第397話 影なる存在の刃

 竜夫は白い影に接近する。常にぼやけているそれは近づいてもなお、本当にそこにいるのかどうか疑問になるほど胡乱な存在であった。


 だが、そこにいるのであれば斬ることは可能のはずだ。基本的に、向こうが触れることができるのであれば、こちらからも触れることができるのが道理である。触れるというのは、突き詰めれば物体同士の相互作用によるものなのだから。


 接近した竜夫は刃を振るう。目の前にいる敵を一撃で仕留めるために。それは鋭く重い、その軌道上にあるものすべてを切り裂く一撃。命中すれば、どのような存在であっても致命傷となり得るものであった。


 白い影はこちらと同じように刃を創り出して、竜夫が振るった刃を防ぐ。胡乱な見た目とは裏腹に極めて重い感触が刃から伝わってくる。確かな存在感。あやふやな幻影のような奴は、間違いなくそこにいた。


「さすが、多くの刺客を退け、ここまで来ただけのことはある。わずかでも気を抜けば一瞬でやられてしまっても不思議ではないだろう」


 片手でこちらの刃を防ぎながら、白い影は言葉を返してくる。


「俺は、お前の能力のことをよく知っている。場合によっては、お前以上に知っているかもしれないな。お前も、自分と戦ったことはまだあるまい。その優位さを存分に使わせてもらおう」


 白い影はそう言い終えると同時に、足を振り上げた。その瞬間、竜夫は即座に危機を察知。即座に刃を引き、横に大きく飛び込んだ。白い影の足が踏みしめられる同時に無数の刃が下から突き出してくる。わずかでも遅れていたら、あの刃によって全身を串刺しにされていただろう。


 刃を回避した竜夫は銃を放つ。放ったのは、着弾箇所に無数の刃を創り出す防御不可能の必滅の魔弾。


 しかし、その魔弾は白い影に命中する前に、無数の刃を生み出して消滅する。白い影はこちらが放った魔弾に対して弾丸を当てることによって防御不可能のそれを防いだのだ。


 放たれた弾丸に対して弾丸を当てて防ぐという絶技。相当の能力がなければ成立しない芸当だ。あの白い影はただこちらの能力をコピーしているだけではない。奴自体も相当の戦闘能力と技術を持っている。


 奴がこちらの能力をコピーしたことで、それらについてよく知っているのであれば、いままでの戦いで培ってきた、どのような状況からも一瞬にしてひっくり返すことが可能な技術についても熟知していることだろう。それを使われれば、一瞬にしてやられてしまっても不思議ではない。


 まさか、ここまで来て生き抜くために自分自身が生み出した手段を敵に使われることになるとは。使われてみてはじめて厄介な能力であることを実感させられる。防ぐことができず、回避に失敗すればそのまま死にかねない数々の手段。


 弾丸に弾丸をぶつけてこちらの攻撃を防いだ白い影は、持っていた銃を消し、刃を両手に持ち替えて接近。手に持っているのは、向こう側が透けて見える刃。それは、およそすべてのものを斬ることができる極薄の刃だ。極限まで薄いために、取り扱うには極めて高い技量が必要になるが、取り扱えればこれ以上にないほどの攻撃性能を有している。


 どのような隙間であっても入り込める極薄の刃は、まともな手段で防ぐことは叶わない。適切に取り扱えれば、およそすべてのものを切り裂くことができる代物。これを防ぐのであれば――


 竜夫も同じく銃を消し、刃を創り直す。改めて創り出したのは当然、奴が持つ極薄の刃と同じもの。同じものであれば、すべてを斬り捨てる魔性の刃ですらも防ぐことが可能のはずだ。


 竜夫は白い影の接近に合わせて踏み込んだ。両者の極薄の刃が衝突。ぶつかったそれらは、軽い音を立てて同時に砕けた。なんとかうまくいったようであるが――


 気を抜いていられる余裕などどこにもない。目的はあくまでも、奴を倒し、この先に進むことだ。


 白い影よりもわずかに早く体勢を立て直した竜夫は刃を、創り出して刺突を放つ。たとえ敵がこちらを模倣していたとしても、容赦する必要などどこにもない。ここで、一気に倒す。それが、いまできる最適解であった。


