第300話 おおぞらをとぶ
異世界の空に再び竜が翔ける。大空を舞うそれは、血のような赤と黒を基調とした禍々しきものであった。
地上から一緒に戦っていた氷室竜夫が、ティガーたちがそれを見上げている。彼らに自分の姿がどのように見えているのかは不明だが、色からしてなかなかに禍々しい。ブラドーが他の竜たちから忌避されていたのもなんとなく納得できるものであった。
『自分でやったことだが……すごいな』
竜と化した大成は声を響かせる。
未だかつてないほどの力が、竜となったその身体に満ちている。これが、かつてこの異世界のすべてを支配していた存在。世界すらも壊せるのではないかというほどすさまじい力であった。
『さっさと動くぞ。のんびりしている時間はない』
ブラドーの声が響く。聞こえてくるその声は普段よりも距離が近い気がした。
『ああ。その通りだ』
ブラドーの言葉にそう返しながら、竜と化した大成はかつてないほど感じられる力を一点に溜め、それを放出する。
禍々しい赤黒い光を放ち、それが異形の大樹が伸ばしている根を一気に駆逐。放たれた光に触れた異形の大樹の根は呪いを受け、力を失い枯れ果てていく。それは戦局を打破しうるに相応しいもの。
『気をつけろ。いまの俺たちは細かい制御などやっていられん。あれに触れればただではすまない。巻き込まれないように自衛しろ』
ブラドーの声が異形の大樹により支配されつつあるこの場所に響き渡った。空からでは、地上にいる氷室竜夫やティガーたちがどのような反応をしているのかはっきりとは確認できなかったが、これが聞こえていたことは間違いなかった。
そこに、空を舞うこちらに向かって木の根が伸びてくる。力を得ようとして自動的にこちらに向かってきたのか、それとも脅威に対しての防衛反応なのかはわからない。
竜と化した大成は身体を翻し、迫ってくる無数の木の根を尻尾で薙ぎ払った。向かってきた無数の木の根は切り裂かれたのち、呪いを受け急速に力を失い朽ちていく。
それでもなお異形の大樹の勢いは止まらない。さらにその勢力を拡大せんと木の根を伸ばしていく。
竜と化した大成の呪いの力を受けて、若干とはいえ勢いが治まったところに、地上を駆ける氷室竜夫とティガーたちが進む。それぞれが持つ手段で木の根を退け、少しではあるが押し返していく。
『ブラドー! あれの核になっている部分はどこにある?』
大成は大声を響かせ、相棒へと問いかけた。
『ここからではまだ見えん! 恐らく、あの異形の大樹に飲まれた奴の近くにあるはずだが――』
『こうなったら、いっそのこと一気にやっちまうか? それで核を破壊できればいいんだろ?』
『待て。早まるな。確かに大火力で一気に薙ぎ払うのは手段ではあるが、狙うべき場所すら定まっていない状態でそれをやるのは悪手だ。ある程度狙うべき場所のアテがついてからのほうがいいだろう』
いつもよりも近くから聞こえるブラドーの声は変わらず冷静さを保っていた。彼がいなかったら、冷静さを保つことはできなかっただろう。この異世界でできた相棒は、極限状態においても頼もしいものであった。
『アースラ! あんたのほうから核になっている場所はわかるか?』
大成は続いてアースラへと問いを投げかける。
『いえ、駄目です。この場にある力が大きすぎて、思うように探知ができません。もっと近づかなければ――』
聞こえてきたアースラの声もどこか焦燥が感じられた。奴もここで戦っている者たちと同じく、底知れない脅威を抱いているのだろう。
『わかった! 誰かが近づけるように俺がその道を切り開く』
竜と化した大成がそう言うと同時に、自身へと迫ってくる無数の木の根をその身を駆使して薙ぎ払いつつ、地上を飲み込みつつある木の根に向かって再び光を放った。赤黒い竜を呪う力が再び地上の木の根を駆逐する。この二発によって相当の木の根を排除できたはずであったが――
