第350話 道を阻むもの

 まだなにかしら足止めはされるだろうことはわかっていたが、状況が状況だけにそれをはっきりと突きつけられてしまうのはなかなか厳しいものがあった。


『棺』の全方位は発生した障壁によって完全に覆われている。通り抜けられそうな隙間はありそうになかった。


 あの障壁は、大量の自動迎撃装置を破壊した時点ではなかったはずなので、ヨハンとの戦いを終えたあたりで発生したのだろう。これが、奴の能力で作成されたものではないのは確実である。恐らく、あれを発生させたのは氷室竜夫が戦っていた相手だろう。


 どこかにあの障壁を発生させている装置があるはずだが、それらしきものは見つからなかった。たぶん、自動迎撃装置の中枢と同じく、障壁の内側――『棺』の外縁部周辺にあるのだろう。となると、外部からそれを破壊するのは不可能に等しい。


 非常に厄介なものであるが、都合のいいこともある。あの障壁が発生している間は、『棺』からの増援は来ない可能性が高いということだ。いくらなんでも、外部からの侵入は不可能だが、内部から外に出るのは可能という都合のいい性質があるとは思えない。


 とはいっても、こちらの戦力が自分だけである以上、徹底的に固めて侵入できないようにして、退かざるを得ない状況になるまで耐えるというのは利に適った戦法である。耐えきって相手が疲弊したところで、攻勢に出ればいい。奴らには、それだけのことができる戦力を有しているのだから。


『俺たちが通り抜けられそうな隙間……なんてのはないよな』


 大成がブラドーへと問いかけた。


『ああ。ないな。見事なくらい綺麗に覆われている。これだけ大規模なものでありながら、その力は極めて均等だ。揺らぎはあるものの、ごくわずかだ。いまのところ、脆弱と言える部分は皆無に等しい』


 ブラドーの冷静な声を聞きながら、大成はもう一度力を放ってみる。


 放たれた力は障壁に接触し、いともたやすくそれを弾いた。やはり、とてつもなく強力だ。真正面からただ力をぶつけて、破壊できるようなものではない。


『あれに呪いの力は影響しているのか?』


 あの障壁も竜の力によって造られたものであるはずだ。であれば、ある程度の効果があって然るべきだが――


『影響はあるが、あれは〈棺〉が保有する大規模なエネルギーを思う存分消費することで、大元へ影響が及ぶことを極力際削減しているようだ。無論、無限ではないからいつかは限界が来るだろうが、それが俺たちよりも先に来るとは思えないな。物量勝負では、どうあっても勝つことは不可能だ』


 はっきりと、そして冷徹にブラドーは意見を述べる。


 となると、どうにかしてあの障壁を消す手段を考えなければならないが――


『あの障壁の厚さはどれくらいだ?』


『厚さ自体はそれほどでもないが――あれとぶつかって通り抜けられるようなものではないぞ。通り抜ける前に確実にこちらが蒸発する。もしかしたら天文学的な低確率で無傷で通り抜けられるかもしれんが、ここで都合よくそれが起こるとは思えないな』


『……そうか』


 命のストックがあればそれを実行してもよかったが、それが残っていな以上、やったところで無駄死にするだけだ。ここまで来て破れかぶれになって突撃する意味などまったくない。


『あっちの状況は?』


『どうやら、奴が戦っていた敵の残存勢力に邪魔をされているらしい。さっきの迎撃兵器のようなものだな。一体一体はたいしたことないが、相当の数がまだ残っているようだ。足止めとしては充分すぎるものだろうな』


『俺たちも手助けに行くべきか?』


『難しい状況だ。俺たちが行ったところで敵は物量で押してきている以上、たいした助けにはならん。なにより、せっかくこっちには邪魔がいない状況なんだ。その状況を活かすのであれば、手助けに行くのはあまり得策ではないな。それでも行くというのなら、俺は止めない。お前の判断を尊重しよう』


 氷室竜夫がいるのは逆側の方向だ。竜となったいまであれば奴のところまですぐに行けるだろう。


『いや……お前の言う通りだ。こっちには邪魔がいない状況をわざわざ捨ててまで助けに行く必要はないだろう。戦いってのは仲間を助ければそれでいいってわけでもないからな。状況によっては、切り捨てなければならないときもある。まあ、奴が大量に出てきた使い捨ての無人兵器にやられるとは思えないが』


 大成がそう言うと、ブラドーは『まったくだ』と言葉を返してくる。


 であれば、敵がいないうちにあの障壁をなんとかする手立てを見つけるしかない。それが、いま自分たちがやるべきことであろう。その役目はしっかりと果たさなければならないが――


 だが、あの障壁を消す方法など皆無だ。こちらから攻撃できそうなところに、障壁を発生させているものがあればいいが、見た限りそれらしきものはどこにも見当たらない。


 やるべきことは見えているのに、それができないというのはもどかしいものだ。くそ、どうすればいい? なにか、手立てはないのか? そこまで考えたところで――


『あんた、まだ生きているか?』


 大成はアースラへと語りかけた。


『ええ、まだなんとか。どうやら、お困りのようですね』


 すぐにアースラの苦しそうな声が返ってくる。その声を聞いた感じでは、さらに容態が悪くなっているように思えた。


『……〈棺〉を覆っているあの障壁をなんとかしたい。できるか?』


 大成がそう言うと、わずかな間を置いたのちに『ええ。やってみせましょう』と返答が返ってくる。


『ですが、しばらくお時間をいただきたいところです。なにぶん、かなりの大物のようですし。構いませんか?』


『ああ、いいさ。何事もすぐにはできないのが普通だからな』


 大成の言葉に対し、アースラは『ありがとうございます』と、礼儀正しく、そして苦しさを滲ませた声で返答する。


『それと、私のことは気にしないでください。もう私は長くない身です。ここで死んだとしても、それはあなた方の責任ではありません。こうなった原因は凡人の身でありながら、大それた野望を抱いてしまっただけのことですから』


 その声は、幾度か聞いたことのある声音であった。死を目前にして、ある種の悟りのようなものに至ってしまった者の声。


『……わかってる。それじゃあ、頼んだ』


 大成はそう言い、アースラとの交信を切った。


『どうやら、こっちにも邪魔が来たようだ』


 ブラドーの声が響くと同時に、いくつものなにかがこちらへと飛来してくるのが目に入った。恐らく、いま氷室竜夫が手を焼いている敵が残していったという無人兵器の類だろう。かなりの数だ。足止めをするには充分すぎるほどの。


 ここで下手をこいてやられてしまったら元も子もない。あの障壁をなんとかできるまで耐える必要がある。前に進むのは、こっちの役割なのだから。


 大空に渦巻く混沌は、まだ止まる気配は見えてこない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る