第291話 人の毒

 倒しうる手段自体はあるが、それをどう使うかが問題だ。


 あれができたのは本当に偶然に過ぎず、そのうえ危険すぎるため使う機会などないと思っていたが――なにが役に立つかわからないものである。


 できることなら奴の体内に注入するのがいいだろうが、それはかなり難しいだろう。なにしろこちらは他の仲間たちと違って戦闘能力が高いではない。自分を守るために最低限度の心得くらいはあるが、あくまでもそれは自分を守るためのものであり、積極的に近接戦闘を行うためのものではないのだ。


 仲間にそれを持たせるという手段もあるが、これもあまり現実的ではないだろう。いまの状況で仲間にそれを渡すような余裕などないし、仮に持たせることができたとしても、敵の攻撃を受けて入れ物が破壊されるようなことになったら、持たせた者が死亡するのは確実だ。なにより、こちらがやろうとしていることを敵に察知される可能性もある。そのあたりを考慮しても、やるのなら自分の手でやるべきだ。


 さらに問題がある。その性質上、この毒が効果を発揮するまでに要する時間がどれくらいになるか不明瞭ということだ。奴は毒物の類に耐性を持っている以上、それは必然と言えるだろう。どうにかして、その効果が発揮されるまで仲間には耐えてもらわなければならないが――


 それになにより、この毒で奴を倒しきれないという可能性も充分にあるだろう。そうなったらどうするべきか? そのあたりも考えておかなければならないところである。常に想定外があることは考慮しておくのは必要だ。できることならそのすり合わせを仲間とやりたいところであるが、戦いの最中にそのようなことができるはずもない。他の仲間がやってくれることを信じるよりほかになかった。


 とにかく、やるしかない。これで倒しきれなくとも、他の仲間がそれをきっかけにして奴を倒しうる手段を見つけてくれる可能性は充分にある。前へ進め。いまできる最善を尽くすのだ。


 パトリックがもう一体幻影を呼び出した。幻影でありながら、はっきりとした輪郭を持っている個体。強固な幻影は強力であるが、彼本体との繋がりが強くなるために、攻撃を受けた際の危険性も同時に高まってしまう。それを二体同時に呼び出すとなると、さらにその危険性が上昇する。


 二体の幻影が白衣の男へと接近。幻影たちが持つ二本の剣が白衣の男へ襲った。


 白衣の男は上に飛んで二体の幻影の攻撃を回避。飛び上がると同時に、小瓶を下に落とした。


 二体の幻影は落とされた小瓶をそれぞれ回避する。およそあらゆるものを溶かす融解剤が地面を抉った。


 宙飛び上がった白衣の男にレイモンが接近。自身の能力を使用して急加速し、風の刃を放った。


 だが、白衣の男は自身の身体を硬化させてレイモンが放った風の刃を受け止めた。その人智を超えた硬化により、生物を容易に切り刻めるはずのレイモンの風の刃を無傷で耐える。


 風の刃を受け止められてもレイモンは止まらない。レイモンは腕を振り下ろす。それと同時に空中からなにかが叩き落とされ、飛び上がっていた白衣の男を撃墜。粉塵が舞い上がる。あれは恐らく、圧縮した空気の塊を叩きつけたのであろう。空中戦となれば、風や空気を操れる力を持つレイモンの独壇場だ。


 舞い上がった粉塵が晴れる前にタイラーが追撃を行う。レイモンによって叩き落とされた地点にいくつもの岩塊を発生させた。圧倒的な質量が白衣の男を打ちつけた。これをまともに受ければ、終わってくれるはずであるが――


「……少し油断したようだ。空気を操れる者を相手にして、飛び上がったのは悪手であったな」


 岩塊を溶かし、舞い上がっていた粉塵を吹き飛ばして白衣の男が現れる。身についていた衣服に乱れがあったものの、血を流している様子は一切なかった。あれだけの攻撃を浴びてもなお、余裕を見せている。どこまでも底知れぬ相手だ。


「それにしても貴重な経験だ。まさか人間でここまでできるものがいるとはな。素直に敬意を表しよう」


 そう言って男は一気に大量の小瓶をまき散らした。まき散らされ、地面へと落ちた大量の小瓶は砕けると同時に発火する。いくつもの火柱が巻き起こり、リチャードたちを分断。


「く……」


 リチャードは消火剤としても使用できる毒物を創り出して舞い上がる炎を消火して難を逃れたものの、依然としてあたりは無数の火柱に包まれていた。こちらを分断した炎はさらに大きくなる。


 奴がばら撒いたのは常温でも発火する自然発火性の物質と、自己燃焼性の物質を組み合わせたものあろう。このまま放っておけば、このあたりをすべて燃やし尽くすまで炎の勢いが止まらない可能性も充分にあり得た。なんとかして消化しなければならないが――


 奴とこちらで生み出せるものの違いは、その性質だけではない。一度に生み出せる量も奴のほうが上手であろう。そうなると、この炎をすぐさま消火するのは難しい。くそ。このまま焼き殺されるわけには――


 しかし、奴は炎自体に耐える手段はあるが、毒物とは違って大成があるわけではないはずだ。これだけの炎の中、自由に動き回れるとは思えないが――


 宙に浮かんでいたため、炎の嵐の難を逃れたレイモンが風で炎から身を守りながら姿が見えぬ白衣の男へと向かっていくのが見えた。


 リチャードも激しく燃え上がる炎を消火しながら、白衣の男がいる方向へと向かっていく。舞い上がる炎に身体を徐々に焼かれて前へと進む。


 そのとき、であった。


 足もとが揺れると同時に、地面が盛り上がった。タイラーの岩塊によって上へと押し上げられたのだ。自分とタイラーとパトリックと、彼が呼び出した二体の幻影が荒れ狂う炎の嵐から抜け出した。


 だが、炎の嵐から抜け出しただけで、状況が好転したわけではない。この炎を消火できなければ、こちらがどんどんと削られていくだけだ。炎で遮られているため、攻撃を仕掛けることすら難しい。


 タイラーは下で巻き起こっている炎に向かって砂埃を舞い上がらせた。砂は消火剤としてもよく使われているものの一つだ。大量にあれば、この炎の勢いを弱体化させることも可能である。


 タイラーが発生させた砂埃によって炎の勢いが弱まった。炎の勢いが弱まったおかげで、白衣の男の姿が認識できた。宙に浮かんでいたため、いち早く難を逃れていたレイモンと交戦をしていた。


 リチャードは自分を押し上げた岩塊を蹴って――


「レイモンさん!」


 呼びかけると同時に前へと踏み出し――


 それを聞いたレイモンは宙へと離脱。彼と入れ替わるようにして白衣の男へと接近し――


 リチャードは白衣の男へと向かって小瓶を投げつけた。

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