第398話 譲れぬもののために

 大成とジェラールは同時に動き出す。お互い数歩進んだ距離で衝突。大成の血の直剣とジェラールの槍がぶつかり合った。


 剣で槍を相手にするのはとてつもなく不利であるという。恐らくそれは、人外の場においてもそれは同様であろう。場合によっては、人外の領域であるがゆえに、その差が大きく響くのかもしれなかった。


 ジェラールは自身が持つ槍でこちらの直剣を押し返す。やはり、槍を相手にしてまともにぶつかり合うのは不利のようだ。なんとかやり合うための手段を見つけなければならないが――


 こちらの直剣を押し返したジェラールは刺突を放ってくる。一切の無駄がそぎ落とされた一撃。奴の持つ槍は流麗でありながらその穂先はかなり巨大だ。まともに受けることになれば、胴体を寸断されかねない。もうこちらには後がない以上、当たるわけにはいかなかった。


 早くとも、直線的な動きであれば回避はそれほど難しくない。大成は直剣を駆使してジェラールの刺突を捌き、前へと踏み出す。槍をはじめとした長物は、近接戦闘においてその圧倒的なリーチで優位に立てるが、長物ゆえに懐に入られると弱いものだ。前に踏み出した大成は直剣の間合いでジェラールを捉え、一閃。竜の力を解放していなくとも、この直剣で傷を負えば、負ったダメージ以上の損害を受ける。ここで一撃を与えられれば、戦闘を優位に進めることも可能であるが――


 しかし、簡単に傷を負う相手ではなかった。苦手とする間合いの内側に入られたにもかかわらず巧みな槍捌きでこちらの直剣を防御。しっかりと防いだのち、後ろへと飛んで距離を取る。離れれば有利になるのは奴だ。だが、ここで焦って距離を詰めるのは危険であると思えた。


 とはいっても、こちらが持つ直剣は自身の血を用いて刃を構成したものである。ある程度であればその形状を変えられるのだ。大成は直剣を鞭のように伸ばし、離脱したジェラールを追撃。長く伸ばされた穂先がジェラールを襲う。


 恐らく奴はこちらが接近せずに追撃を仕掛けてくることを読んでいたのだろう。伸ばされた直剣を飛んで回避し、こちらの上を取った。上を取ると同時に、ジェラールの持つ槍に力が集まるのが感じられた。


 まずい。即座に危機を察知し、大きく斜め前へと飛び込む。その直後、飛び上がったジェラールは空中で急加速し、突き下ろしを放ってくる。少しでも判断が遅れていたら、あの槍の餌食となっていた。


 まだ奴がどのような力を持っているのかわからなかったが、簡単に倒せるような相手ではないことだけは間違いなかった。そうでなければ、竜どもの頂点に立つ存在の補佐など不可能だろう。


 ジェラールは突き下ろしをして突き刺さっていた槍を引き抜き、こちらへと振り向く。その間は隙だらけであったにもかかわらず、何故か攻撃をするのはまずいと感じられ、反撃に転じることはできなかった。


「来なかったか。いまの私に近づくのは危険だと無意識で察知したか、それともたまたまか――まあ、どちらでもいい。さすが、ここまで生き残ってきただけのことはある。簡単には殺せぬようだな」


 こちらへと振り向いたジェラールは再びゆっくりと構える。


『いまのを見るに、なにかあるような感じがするが――そっちはどう思う?』


『わざわざあのような隙の大きい攻撃をしてきたということは、ああやってわざと隙を見せることでこちらを誘導した意図があるのだろうな。ああいうわざとらしい隙を見せてもなんとかできるようななにかを持ち合わせていることは確実だ。まずはそれを見極めるのが先決か』


 距離は七メートルほど。こちらは一応、直剣を伸ばして槍の間合いの外側から攻撃を仕掛けることも可能であるが、それだけで槍が持つ優位性をどうにかできるものではない。先ほどの動きを見れば、それでどうにかできるような甘い相手でないことは確実である。優位となるには、危険を承知で張りつくしかないが――


 それをさせてくれるような相手ではないのは確実であった。なにより気をつけるべきなのは、隙の大きな攻撃をしてもそれを帳消しにできるなにかだ。それを見極められていない状況で、考えなしに前に出るのはかなり危険だろう。


 とはいっても、近づかなければ槍のリーチで突き殺されるのもまた事実。リーチを持つ相手に対して消極的になるのは確実にじり貧となる。どうにかして、奴が隠しているものを少しでも多く見ることができればいいのだが――


 竜の力を解放して、それをやらざるを得ない状況を作り出すか? まだ伏せられている手札を開示させるのであればそれはかなり有効であろう。問題は大きく力を消耗すること、もう一つは――竜の力をこれ以上解放することによって起こりうる未知の作用だ。力の消耗はまだいいが、未知の作用がどのような影響を及ぼすのかまだわからない。場合によっては、こちらに悪影響を及ぼす可能性も充分にあるだろう。


『奴が伏せているものを見極めるために、力の解放をしようと思うが――どうだ?』


『これ以上の力の解放がお前の身体になにを及ぼすか未知数である以上、慎重にいくのであればやめておくべきところであるが――そうも言ってられないな。慎重に行ってやられちまったら元も子もない』


 どうやら、意見は同じのようであった。幸い、距離も離れている。奴が隠しているものを見極めるために大技を放つのであれば、いまがチャンスだ。


 ……身体の奥底にある封印を解く。何度も行ったせいで、これをやるのにも慣れてきた。封印の奥から湧き出してくる力を直剣に集中させ――


 それを一気に解き放つ。血色の巨大な斬撃が放たれる。それは、軌道上のあるものをすべて呑み込みながらジェラールへと向かっていき――


 ジェラールはその場から動くことなく、自身に向かってくる斬撃に対し槍を振るい――


「……なに?」


 予想外の光景が目に映り、言葉が漏れ出る。


 渾身の力をもって放った斬撃が軽く振るっただけに見えた槍によってその軌道を逸らされたのだ。


「なかなかの威力だ。呪いの力も相まって、我々でなかったとしても、当たればただでは済まないだろう」


 いともたやすく飛ばした斬撃を逸らしたジェラールは涼しい顔でそう言葉を返してくる。なにかあることは間違いない。だが、それがなんなのかまったく見えてこなかった。


 奴は一体、なにをやった? ただ、軽く武器を振るっただけであれを逸らすことなどできないのは自分が一番よくわかっている。


「どうした? いまの防がれた程度で驚いているのか? 別に驚くこともあるまい。そういうこともあるだろう」


 見たところ、傷を負っていないのはもちろん、呪いの影響も受けているようにも思えなかった。


「逸らせるとはいえ、それは私にとっても脅威であることに間違いはない。私の仕事は楯だ。精々、お前の攻撃を逸らして、力を削ぐことにしよう。たとえ、死ぬことになってもな」


 ジェラールが身に纏う空気が変わった。来る。困惑などしていられない。次に来る攻撃を凌ぐことが先決だ。なにをされたのか考えるのは、それからでいい。


 槍を構えたジェラールが動き出す。大成は直剣を構え直し、ゆっくりを空気を吐いてそれを迎え撃った。

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