第299話 竜となる
――竜に変身する。
その言葉を聞いた直後、竜夫は『正気か?』という言葉が漏れ出た。
『正気さ。なにしろこのままじゃああれをどうにかできるとは思えないからな。少しでも可能性があるのなら、試してみる価値はあると思うが』
確かに大成の言う通りである。いまの状態であの荒れ狂う異形の大樹をどうにかできるはずもない。この町に、これ以上の破壊をもたらさないためには、打開策となる強い手段が必要であるのは間違いなかった。
『ええ。それには私も賛成です。危険なのは間違いないですが、これをなんとかするのであれば、このままよりはいいでしょう。それに、ウィリアム殿が生み出したあの植物がその能力空間を突き破ってこちらにまで侵食してきたのであれば、万が一というのもありますから』
続いて聞こえてきたアースラも大成の提案に同意する。
『……どういう意味だ?』
アースラの不可解な言葉に竜夫は引っかかりを覚えた。
『わかりやすく言うと、あの異形の大樹が竜の遺跡にまで到達してしまうことです。竜の遺跡は、竜の力によって創られた異空間で、こちらとは隔絶されたものでありますが、この町はそこと直接的な繋がりがあるため、非常に近いところにある。竜の力で創られたものである以上、あの異形の大樹によってはこれ以上にない力の供給源となります。異形の大樹が敵の能力を食い破ってこちらにまで現れたことを考えると、直接的な繋がりを通じて、そこに到達しうる可能性は充分起こり得るでしょう』
『ああ。そうだ。その可能性についてはさっきブラドーから聞いた。そうなったら手がつけられなくなるともな。なにしろこんな状況だ。その最悪が起こり得ないと断言するのは危険すぎる。最悪な状況では最悪なものってのは怏々として起こったりするもんだ。潰せるのなら潰しておくにこしたことはない』
大成がアースラに続いて意見を述べる。
いまですらあれだけの猛威を振るっている異形の大樹に、膨大なエネルギーを持つものが供給源となったらどうなるか、簡単に想像できるものであった。
『わかった。やろう。それなら、僕も同じく変身すべきか?』
『いや……返信するのは俺だけでいい。確かに二人でやったほうが火力は上がるが、地上で動ける奴もいたほうがいいだろう。ウィリアムたちの力が信用できないってわけじゃあないが、念のためだ』
『そうか。なら僕はこのまま地上で動こう。そっちは任せる』
竜夫の言葉に対し、大成は『任せろ』と短く返答。その声から感じられたのは強い決意。彼がこの状況をなんとかしてくれるかもしれないと信じるしかできることはなかった。
荒れ狂う異形の大樹はなおも止まらない。災害のようにその勢力を拡大しようとしている。あれを止められなければ、そして異形の大樹が竜の遺跡にまで到達してしまったら、その被害はこの町だけで留まらないのは明らかだ。ローゲリウスよりも酷い事態になる可能性も充分にある。それは、なんとしても防がなければならない。
際限なく勢力を広げる異形の大樹の根を斬り落とす。これで何本斬り落としただろうか? どれだけ斬っても減る気配はまったくない。こちらができる処理を上回る量で増え続けている。異形の大樹そのものはこちらを排除しようとしているわけではないので、処理すること自体は簡単だが、このままそれが続けばいずれ限界を迎えるだろう。なにしろこちらは竜との戦いで消耗している状態である。その限界は間違いなく、こちらの想定以上に早く訪れるはずだ。
ウィリアムたちも、アレクセイたちも、タイラーたちもそれぞれ自分ができる最善を尽くしているが、圧倒的な物量に圧され続けていた。際限なく勢力を伸ばし続ける無数の木の根に徐々に後退させられることを強いられ続けている。やはり、このまま戦っていたのではなんとかできるとは思えなかった。
『俺だ。全員聞こえているか? 俺はこれから竜に変身して、突破口を作る。少しだけ時間を稼いでくれないか?』
ティガーたちは大成の声を聞き、戦いながら各々が反応を見せた。なにか言っているかもしれないが、彼らは竜の力を利用した交信ができないので、それを聞き取ることはできなかった。
『どれぐらい必要だ? できれば短いほうがいいが――』
ティガーたちの声を代弁するように、竜夫は大成に問いかけた。
『三分――と言いたいところだが、一分でいい。この状況で余裕なんて考えている場合ではないからな。なんとか時間を作ってくれ』
『ああ。やってやるさ』
やらなければここで終わってしまうだけだ。自分が終わるだけならまだいい。下手をすればローゲリウスのときよりも多くの人を巻き込む可能性もある。そのようなこと、二度経験するなどごめんだ。
竜夫はあたりを見回し、大成の居場所を確認。彼の姿が目に入り、そちらへと向かう。迫りくる木の根を斬り落としながらそちらへと進んでいく。
『俺たちが竜に変身するとなったら、すぐさまその場から離脱しろ。俺の力は、竜にとってはとてつもなく有害だ。その力を完全開放したら、近づいただけでも死にかねない』
ブラドーの忠告が聞こえ、竜夫はその声に短く返答する。
『では頼んだ。少しだけ耐えろ。この状況をなんとかする一手を、俺たちが見出そう』
その言葉は、いつもどこか斜に構えているブラドーらしくないものであったが、同時に強く頼りになるものであった。竜へ変身することでこの状況をどれだけ覆せるかは未知数であるが、彼らの力を信じるしかない。
大成へと迫ってくる木の根を竜夫は次々と処理していく。圧倒的な物量ではあるものの、その速度はそれほどでもないのが救いだ。これならばまだ耐えることは可能であるが――
それがいつまで続けられるかはわからない。だが、それでもやるしかなかった。この町を救うのであれば、それをやるしかないんだから――
もはや数えるのも億劫になるくらい木の根を処理し、動きを止めている大成を守ってきた。あと、どれくらいだ? 一分なんてたいした時間じゃあないはずなのに、それはとてつもなく果てしないもののように思えたところで――
『離れろ!』
その声が響くと同時に、竜夫は全速力で大成のもとから離脱する。その直後――
その場にいた大成からとてつもないエネルギーが放出され――
その空に再び、竜が降臨した。
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