第335話 強敵を倒すために

 どうすれば圧倒的な力を持つ異形と化した元ティガーを倒せるだろう? 真正面からのぶつかり合いで勝てるはずもないのは明らかである。


 こちらの力を上回る敵を相手にするのは、それほど珍しいことではない。それどころか、竜の遺跡にいる敵の多くは単純な力だけならこちらを大きく上回っていることがほとんどだ。


 だからと言って、慣れているとも言い難い。力が強いというのはそれだけで優位となるものであり、同時に脅威となる要素なのだ。慣れている、などと高を括った結果、帰らぬ人となった同業者は多い。


『――――』


 もはや人としての原型がなくなった元ティガーが吠える。耳を蝕むかのようなその異形の叫びがなにを意味しているのかまったく見当がつかなかった。


 だが、このような姿となったことを喜んでいるとは思えない。元ティガーがああなってしまったいまもなお発しているあの異形の音は恐らく、嘆きであり怒りであり悲しみ出るのだろう。


 救う方法がないからといって、彼を殺すというのは間違いなく正しい方法ではない。そこにどういう理由があったとしても、殺すという行為がその当人から奪うことの極地であるからだ。そのような理由で正当化していいものではない。


「……それでもやらなきゃならない、か」


 レイモンはぼそりと呟く。


 ティガーとしてそれなりにやってきたが、人を殺すのはいつになっても慣れないものだ。そうせざるを得ない出来事が起こるたびに、二度としたくない、やるべきではないと思っていたが――


『――――』


 元ティガーは耳を蝕む異音のような叫び声を発しながらこちらへと突進してくる。その動きはやはり獣じみていて、洗練さなど欠片もなく、人らしさなどもまったく感じられなかった。武器そのものと化した腕を振り回してくる。


 レイモンは元ティガーの動きに合わせて元ティガーの攻撃を回避して、反撃。空を切り裂く刃を放つ。


 元ティガーはレイモンが放った刃を、一切防御行動を取ることなくそれを受けた。しかし、異形と化したその身体は極めて硬いらしく、ほぼ無傷であった。


 この硬さも、力の強さと同等に厄介なものである。力が強く、こちらの攻撃を容易に弾き返せるほどの硬さを持っているだけで、相当の脅威となるのだ。その硬さを存分に駆使してこちらの攻撃を受けながら強引に仕掛けていって、持ち前の力を振り回してくることほど、元来非力な存在である人間にとってこれほどやりづらいことはないと言えるだろう。


 乱暴に力を振り回しているだけで、それが当たるのが仮に百に一度きりでしかなかったとしても、試行回数を増やしていけばいつかは命中しうるのだ。人というのはどうあっても完璧にはなり得ない。ほとんど起こらないものであったとしても、失敗というものからは絶対に逃れられないのだから。


 ほとんど起こらないものが次の瞬間に起こり、それが致命的になり得ることなど、戦いにおいてまま起こりうる。奴が持つ硬さと力の強さは、それを起こすことに長けていると言えるだろう。当たると終わるかもしれない。そう強く思わせられれば、その可能性は時間が経つにつれ、どんどんと大きくなっていく。


 奴を倒すのであれば、あの硬さもなんとかしなければならなかった。傷を負わすことができなければ、どうやっても倒すことはできないのだから。


 レイモンは異形と化した元ティガーへと目を向ける。


 元ティガーは全身がいかにも硬そうな甲殻に覆われていた。幾度となく攻撃を仕掛けているものの、ろくな傷をつけられていないことを考えるに、それを突破して傷を負わせるのはかなりの難儀だろう。


 こちらの攻撃が通りそうな場所としてまず挙げられるのは目だ。外界を認識するのに必要な部分である目は、大抵の存在において脆弱な部分である。見た限りでは、異形と化した元ティガーも例外ではないが――


 目という部分は間違いなく脆弱な部分であるがものの、非常に小さく、そこを狙うのは簡単ではない。動きを止めている相手であっても目という小さな部分を的確に狙うのは相当の難度である。ましてや、いまのように縦横無尽に動き回っている状況で、そこを的確に狙うのは不可能であると言ってもいいくらいだ。たまたま当たってくれるという可能性は皆無ではないが、そのような偶然が都合よくここで起こることなどあるはずもない。戦いで奇跡が起こることなど、ある程度の経験を積めば誰でも理解することだ。


 他に弱点らしきものはないだろうか?


