第352話 大空を越えて

 戦いにおいて最も嫌なことはなにかと問われれば、多くの人が物量で押されることであると答えるだろう。特に多勢に無勢であるときは。


 あと少しだというのに、再び足止めを食らうとは、戦いというものはいつだって自分の思うように進んでくれないものである。


 とはいっても、歩みを止めるわけにもいかなかった。退き際が大事であると言われるが、こちらにはもうすでに後がない状況なのだ。ここで退くことは、仮に生き延びることがとしても敗北を意味する。それは、自分たちに未来を託してくれた多くの人々が竜たちによって蹂躙されることを許容することでもあった。


 もはや、この戦いは自分が生き延びるだけのものではなくなっていた。そうなってしまった以上、絶対に負けられない。勝たなければ、未来をつかむことができなくなってしまうのだから。


 竜夫は次々と迫ってくる機雷を撃ち落としながら『棺』へと目を向けたのち、刃を創り出して投擲。


 投擲された刃は『棺』を蓋う壁に命中し、一瞬にして蒸発した。奴が自分を守るために使用していたものを大規模にしたものだろう。であれば、とてつもない強度を誇っているのは確実である。ただ攻撃をしただけでは、わずかな穴を穿つことすらできないと思われた。あれだけ大規模なものとなると、その強度もとてつもないものであることは確実である。まともにぶつかり合って、どうにかできるものではない。


 そのうえ、次々と特攻を仕掛けてくる機雷も厄介だ。速いもののその動きに複雑さはないので、撃ち落とすこと自体は簡単だが、いかんせん数が多すぎる。それに加え、まともに当たれば致命傷となりかねない威力も兼ね備えているのも厄介なことこの上ない。わずかなミスが命取りなると思うと、身体のどこかから嫌なものが噴き出してくる。


 見た限りでは、灰色の竜が使っていたような障壁を発生させていると思われる装置の類はなかった。となると、それがあるのは『棺』の外縁部だろう。であれば、全方位が障壁によって封鎖されてしまった以上、障壁の外側から破壊するのは不可能に等しい。


 このまま勝ち目のない戦いをするしかないのか? 追いすがってくる機雷を撃墜しながら、そのような考えが頭を過ぎる。


 しかし、竜たちが本格的な攻勢に打って出た以上、一度退いて対策を考えるなどできるはずもなかった。ここで退けば、すべて終わりだ。人という種は、竜たちによって呑み込まれてしまう。もうすでに、人という種がいる場所は崖っぷちなのだから。


 なんとかしなければならないが、有効そうな手立てはまったくなかった。『棺』を蓋う障壁は『棺』から離れた位置にある。障壁を貫くことができたとしても、灰色の竜のときとは違って、こちらが通り抜けられるような穴を空けることは不可能だ。


 大元をなんとかするしかないが、それは障壁によってがっちりと固められている。物理的な手段を以て、そこに干渉できるはずもない。


 くそ。考えれば考えるほど、悪い状況だ。先ほど倒した灰色の竜の怨念が渦巻いているかのよう。奴は自分がやられたとしても、やるべきことはしっかりとこなしたのだ。奴の想定がこちらを上回ったというのは、認めざるを得なかった。


 その威力を活かして自爆特攻を仕掛けてくる機雷も、結構な数を破壊し、なおかつ増加はしていないはずであるが、それでも数え切れないほど残っていた。一つあたりの戦力が取るに足らないものであっても、膨大な数を準備すれば充分すぎるほどの脅威となる。数に押し切られそうになるたびに、数を揃えるということがとてつもなく偉大なものであると実感させられた。どれだけ強力な一を持っていたとしても、膨大な数に太刀打ちするのは難しい。


 絶対に退けないが、前にも進めないという状況はとてつもなく嫌なものだ。これをなんとかできなければ、わずかな勝ち目すらも見えてこない。早く、なんとかしなければならないが――


『私です。まだ大丈夫のようですね』


 そこまで考えたところで、アースラの声が響いた。


『なんとかな。このままだとどうなるかはわからないけど』


『ええ。わかっていますとも。ですから、私も遠巻きから手助けをさせていただこうと思いまして』


『……あれを、なんとかできるのか?』


 竜夫がそう返すと、アースラは『保証はできませんが、命の限りやってみせましょう』と、彼を蝕む苦痛を垣間見せながらも、力強くはっきりと答えた。


『どれくらいかかりそうだ?』


『そうですね。あと五分ほど耐えていただければ』


 五分。通常であればかなり短いものだが、一瞬で勝負を決することもある戦いにおいては、果てしなく長い時間だ。


 だが、長い時間であっても、どこまでやればいいかある程度見えているだけで相当に楽になる。終わりのないものほど、厳しいものはないのだから。


『やってやろう。どうせ、できなきゃ終わりなんだ』


『ありがとうございます。それとあらかじめ言っておきますが、障壁はなんとかできたとしても、その時間は決して長くありません。できる限り維持できるよう努めますが、なにぶん、いまの私に残されている時間はごくわずかです。それをすべて使い切ったとしても、無効化を維持できるのは細大でも二分といったところでしょうか』


 二分。これも短い時間であるが、いまの自分であれば二分も絶対的な防御を無効化できたら充分すぎるほどだ。ここから『棺』まで、全速力で飛べば一分もかからない。


『……それだけあれば充分だ。それだけの猶予を無駄にできるのなら、とっくの昔に死んでただろうな』


『そう言っていただけると非常に心強い。私もそれに応えなければ』


『それじゃあ、頼んだ』


『ええ。任せてください。あなた方のご武運を祈っています。それではまたどこかで』


 その言葉とともに、アースラからの交信は切断される。


「また、どこかで――か」


 いつ死んでもおかしくないはずの奴がそう言ったのは、こちらへの気遣いのように思えた。自分の死がこちらの負担にならないように。奴との付き合いは短いはずなのに、そう言うことは不思議と納得できた。


 あいつは、わずかしか残っていないその命を賭けている。であれば、こちらも相応の対応をするのが道理である。


『僕だ。そっちはどうなっている?』


 竜夫は大成へと更新を行う。


『あんたと戦ってたのが仕掛けた機雷がこっちにまでやってきたところだ。たいしたことはないが、数が多くて鬱陶しい』


『あと五分耐えれば、アースラがなんとかしてくれると言っていたが、それは聞いているか』


『ああ。奴の助力を頼んだのは俺だからな。この状況で五分はなかなか厳しいかもしれないが、やるしかない』


『そうか。じゃあ、遅れるなよ』


『そっちもな』


 互いに言葉を交わしたところで、交信を打ち切った。


 この五分が勝負を分ける。いまこちらにできるのは、アースラがしっかりやってくれることを信じるだけだ。


 竜夫はゆっくりと息を吐き、相変わらず馬鹿みたいな数がいる機雷へと目を向けた。


 こっちだって生存がかかっているのだ。みすみすやられるつもりなどない。


 大空を越える戦いは、まだ終わらない。

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