第311話 人の可能性

『長生きなどしてみるものだな』


 ウィリアムたちとの作戦会議を行っていたテントを離れて少し歩いたところで、ブラドーが珍しくも感慨深げな声を発した。


『なにかあったのか?』


 大成はブラドーの声に反応し、言葉を返す。


『人という地を歩く存在が、その身のまま空に挑もうとしているのだ。こうやって無様に生き長らえていなければ、見る機会などなかっただろうからな。実に酔狂であるが、それゆえに面白く、なにより、竜なきあとこの地上を支配した人間の可能性を感じさせる』


 その声はどこか遠くを見つめているように思えるものだった。


 こちらとしても、先ほど聞いた作戦に関しては酔狂なものであると思う。本当にできるのか確たる証拠もなく、確実性も欠いている。なにより、それを行うにあたって重要な柱となるのが、いつ死んでもおかしくない状態のアースラであることも大きな懸念だ。奴になにか起これば、ウィリアムたちティガーは戦力とならなくなるのだから。


 だが、それでもなおあの要塞に突入しうる可能性がある作戦は現状あれ以外他にない。アースラを、ウィリアムたちティガーを信じるいがいできることはなかった。彼らならやってくれるはずだ。この町を襲った困難を打ち倒した彼らになら、今回だってできるはずであると。


『意外だな』


 ブラドーの言葉を聞き、大成はそう言葉を返した。


『お前が、〈可能性〉なんてあやふやなものを信じるような奴だとは思わなかった』


『……俺だって、夢を見ることくらいある。長く生きていれば、そういう気分になることだってあるものだ。それがたまたま、今日だっただけに過ぎない』


 それは、彼には似合わない格好つけた言葉のように聞こえたが、同時に彼らしくもあると思えるものであった。


『あれについて、お前はどう思っている?』


 気を取り直すかのようにブラドーは改めていつもの調子で声を響かせた。


『そうだな。無謀だし、無茶だと思うけど、現状をどうにかするにはあれくらいしかできることがないからやるしかない、って感じだな』


 常識的に考えればできるはずもないが――いままで彼らが見せてくれた可能性を考えると、できるのではないかと思えるもの。


『お前と同じで、俺だって夢を見ることくらいあるさ。せっかく生きてるんだ。一度や二度、夢を見るくらい誰にだって許される権利だろうからな』


 ま、俺も夢を見るなんて似合わないと思うけどね、と続ける。


 なにより、小さくとも現実的に見える可能性に賭けるのは、終わりの見えない戦いを延々と続けるよりはずっといい。可能性を信じられるときくらいは、信じたほうがいいに決まってる。それができてこそ、人間というものだろう?


『どうせ、このままでいて死ななかったとしても、死んでるに等しい状態だしな。そうなるくらいなら、やりたいようにやって死んだほうがマシだ』


 そうでなければ、あの怪物によって世界中が地獄と化したあの世界において戦うことを選択していなかっただろう。何故そうしたのかと問われれば、そういう気質だったとしかいいようがない。もしくは、自分を動かく原初の衝動か。


『……移された先が、お前のようなアホだったのは幸運だな』


『まったくだ。俺の身体に押し込まれたのが、お前みたいな馬鹿でよかったよ』


 異世界でこのような数奇な運命をどうして辿ったのかはわからない。それを知っているのは、すべてを見通している『神』と言われている存在だけだろう。それを人間という存在が生きている間に知ることは絶対にない。


『一つ、気になったんだが』


 しばらく無言の時間が続いたところで、大成は切り出した。


『俺たちが突っ込もうとしている〈棺〉には、竜の本体――魂が保存されているんだろう? それを壊したら、お前だって死ぬんじゃないか?』


 いまや大空を支配するかのようにそこにある『棺』は、かつていた竜たちの本体が保存されているという。ブラドー自体がこうやって自身の身体に入り込んでいる以上、そこには彼の本体だってあるはずだ。


