第336話 突破口を見つけろ
「しかしまあ、知ってる相手と戦わざるを得ないってのは色々な意味で厳しいな」
ぼやきにも似た言葉がロベルトの口から漏れて出る。
ロベルトは、幾度となく攻撃を受けてもなお、積極的にこちらへと向かってくる、もはや誰だったのかすらも判別がつかないほど変貌した元ティガーを迎撃。まともな生物であればとっくに消し炭になっている炎を受けてもなお異形と化した元ティガーは倒れない。これだけの耐久力を持っているだけでも脅威である。
動きは直線的で読みやすいものの、こちらを一撃で昇天させなけない膂力も持ち合わせていることも同じく脅威だ。持ち前の耐久力を活かして、こちらの攻撃に耐えつつ反撃することで、一気に形勢逆転することも充分にあり得た。耐久力に優れている以上、必然的に持久戦は有利になる。
そして、こちらはいつまで空を飛んでいられるかもわからない状況だ。戦い始めてどれくらいの時間が経過したのかはっきりと確認できていないものの、裏技めいた方法で空を飛んでいられるのに限りがあることははじめからわかっている。いつ訪れるかわからないものも考慮して戦わなければならないのも懸念点の一つだ。場合によっては、致命的な事態へと陥りかねない状況でそれが起こるという可能性もあるだろう。起こってほしくない出来事が最悪の状況で起こることなど、珍しいことではない。
いま自分たちがどれくらい高度にいるのかはわからないが、そのまま落下するような事態となれば確実に死ぬのは間違いなかった。戦闘続行が不可能な状況になったとしても、エリックやロートレクのように、安全に地上へ着地できるようにしておかなければならない。
ロベルトは炎の矢を周囲に展開。それらを一気に元ティガーへと放った。
元ティガーは自身に対して放たれた炎の矢を一切回避することなくこちらへと向かってくる。鉄すらも貫通する炎の矢でその身体を何ヶ所も射抜かれても、元ティガーの勢いは止まらない。すさまじい耐久力。人であったはずのものをここまで異質なものへと創り変えた竜の所業に戦慄を禁じえなかった。
炎の矢をすべて受けながらこちらへと接近してきた元ティガーは異形と化した身体の一部を変形させて攻撃を仕掛けてくる。力任せに、広範囲を巻き込むことだけを考えた一撃。回避するのはそれほど難しくないが、何度もそれを続けられると、もしかしたら失敗してしまうかもしれないという考えが頭を過ぎり、それが重圧として少しずつこちらを侵食してくる。
この程度の重圧で簡単に失敗するような未熟者ではないつもりだが――人である以上、失敗というものから無縁ではいられない。失敗というものは、いつだってどこからともなく現れる。絶対はあり得ない。それが戦いの鉄則だ。いままで起こらなかったとしても、次の瞬間それが起こらないということを保証してくれない。失敗とはそういうものだ。
元ティガーの攻撃を回避したロベルトは、敵の周囲に火種を出現させ、それらを一気に爆発させる。当然のことながら、元ティガーはそれを回避することなく爆発に巻き込まれた。
いつも通りの力で爆発を発生させたはずなのに、その火力は明らかに小さかった。高高度であるために空気が薄く、そのせいで発火しづらいのかもしれなかった。
『――――』
爆発の余波を切り裂くようにして、元ティガーの声が響いてくる。もともと人間だった存在が発しているとは思えない不快な異音。断続的に発せられているそれがなにを意味しているのか、いまとなっては理解する余地もない。それが意味しているのが、いまの状況に対する怒りであれ悲しみであれ、こちらにはどうすることもできなかった。こちらにできるのは、これ以上尊厳を害されることのないよう死という終わりを与えることだけだ。ティガーとなって通常にない力を行使できるようになったはずなのに、救うことができない無力さは実感させられるのはいつになっても嫌なものである。
爆発の中から現れた元ティガーはその体表面やかなり焼けていたものの、はっきりと原型を留めていた。この異常とも言える耐久力は、一体なにに由来するものなのだろう?
全身を焼かれているにも関わらず、元ティガーの勢いはまったく衰えていなかった。異形と化した身体の一部を変形させて、乱暴な攻撃を仕掛けてくる。
ロベルトは炎の障壁を発生させ、元ティガーの攻撃を防御しつつ、反撃。元ティガーの身体はその障壁によってさらに焼かれたものの――
元ティガーの異形と化した身体は、音もなく蠢いていた。先ほどの爆発と障壁によって焼かれた体表面が急速に再生している。
どうやら、奴が持つ異常な耐久力の一因は、あの再生力らしい。無論、それ以外にもなにかあるはずであるが――
とはいっても、人間を元にしている以上、完全な不死身ではないはずである。もともと不死身ではないものを利用して創られたものが、不死身になるはずがない。いかに竜が超常の力を持つ存在であったとしても、その道理を無視することはできないはずだ。
そして、不死身でないのなら、倒すことが可能なのは必然である。平然としているように見えても、こちらからの攻撃で負った傷を再生したことで、確実に消耗しているはずだ。ただ単に、それが馬鹿みたいに強力なだけである。
耐久力に長けた相手を倒す手段は大きく分けて二つ。
一つは耐久力が限界を迎えるまで削り続けること。
もう一つは、圧倒的な火力によってその耐久力を上回る損害を与えることによって一気に倒してしまうことだ。
無論、一つ目の手段は論外である。
相手の限界を迎えるまで削り続けるというのは、必然的に耐久戦となるからだ。耐久力に長けた相手と耐久戦を仕掛けるのが悪手であることは素人でもわかることだろう。
であれば、圧倒的な火力を用いて相手の耐久力を上回る損害を与えて一気に倒しきることであるが――
ここが地上よりも空気が薄い高高度であることが懸念点だ。こちらの能力が炎である以上、空気が薄ければ必然的に火力が出しにくくなる。いままで幾度となく攻撃を与えておきながら倒しきれなかった要因の一つにこれも含まれているはずだ。
先ほどの爆発の威力を考えるに、相当の減衰を起こしている。奴の耐久力がどれほどのものなのかはっきりと認識できていない以上、こちらの想定よりも多い力を必要とするのは間違いない。
奴が耐えられない火力となると、身体の一部すら残らないような力が必要となるだろう。それだけの威力を、地上よりも遥かに空気が薄い空で用意することができるかどうか。
なにか燃焼を促進させる可燃物があればいいのだが――当然のことながら、そのようなものは持ち合わせていない。同じく元ティガーと戦っているリチャードであればそれを用意することもできるが、彼もこちらと同じく戦闘中だ。こちらに手助けをしているような余裕などないだろう。
「となると、俺も覚悟を決めるしかない、か」
道を切り開くため、己の力を使い切って戦線を離脱したエリックとロートレクのことを思い出した。
「そういうのはガラじゃあねえんだが――そんなこと言ってられるような状況じゃあねえな」
前を行くタイセイの後顧の憂いを断つのであれば、そうする以外ほかにできることはなかった。
「……まずは、準備が必要か。焦って失敗なんかしたら、元も子もねえ」
ロベルトは元ティガーを見据え――
目の前にいる敵を討ち倒すために必要なものを一つ一つ積み上げていくこととした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます