第374話 導きを
倒しうる手段があったとしても、そこに辿り着くための筋道がしっかりと構築されていなければ意味をなさない。
奴の能力をかいくぐり、いかにしてそれをぶつけるかが重要である。間違いなくそれは、安易な手段によってなされるものではなかった。
集中し、わずかに脱力したのちに大成は動き出す。直剣を握る力を最低限に。振るうその瞬間まで。
倒すべき敵を捉える。だが、同時にその姿は消えた。近づいたこちらを強制的に移動させたのだ。奴がどの方向の、どの位置にいるのかを予測しつつ、直剣伸ばしそれを振るう。
大成が振るったそれは空を切った。クラウンは自身を移動させることによってそれを回避したのだ。奴は一瞬にしてこちらへと接近。自身の腕を槍のように変形させて、それを突き出してくる。
大成はそれを回り込むようにして紙一重で回避。異形の槍と化したクラウンの身体の一部が掠める。相当の質量を誇っているのか、掠めた部分から全身を震わせるような衝撃が伝わってきた。
もうこちらには命のストックは残っていない。多少の傷であれば再生はできるかもしれないが、致命傷を負ったら確実に復活は不可能だ。なんとしても回避し続ける以外できることはない。
クラウンの攻撃を回避し、横へと回った大成は前に踏み出して反撃を仕掛け――
しかし、またしてもその姿が視界から消える。元来こちらを対象としていないのにも関わらず、的確に行われるそれは、認めたくないが見事と言わざるを得ないものだ。
こちらを強制的に移動させたのち、クラウンは身体を変形させたままこちらへと向かってくる。禍々しい形をした異形の槍。それを一切ためらうことなく薙ぎ払った。
薙ぎ払われたそれを飛び越えるようにして回避。避けられたものの、それはすさまじい威力を感じさせるものであった。薙ぎ払われた槍と接触した壁は大きく抉り取られていたのだ。
その瞬間、あたりの空間が変貌する。奴自身が組み換えた空間に損傷を与えたことによって、組み替えられたそれらが元に戻ったのだ。どこまでも続いているのかのような細長い回廊へ。
大成がいたのはちょうど右側の壁であった。壁を蹴り、再び接近を図る。地面に足をつけていなければ、強制移動の対象にはならないことはわかっていた。一瞬で接近し、直剣を振るう。
クラウンは当然のことながらそれを受け止める。攻撃に使用した腕とは逆の腕でそれを防いだのだ。生体の一部を斬りつけたとは思えない硬質な音が響き渡る。
こちらの攻撃を防ぐと同時に、変形させていた腕をさらに変形させた。先ほどまでの見るからに大振りなものではない、コンパクトなものに。
大きなものではなかったが、そこから感じられる禍々しさは先ほどあまり大きな差はなかった。それどころか、小さくなったことによってより危険になったとさえ言える。
クラウンの反撃を大成は直剣で弾いた。無機質で硬質な音がどこまでも続く回廊に響き渡った。
攻撃を弾いた大成は攻めに転じようとするが、またしても距離が離された。強制移動。こちらが意図していないタイミングでいきなり移動させられるのはやはり厄介だ。なにより、対象としているのが、こちらが立っている場所なせいで、実質的に防ぎようがないのが実に性質が悪い。
距離は二十メートルほど。恐らく、強制的に移動させられるのはそのくらいの距離が限度なのだろうと思われた。二十メートルとなると、現在の直剣だと伸ばした状態で有効打を与えることは難しい。細くなりすぎてしまうからだ。奴の観察能力や動体視力を以てすれば、伸ばした直剣がどの程度まで有効性を持ちえるのか予測することは硬くない。どこまでも狂っているくせに、取り巻く状況だけはしっかりと把握しているのは悪夢よりも嫌な現実であった。奴を破るのであれば、その周到さすらも上回らなければならない。
どうにかして、奴をある程度こちらの意図通りに動かせればいいのだが――場所を操るという大きすぎるアドバンテージを持っている以上、なにかない限りイニシアチブを取れる可能性は限りなく低かった。
再びあたりが変貌する。クラウンによって空間の組み替えが行われたのだ。わずか時間で細長い回廊からだだっ広い目がおかしくなりそうな空間へと変化した。
クラウンへと目を向ける。
奴に呪いの影響はもう出ているはずであるが――それはまったく見えてこなかった。相変わらず狂気に満ちた笑みを浮かべ、それ以外の感情は一切見えない。ここまで自身を偽れるのは、もはや一つの才能であろう。
変化した空間はまさしくおかしなものであった。その目茶苦茶な彩色によって、的確にこちらの認識能力に影響を及ぼしてくる。ただでさえ意図しないタイミングで移動させられてしまうというのに、そこに微妙に認知を歪ませてくるというのは、厄介というしかないものであった。
だが、それでも構わない。それならそれでやりようがある。いや、むしろそうしてくれて助かった。なにより――
極彩色の空間を突き進み、クラウンへと接近。
狂っているというに相応しいその配色は絶妙に距離が測りづらかった。長引けば、微妙な認知の歪みによって、いつか致命的なミスを犯しかねない。できることなら、すぐにでも逃げなければならないが――
それでもなお進まなければならなかった。奴だけは倒さなければならない。大きなものを犠牲にすることになったとしても――
接近を仕掛けた大成の視界からクラウンが消える。強制移動だ。それは予想していたものの、おかしな配色となったせいで、再び奴を捉えるのがわずかに遅れてしまう。
しかし、それでも構わなかった。これを行えるのは一度きり。このチャンスを逃していいはずもない。
強制移動させられた大成はその力を一気に解放した。
大成を中心に圧倒的な力の奔流が放たれる。
いま行ったのは、竜の力の限定的な解放だ。ここに到達するときのように、その身を竜と化すことなくその力を解放する。
放たれたそれはこの空間を蝕んでいき――
変化していた空間が弾けるようにして元に戻った。
奴によって組み替えられた空間は一定の損傷を与えれば元に戻る。元の細長い回廊に戻るのであれば、奴がどこに行ったのか予想するのはそれほど難しくない。
竜の力を限定的に開放した大成は、この場のすべてを破壊するつもりで――
直剣からそれを解き放つ。
放たれた赤い奔流は奴に回避の余地を一切与えることなく飲み込み――
赤い奔流が通り抜けると同時に、そこにいたクラウンは崩れ落ち――
ブラドーが持つ呪いの影響を受け、灰のようになってその身体が崩れていく。
それを確認した直後、大成はそのまま膝を突いた。
予想以上の消耗であったが、他に有効な手段はなかった以上、致し方ない。消耗を嫌がってやられてしまっては、なにも意味がないのだから。
大成は襲う倦怠感を払い除けつつ立ち上がり――
再び前へと歩き出した。
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