第375話 幕間1 地上の戦い

 終わりのない戦いほど、精神を削られるものはない。際限なく現れる影ども相手にしながら、ダグラスは改めてそれを実感した。


 奴らは、一体一体は雑魚でしかないが――それでも膨大な数となるととてつもなく厳しいものになる。数の力は思っている以上に強大だ。どれほどの強者であっても、絶対に限界がある以上、膨大な数に敗北することは確実に訪れる。


 その手の敵と戦った経験は幾度かあったものの、帰結するいつも結論は同じだ。少人数で多数を相手にするのは絶対にやめておけ、である。


 現状では、戦っている者たちの戦意も充分だ。なにしろ、自分たちの存亡がかかっているのだから、必死なるのは当然であった。だが、その戦意をいつまでも維持できる保証はない。戦いが長引けば長引くほど、戦意の維持は難しくなる。特に、いまのように際限のない敵を相手にしているとなるとそれはなおさらのことであった。


 向かってきた影を打ち倒し、ダグラスは空を見上げた。


 その先に映るのは竜どもの本拠地である『棺』と言われる巨大な建造物。こうやって目の当たりにしても信じられない存在であった。これだけ離れた場所からでもはっきりと存在感が感じられる要塞のごとき建造物が空に浮かんでいるのだから。一年前の自分が聞いたらなにを馬鹿なことを言っていると笑い飛ばしていただろう。それぐらい、あり得ないと思えるものであった。


 陳腐な人形のような影の頭部を叩き潰す。確かに触れているはずなのに、その感触はどこまでも胡乱であった。


 影の奥にあるはずの『棺』からの落下物をどうにか破壊できれば、奴らの脅威も排除できると思われるが――その前にはどれだけ倒しても数が減る様子のない影どもに遮られている。あれだけの数になると、命を捨てる覚悟で突っ込んでも、突破が不可能なのは明らかであった。


 やはり、あの二人に任せるしかないのだろうか? 自分よりもひと回りは年下と思われるあの若者たちに。中途半端に力を持ってしまっているからこそ、いまの耐えるしかない状況が歯がゆかった。恐らく、ここで戦っている多くの者たちも同じように思っていることだろう。


 場合によっては、戦況を変えるようななにかが放たれる可能性もある。なにしろ敵はあれだけのものを創り上げる超常の存在なのだ。こちらの予想を遥かに超えたものを投入してくる可能性は大いにある。そうなれば戦線は一気に崩壊し、均衡は崩れてしまうのは確実であった。


 竜の遺跡にまで逃げ込めば籠城も可能であるが――外部からの補給が断たれた状態での籠城は遠かれ早かれ必ず破綻する。まともな状態で耐えられるのは恐らく数日。損害を度外視したとしてもひと月は持たない。この町にいるのは自分たちのように戦える力を持ったティガーだけではない。その多くは戦える力など持たないものなのだ。その者たちの犠牲を強いるわけにはいかなかった。それはたぶん、この町を守るためにそのすべてを賭けたアレクセイもそれは望んでいないだろう。


 湯水のように現れる影をまたしても打ち倒した。何十と倒しているはずなのに、その手にはほとんど感触は残らなかった。


 戦車の類があれば奴らを蹂躙して無理矢理突破することも可能であったが、そのようなものが手に入るはずもない。なにしろ、敵はこの国をほとんど掌握しているに等しい状況である。そのような隙があるはずもない。


 影を倒しながら、徐々に戦線を上げていくが、圧倒的とも言える数によってすぐさま押し返されてしまう。地上での戦いが始まってから同じような状態がずっと続いている。


 空中で戦っていたウィリアムたちに助力を乞うべきか? そう思ったものの、いまの自分たちよりも遥かに危険な役目を担っていた彼らにこれ以上の負担を強いるべきではなかった。あいつらだって自分たちとそこまで差があるわけではない。誰にだって、休息は必要だ。


『俺だ。そっちはどうだ?』


『さっきと同じだ。ひたすら数に押されている。やっぱり厳しいな。なんとか耐えちゃいるが、崩れるのは時間の問題だろう』


 こちらの交信に対し、すぐさま返答が返ってきた。その声からはわずかに逼迫が感じられた。


 その場で即座に連絡を取り合える竜の力による交信というのはとてつもなく便利である。いまの状況を支えられている大きな要因の一つであることは間違いなかった。なにより、大それた装置を持ち込まなくていいというところが素晴らしい。


『あいつらはやってくれると思うか?』


『さあな。でも、やってくれなきゃどうにもならんってのは間違いない。俺も空を飛べるようにしてもらうべきだったか』


 はっはっはと笑いながら、そんな軽口を叩いていたものの、その言葉からはいつもの余裕は感じられなかった。


『どちらにしてもやるしかねえよ。少なくとも俺たちはそう覚悟してここにやってきている。アレクセイやウィリアムたちがあそこまでやってくれた手前、俺たちだってそれに応えてやるのが筋ってもんだろう』


『違いねえ。俺たちみてえなのがなにかを守るために戦うなんてな。生きてるってのは本当に予想がつかねえもんだ』


 でもまあ、たまにはそういうのも悪くねえ。そんな声がどこからともなく響いてくる。


『俺たちは俺たちにできることをやろう。ウィリアムたちと同じように。〈棺〉とやらに向かったタツオとタイセイが安心して竜どもをぶっ殺してくれるようにな。結局、あいつらが一番危険なところにいるんだ。奴らがすべてを終わらせたあと、戻ってこれる場所くらいは残しておいてやらねえとな』


『まるでジジイみてえな言い草だ。俺たちもそういうことをのたまうような歳になっちまったってことか』


『かもな』


 そこまで言ったところで交信を中断する。厳しい状態の中、こうやって直接やり取りできるのは思いのほか安心させてくれるものであった。


 どちらにしてもやるしかない。少なくとも、いまはまだ。


 敵の勢いは相変わらずであった。やられることを一切厭うことなく、その膨大な数に任せてこちらを押し込もうと攻め込んでくる。


 空にいる若者たちを信じながら、地上の人間たちは耐える戦いを続けていく。

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