その中心にある大樹はなおも健在だ。その程度の破壊など気にすることもなく、現在進行形で勢力を拡大しようとしている。
やはり、木の根ではなく本体を狙うべきか? もう一度力を放とうとした瞬間――
ぐわん、と眩暈が生じる。
『気をつけろ。考えなしに大きな力を多用すれば、戻れなくなる。それに、竜と化したとて、その力はどこまでも有限だ。万能になったと思うな。全能になったと思うな。再び人の身に戻るというのであれば、なおさらだ』
ブラドーの声を聞きながら、竜と化した大成は自身を襲う眩暈を無理矢理ねじ伏せる。
『戻れなくなったって構わないさ。あいつらがこの場を切り抜けられるきっかけを作れるのなら、ここで終わったっていい』
ブラドーの言葉に対し、竜と化した大成は力強く反論する。
『どうせ俺には大切なものも帰りたい場所もない。なにか意味のある死を迎えられるのであれば、今日死ぬことになったって構わないんだから――』
眩暈をねじ伏せた大成は、三度目の力を放つ。狙ったのはあたりに伸ばしている木の根ではなく、その大元である異形の大樹。
赤黒い光が空と大地を両断するかのごとく大樹へと向かっていく。それは、進路上にある木の根を駆逐しながら、異形の大樹へと進んでいき――
それは、大樹にまで到達する。赤黒い光は下から上に向かって、異形の大樹を薙ぎ払い――
だが、異形の大樹はその光をまともに受けてもなお健在だった。あたりに激震が走る。その振動は異形の大樹が叫び声を上げているようにも思えるものであった。
『大樹はどういう状況だ?』
『確実に力は弱まっているが――あれはまだ相当の力を残している。油断するな。少しでも気を抜けば押し潰されるのはこちらだ』
奴め、一体どれだけの力をため込んでやがったんだ、とブラドーは忌々しげな声を響かせた。
竜と化した大成は再び地上へと目を向ける。
大成が三度放った力によって、地上を駆ける氷室竜夫とティガーたちはさらに前へと進んでいた。しかし、異形の大樹の本体からはまだ遠い。空を駆けるこちらからはそれほど離れていないように見えるが、地上からだと異形の大樹がある場所までは果てしない距離があると思えることだろう。
またしても無数の木の根が竜と化した大成へと向かって近づいてくる。それはいままでとは違い、明らかにこちらを狙っている動きであった。どうやら、あの異形の大樹はこちらを脅威であると認めたらしい。その動きは的確で、速いものであった。
多少動きが鋭くなったところで、木の根などこちらの脅威ではない。迫るそれらを薙ぎ払い、打ち落とし、駆逐していく。
狙うのなら存分にこちらを狙うがいい。奴のヘイトをこちらに向けられるのであれば、地上のほうは幾分か楽になるだろう。こちらの目的は、できるだけ多くの力を削ぎ、道を切り開くことなんだから。
竜と化した大成は空を駆けていく。
異形の大樹はまだ遠い。巨大なせいで近くにあるように見えるが、実際はそれなりの距離があるのだろう。
竜と化した大成を狙う木の根の攻勢はさらに増していく。その圧倒的な物量を誇る木の根を捌きつつ、地上を行く氷室竜夫たち道を切り開いていった。戦局は、先ほどよりも幾分か好転したように見えるが――
ちょっとしたことでこの均衡は容易に崩れてしまうだろう。一体、どれだけの時間この均衡を保つことができるのか、まったく予想できなかった。
『まだ核の場所はわからないか?』
大成は再びアースラへと問いかけた。
『駄目です。この状況だと、あれの本体もところまで近づけないと、私ではその位置を特定できません。もっと近づくことはできませんか?』
『わかった! やろう』
竜と化した大成はそう返し――
四度目となる力の放出を行った。
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