたら、たまったもんじゃないな」


 まったくの別人に聞こえる声で、白い影が言葉を発する。


「まさか、あのお方の力をこうやって使うことになるとは。生きてりゃ色んなことがあるもんだ」


 白い影の声はどこか懐かしさを感じさせる。


「でもまあ、俺は主様に逆らうことができない身でね。あんたがあのお方の力を持っていたからといって、見逃すことはできねえんだ」


 白い影の声は本当に残念そうに聞こえた。


「というわけだ。さっさと終わらそうぜ。あんたもそっちのほうがいいだろうしな」


 白い影がそう言い終えると同時に――


 再び刃を構え直したのち、わずかな間を置いて前へと踏み出した。

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