第351話 命を燃やせ
どうやら、まだ戦闘を続けているのは俺だけらしい。ロベルトは近場から感じられていた戦闘の気配が消えている気づき、そのような感想を抱く。
であれば、やられるわけにはいかない。他の仲間たちが果たすべき役割を果たしたのに、自分だけが失敗したのではあまりにも恰好がつかないというものだ。
ロベルトは改めて元ティガーへと目を向ける。
こちらの前に立ちはだかる異形と化した元ティガーからは、強い活力が感じられた。普通の人間であればとっくに炭と化しているだけの炎を浴びているのも関わらず、充分すぎるほどに力を残しているというのは脅威という他になかった。
こちらが幾度となく浴びせかけた炎で損害を一切受けていないというわけではないだろう。だが、その損害を見て判断できないというのは戦闘においてなかなか厳しいところがある。
「……どういう理由があったとしても、倒さなきゃならないんだが」
いくら攻撃をしてみても衰えを見せなかったとしても、この敵だけは倒さなければならなかった。そう思うのは、他の仲間たちが辛くも勝利したからという理由だけではない。自分たちを取る足らない存在であると考えている竜たちに少しでも泥を浴びせてやらなければ我慢ならなかったからだ。こちらにだって、その程度の誇りくらいはある。舐められたまま黙っていられるほど、温厚ではないのだ。
さて、敵を倒すにはどうするべきか? ただ火を点けているだけでは奴を倒すのに果てしない時間を必要とするのは間違いなかった。そのようなことに費やしている時間も余裕もない。どうにか、有効打を与えられる手段を見つけなければならないが――
『――――』
そこまで考えたところで、こちらの思考を邪魔するかのように元ティガーが動き出した。名も知らぬ彼か彼女かの動きは相変わらず獣じみていた。腕力と身体能力に任せきった、洗練さなど欠片もない動き。
しかし、洗練さが一切なかったとしても、圧倒的な耐久力を活かして持ち前の力を前面に押し出してくるのはとてつもなく有効であった。奴は幾度となく攻撃を回避されたとしても、次の一撃を当てられさえすればすべてを取り返せるだけの力を有してのだ。試行回数を重ねれば重ねるほど、その確率は高まっていく。体力が有限である以上、それは必然だ。体力が有限であるのは向こうも同じであるが、体力に関しては、生物的な強度が極めて高い向こうのほうが優れているのは確実だ。持久力勝負をして、勝てる見込みはまずないはずである。
であれば短期決戦が最善であるのだが、それは異形と化したことによって得た極めて高い耐久力がそれを許してくれなかった。生半可な手段では怯ませることすらできないのが現状である。奴の耐久力を凌駕しうるものを見つけなければならない。
ロベルトは力任せに突っ込んでくる元ティガーとすれ違うようにして回避。再びいくつかの火球を放つ。
火球は元ティガーに命中し、一気に爆発。まともな生物であれば、これに耐えられる道理はない。
『――――』
苦しむようなうめき声とも叫び声ともつかない異音を発しながら、元ティガーは炎を振り払った。身体に火傷を負っていたものの、その動きには一切翳りがない。獣のごとく、なおもこちらへと向かってくる。
いくら攻撃しても意に介することなく向かってくる敵というのは極めて恐ろしい。怪物じみた耐久力を持っているとなると、それはなおさら強まる。
ロベルトは後ろに飛びつつ、火球を放つ。
元ティガーは自身に向かってくる火球を避けようともしなかった。火球が接触し、爆発してもその動きを止めることはない。愚直かつ獣じみた動きで何度も何度もこちらへと向かってくる。
「……嫌な夢を見ているみたいだ」
それはまるで、たまに見るどこまで逃げてもなにかが追いかけてくる悪夢のようであった。その悪夢と違うのは、これがいま目の前で起こっている紛れもない現実であること。悪夢のような出来事に現実で遭遇することになるとは、少し前の自分では想像すらしていなかっただろう。