 竜夫の刺突は、正確に白い影の胸に向かっていく。奴がどのような存在であったとしても、中枢となっている部位が必ずあるはずだ。そこさえ破壊できれば――


 しかし、竜夫の刃が白い影を貫くことはなかった。硬い音が響き渡り、硬い感触が両手に伝わってくる。白い影の身体から突き出された刃によって、こちらの刃を防がれたのだ。


 これも、こちらがいままでの戦いで幾度となく行ってきた防御手段。これがなかったら、突破できなかった窮地もあったことだろう。


「……っ」


 白い影の身体から突き出された刃の強度は極めて高く、こちらの両手を痺れさせるものであった。なんて厄介な防御手段だ。自分で編み出したものであるが、使われるとここまで面倒なものになるとは思わなかった。激痛こそ伴うものの、どこから攻撃が来るのかある程度把握さえできていれば、大抵の攻撃を防ぎつつ、攻撃もできるという攻防一体の手段。


 奴が言った、場合によってはこちら以上に能力を把握しているというのは虚勢でもなんでもない。いままでこちらがどのように能力を使ってきたのかを把握していなければ、このような能力の行使ができるはずもなかった。


 いま戦っているのは敵というよりは、自分自身に近い。文字通りの、自分自身との戦いである。過去の自分をどうやったら突破できるのか?


 両手に伝わってくる痺れに耐えつつ、竜夫は大きく後ろへとステップし、距離を取る。


 こちらと同じく身体から刃を突き出させての防御ができるとなると、そうやすやすと突破することは叶わない。なにしろあれは、いままで数多くの危機的状況で自分の命を救ってきた防御手段であるのだ。物理的な手段で突破することは極めて難しい。


 そのうえ、奴にはこちらと同じような痛覚があるのかどうかも不明である。あの防御方法は極めて優れている代わりに、激痛を伴う。奴は、相互に触れられる程度の実体はあるものの、こちらと同じような生体であるとは思えなかった。生体である奴に痛覚があるのかどうかはわからない。もし、なかったのだとしたら、本来あるはずの大きなデメリットもなくなるが――


 白い影に目を向ける。相変わらず、本当にそこにいるのかどうかが疑問になるほど、あやふやで胡乱だ。奴の姿を見ただけでは、それを判断するのは不可能であった。


「いままで自分が使ってきた手段を使われるってのはどういう気分だ?」


 見知った声で、こちらに対し言葉を投げかけてくる白い影。普段、聞いている自分の声とは違って聞こえた。


「さあね。そんなこと、わざわざ訊くまでもなくわかっているんじゃないか?」


「よくわかっているな。まったくもってその通りだ」


 白い影は笑い声をあげる。こちらと同じ声をしているはずなのに、こちらに似せるつもりがないせいか、まったく別物に聞こえた。


「悪く思うな。俺ができるのはこれだけでね。これができるからこそ、それなりの立場でいさせてもらっているくらいだからな」


 こちらに化けているということは、その容貌もこちらに似ているはずであるが――ぼやけ胡乱なせいで離れた場所ではどうなっているのかまったく見ることはできなかった。


「それにしてもたいしたものだな異邦人。確か、ヒムロタツオと言ったな。この短い期間でここまでの戦闘能力を身につけられるってのは簡単できることじゃない。あの婆さんの力と経験を引き継いでいたのだとしてもな。誇っていいぜ」


「…………」


「相手が強ければ強いほど、俺のほうはやりやすくなるんだが。なにしろ俺は目の前にいる存在を化けることしかできないからな」


 白い影は再び刃を創り出し、構える。


「悪く思うな。お前には恨みはないが、俺も仕事でね。ここまで来られちまった以上、見逃すわけにはいかねえんだ。それじゃあな」


 構えた白い影の空気が変質する。それに呼応して竜夫も構え直し――


 こちらよりも早く、白い影が動き出した。

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