 あるとすれば、関節の部分だろう。身体を有効に可動させるためには、関節までも硬くするわけにもいかないからだ。異形と化しても元が人間である以上、可動域というものが完全になくなっているわけではないはずであるが――


 目ほどではないものの小さく、的確に狙うのは難しい。目とは違って複数あるので、多少はマシであるが、それでも動き回りながらそこに的確に当てるのは簡単なことではなかった。


 また、関節部は目とは違って致命傷を負わせづらいというもの面倒なところだ。もしかしたら、四肢を斬り落とされた程度であれば再生できるという可能性もある。もし、奴にそのような再生力もあったとすれば、関節部を狙って有効打を与えるのは難しい。


 弱い部分の狙うのが難しいとなると、考えられる手段は二つ。一つは奴の硬さを無視できる方法。もう一つは、硬さに関係なく傷を負わせる方法だ。


 どちらも言うのは簡単であるが、実行は難しい。


 なにしろ、こちらが持っている手札は限られているのだ。手札が限られている以上、その手札の中に持ちえないものはどうあっても実行は不可能である。持っている手札の中から、見出さなければならない。


 果たして、それができるのだろうか? レイモンは元ティガーとの睨み合いを続けながら、それについて考えようとしたところで――


『――――』


 元ティガーは異音のような声を発し、再び突進してくる。速度こそかなりのものであるが、直線的で非常に読みやすい動きであった。レイモンは回り込むようにしてそれを回避。鉄塊のような元ティガーの腕が身体のわずか先を通り抜けていく。あれを受け止めようとすれば、骨の一つや二つは砕かれる覚悟が必要だろう。


 元ティガーの攻撃を回避したレイモンは接近し、掌底を叩き込んだ。自身の能力を駆使して圧縮した空気を叩きつけ、それを弾けさせる攻撃。相当の硬さがあったとしても、その衝撃までは完全に無効化できないはずである。


『――――』


 圧縮した空気が弾け飛んだことによる衝撃で元ティガーは、はじめてうめき声のようなものを発した。後ろへと大きく弾き飛ばされ、体勢を崩す。どうやらこれは、多少なりとも有効であるらしいが――


 元ティガーは体勢を崩したものの、すぐに持ち直した。そのまま追撃をしていたら、手痛い反撃を食らっていたかもしれない。


 どうやら、そう簡単にはさせてくれないようだ。もしかしたら、言葉が通じないだけで、ある程度の知性は残っているのかもしれない。


 一撃を食らったものの、見た限りでは元ティガーは余裕そうであった。奴を倒すのであれば、先ほどと同じ程度の攻撃を何発も叩きこむ必要がありそうだ。


 恐ろしいのは、奴がいまと同じ攻撃を受けながら反撃を仕掛けてくることだろう。攻撃を行ったあとというのは、大きな隙となり得る。もし、奴に知性が残っているのであれば、その程度のことをやってきてもおかしくはなかった。力と同様に、耐久力に関してもこちらを大きく上回っている。そんな敵を相手に耐久戦を行うのは愚策だ。


 そうなってくると、意表を突いて一撃で仕留めるべきであるが――果たしてそのようなことができるだろうか?


 そこで、思いつく。


 元ティガーの硬さを無効化し、なおかつ意表を突きうる手段を。


 これならば、あるいは。


 ただ、問題があるとすれば――


『――――』


 そこで元ティガーは再び異音を発し――


 こちらが思い至った手段を阻止しようとするかのように、こちらへと飛び込んできた。

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