ロベルトは上に飛んで、向かってくる元ティガーを避ける。いまはまだなんとかなっているが、このまま打開できなければ、いずれ奴に捕まってしまうだろう。なによりこちらは裏技めいた方法で空に飛んでいる状況だ。場合によっては最悪の状況でそれが訪れることもあった。空中での戦闘をはじめて結構な時間が経過しているはずだ。それがいつ訪れたとしても、不思議ではなかった。
くそ。本当になにもないのだろうか? このままではまずいのは確実だ。怪物じみた耐久力と生命力を誇る奴を倒しうる手段は本当に存在しないのか? 自分のためにも、他の仲間のためにも、このような姿にされてしまった元ティガーたちのためにも、なんとしても勝利しなければならない。
そこまで考えたところで、気づく。
圧倒的な耐久力と生命力を誇る奴にも有効かもしれない手段の存在に。
元ティガーと適正な距離を維持しながら、それについて考えた。
恐らく、できるはずだ。あいつが似たようなことをやっていたことを考えれば、こちらにはそれができないという理由は存在しないはずである。
問題があるとすれば、それを実行するにあたってこちらにも反動が来てしまうかもしれないということ。もう一つは奴に対して目に見える影響を及ぼすまでどれくらいかかるか不明であるということだ。
たぶん、普通に能力を行使するよりは早いのは間違いないが、場合によっては多少の時間を要する可能性は充分にある。そこまで耐えられるかどうか、気になるところであるが――
「躊躇している場合じゃねえ。どうせこのままじゃまずいんだ。あとのことなんて、終わってから考えりゃいい」
そう呟き、ロベルトは改めて元ティガーへと目を向ける。
完全に人ではない『なにか』と化した元ティガーは目を背けたくなるほどの醜い姿であった。だとしても、目を背けるわけにはいかなかった。目の前にいる彼か彼女かは、自分たちにもっと力があったのなら、助けられたかもしれなかったのだから。奴から目を背けるのは、自分の無力さから逃げるのに等しい。
ロベルトはゆっくりと息を吐いた。
であれば、やるしかない。自分にも及ぶ被害など知ったことか。ここを突破できるのであれば、多少の損害など安いものだ。自分に及ぶだろうそれを恐れた結果、果たすべき最低限の役目すら果たせなかったら、死んでもなお後悔するだろう。未来のために自分を犠牲にしたアレクセイは浮かばれない。
ロベルトは宙を蹴り、元ティガーへと接近。火種を創り出し、それを思い切り元ティガーの身体へと叩き込んだ。
叩きこむと同時に発かせて、すぐさま離脱。その炎は一気に拡大し、元ティガーを呑み込んだ。
だが、元ティガーは止まらない。炎に呑み込まれてもなおこちらへと迫ってくる。
あの炎は、こちらに引火すればまずいことになる。なんとしても避けなければならないが――
炎に呑み込まれつつあった元ティガーの動きが止まる。炎の中からわずかに見える異形と化したその身体が徐々に崩れていった。
「……なんとか、なったか」
ロベルトが創り出したのは、命そのものを燃やす炎。いくら身体が頑丈であっても、命という概念を燃料とする炎であれば、その強度を無視できるのではないかと考えたのだ。
とはいっても、代償は決して安くない。命を燃やすという性質上、その炎を生み出すためにも自身の命を消費して、火種を作る必要あるのだから。
「気をつけたつもりだが、どれくらい寿命が縮んだんだろうな。でもまあ、いいか。ここをどうにかできなければ、寿命もクソもねえんだし。これくらい、安いもんだ」
命そのものに火を点けられた元ティガーは徐々に灰となっていく。そのすべての燃やし尽くしたのちに、その炎はまるでそこに存在していなかったかのように消失。
「これができたのは、あんたのおかげだアレクセイ。助かったよ」
自分以外、誰の姿もないことを確認したのち、ロベルトは地上へと降りていった。
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