第376話 静かな道を進んで

 無機質な通路はまだ延々と続いている。相変わらず異様なほどの静けさに包まれていた。その静寂はここが敵の本拠地の中であることを忘れさせる。戦いのときとは違った緊張が身体に響き渡っていた。


 時おり足を止め、行くべきところに近づいているのかどうかを探ってみる。たぶん、おかしな幻覚にはかかっていないはずであるが――確信は持てなかった。やはり、こういうときは外部からナビをしてくれる誰かがいると助かるのだが――それを担うものはもういない。である以上、自分だけでなんとかするしかなかった。


 先ほどの敵を突破するためにばら撒いた催涙ガスのせいで、喉や目にまだ違和感が残っている。だいぶ効果は弱まっているものの、そのわずかなものが勝敗を分ける可能性は大いにあった。万全な状態にしておきたいところであるが、敵の本拠地のど真ん中にいる以上、やれることには限界がある。万全であろうとするよりも、万全じゃない状態でどこまでやれるかを考えたほうがいいのかもしれなかった。


 一体、どこまでやれるだろう? 歩きながらそれを考える。


 退路は完全に断たれ、前に進むしかない状態となったいま、いま残された力でどこまでやれるのか気になったのだ。


「…………」


 少し進んだところで、考えても仕方ないという結論に行き着く。やれなかったら終わるだけのことだ。やり遂げられなければ、生きて戻ることは絶対に叶わない。いままでと同じであったが、唯一違うのは、これをやり遂げれば一つの終わりが訪れるのが間違いないことだろう。その終わりが、自分を含めた多くに正しいものなのかはわからないけれど。やり遂げなければどうすることもできないことだけは間違いなかった。


『棺』の中心部――竜たちの本体があると思われる場所から感じられる方向性にはまだ変化がない。なにしろ、あれだけ離れたところからでもはっきりと見える巨大な建造物なのだ。少し歩いた程度では誤差のようなものだろう。


 再び足を止め、周囲から異常なものや敵の気配が感じられないことを確認したのち、歩みを速めた。こちらにはどうやっても限界がある以上、悠長にしてはいられない。無論、必要以上に急くのもよろしくないが。


 地上のほうはどうなっているのだろう? 明確に敵対する意思を見せた以上、地上に対してもなにかしらの戦力を放っているはずであるが、開口部が一切ないこの場所では確認する術はなかった。時間をかけ過ぎれば、地上で戦っているティガーたちも危険になる。彼らがどうなってもいいとはどうしても思えなかった。


 なにより、あそこにはみずきや子供たちもいるのだ。ティガーたちが敗北すれば、彼女らがどうなるのかは考えるまでもない。そのようなことは絶対に許してはならないことである。


『そっちはどうだ?』


 足早に進みながら、同じくこの『棺』に乗り込んでいる大成に呼びかけた。


『さっき、一人倒したところだ。話しかけてきたってことは、一応そっちも無事ってことだな』


 竜の力による交信では、電話で話しているときのようにその声から相手の状態を推し量ることができないのが難点だ。とはいっても、一人を相手にしたのであればそれなりの消耗をしているのは間違いなかった。


『厳しかったけど、まあなんとか』


 話しながら、よくもまあ反則めいた力を持っていたあの男を突破できたものだと思う。言葉を口にしただけで、あらゆる対象にそれを誤認させてしまう力。恐らく、二度目があったら同じようにはいかないだろう。できることなら二度目はないと思いたいところであるが、奴の本体も同じく『棺』にあり、やられたのは肉体に転写されたものだった以上、二度目が訪れることも大いにあり得た。


『やってもらわないと、こっちも困るんだが――まあ、そんなこと言っても仕方ねえ。なるようにしかならねえしな』


 大成の声を聞きつつも、あたりの警戒は欠かさない。ここは敵の本拠地だ。どこから敵が現れたとしてもおかしくはないのだから。


『ところで、そっちは〈棺〉からどれくらい離れているかわかるか?』


『残念ながら、俺も探知の類は得意じゃねえから、詳しくはわからん。だが、まだだいぶ離れていることは間違いない』


『合流は――無理そうだな』


 なにしろお互い逆方向から突入したのだ。これだけ巨大であるうえに、どのような構造になっているのかもまったくわからない状況では、合流するのは不可能だろう。


『ワープゾーンみたいな都合のいいもんがありゃいいが――いや、あったとしてもどういう風に繋がってるのかわからなきゃそれも無理か。これだけでかいと、それだってかなり複雑になるだろうし。どうせ目指す先は同じなんだ。進んでりゃあそのうち顔を合わすだろ』


『……そうだな』


『ま、なにかありゃあ連絡してくれ。こっちもなにかありゃあ連絡する。途中でおっ死んだりするなよ』


『その言葉、そのままそっちに返すよ』


 そう言い合って、交信を打ち切った。再び、異様なほどの静けさがこちらに押し寄せてくる。


 敵の姿も、罠すらもないこの通路を淡々と進んでいく。目指すべき場所だけは常に意識しつつ、さらに先へと進んでいく。


 壁を壊して最短距離で進んだほうがいいだろうか? どちらにせよ、ここに侵入したことはもうすでに敵に知られているのだ。こそこそしたところであまり意味はない。それなら、強引にでも進んでしまったほうがいいように思えた。


 竜夫は大砲を創り出し、それを近場の壁に放った。放たれた砲弾は壁にぶつかって爆発。


「……駄目か」


 かなり頑丈にできているのか、規模を考えるとわずかな破壊しかできなかった。これでは、破壊しながら進むのが効率がいいと言えるものではない。目的であるここの中心部分へ到達する前に、こちらが力尽きるのは間違いなかった。


 破壊して最短距離を進むのが困難であるなら、道なりに進んでいくしかなかった。さらに歩みを早め、なおも進んでいく。


 自分の足音だけが響いていた。その音はあまりにも空虚なものに思える。その音はこの場における多くのものを表しているように感じられた。


 さらに進み、角を折れる。


 敵の姿は未だにない。泳がされているのかどうなのか判断できなかったが、その静けさは嫌なものを感じさせる。


 どこまでいっても追いすがってくる嫌なものを振り払いつつ、竜夫はなおも先へと進んでいく。目的地の場所だけはしっかりと把握しながら、淡々と『棺』の内部を駆けていった。


 その先にあったのは広い空間。ここが超巨大な建造物であることをはっきりと認識させる広さを持つ場所であった。


「来たか異邦人」


 こちらを遮るようにいたのは、中性的で性別が判然としない何者かであった。


「月並みな言葉であるが、この先には行かせん。そして、死んでもらおう」


 その言葉とともに、前に立つ敵からなにかが放たれた。

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