『ああ、それか。それに関しては別に気にする必要はない』


『……どういうことだ?』


『お前らが壊そうとしている〈棺〉には、もうすでに俺の本体はないからだ。俺は他の奴らのように、人間の身体に転写されているわけではなく、〈棺〉にあった本体を抜かれ、お前の身体の中に入れられているからな。だから、お前が死ねば俺も死ぬ。以前も言っただろう。俺はお前と一心同体であると』


『……なんだ。そうだったのか。それならよかった』


『棺』からもうすでに切り離されているのなら、それを破壊したことでブラドーが消えることはないはずだ。


『いいかどうかはわからんが――お前らが勝てば、奴らがおっ死ぬ中、こっちだけが生き残れるかもしれないってのは気分がいい』


 ブラドーは嬉しそうな声を響かせる。その声に大成も同意した。


『とにかく、俺に遠慮する必要はない。お前は、お前自身を信じ、思う存分やるといい。それはきっと、異邦人たるお前らに許されているものだろうからな』


 ブラドーの言葉を聞き、上を見上げる。拠点があるここは、閉ざされた洞窟のような場所とは思えないほど天井が高く、そして明るい。夜という概念が存在しない場所のようだった。


 なにがどう転んだとしても、戦わなければ、自分もブラドーも生き残ることはできないのだ。もはや進むことがいできることはない。その先になにがあるのだとしても、後方が断たれてしまっている以上、自分を――協力してくれる人たちを精一杯信じよう。一度成功したのなら、二度目だって成功する可能性はあるはずなんだから。


「おお、あんたは」


 そこで声をかけられ、後ろに振り向く。そこにいたのは、ここで働いている発掘者たちであった。


「あんたは確か、ウィリアムたちと一緒にこの町を守るために戦ってくれたんだってな。たいしたことはできないんだが、礼をさせてくれないか?」


 がっしりとした体格の強面の男が、その見た目とは裏腹にフレンドリーな調子で言葉を続けてくる。


「……別に構わないが――なにをするつもりだ?」


「酒でも奢ってやる。飯でもいいぞ。どっちでも好きなだけ飲んで食ってくれていい。俺たちにはそれくらいしかできねえからな。ここで食えるもんだから、高級なものとはほど遠いが」


 豪快な笑みを見せながら、発掘者たちの一人が言う。


「聞いたぜ。ウィリアムたちとまたなんかするつもりなんだってな? なにをするつもりなのかはわかんが、応援してるぜ。こういう時の前はちゃんと飲んで食っていったほうがいいってのは昔から決まってるからな」


 六十は過ぎているように見える発掘者がさらに続く。


「そうだな。食える時に食って、寝ておくのは大事だし、その好意に甘えさせてもらうよ。本当に全部奢ってくれるのか?」


 大成の問いに対し、発掘者に一人が「あったりまえよ」と大きな声で言葉を返してくる。


「町はあんなんになっちまったけど、せっかく生きてるんだ。壊れたのならまた直せばいい。盛大にやろうぜ」


「…………」


 発掘者たちは苦難に満ちたこの状況を忘れさせるほど明るいものであった。それは、かつていた世界では決して見ることはなかったもの。仮にこれが虚勢であったとしても、こういう風に振る舞えるのであれば、何度でもやり直すことができるだろう。発掘者たちの言葉から、それをはっきりと感じられた。


「それじゃあ、案内してくれ。それと、俺に全部奢るって言ったことを後悔するなよ。こう見えても俺は、それなりにできるほうだからな」


 大成の言葉を聞き、発掘者たちは「いいじゃねえか。どんと来い」と豪快な調子で返してくる。


『……飲むのも食うのもいいが、羽目を外しすぎるなよ』


 ブラドーの言葉に「それぐらいわかってるよ」と大成は言葉を返し――


 発掘者たちとともに、酒場のあるテントへと向かっていった。

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