第285話 異形なる超常

 目の前に立ち塞がるはただ強いだけの存在。鍛錬のみで超常における異形へと到達をした正真正銘の修羅。ただ人の身でそれを倒せるのか?


 そこまで考えたところでアレクセイは否定する。なにがどうあったとしても、奴は打ち倒さなければならないのだ。自分たちを、そしてこの町を守るというのであれば。


「さて、次はなにを見せてくれるのか? 取るに足らぬつまらぬ仕事だと思っていたが、存外に楽しめている。このような体験をできただけでも現世に復活した価値もあろう。とはいっても、いつまでも長引かせるわけにもいかぬ。物事にはいつだって終わりが訪れるものだ。これも例外ではあるまいよ」


 男はそう言って仕込み杖を構え直す。


 こちらは未だに、奴に対してかすり傷一つ負わせることすらできていない。鍛錬によって超常を踏み越えた奴には、なにをやっても返されてしまうように思えてならない。


 どうすればいい? 自身に迫りくる濃密な死の匂いと男から放たれる圧力に耐えながら、考えを巡らせた。


 そこで男が動き出す。一切の音を発さない鋭い踏み込み。こちらへと近づいてくる。


 だが、ロートレクが男の進行を阻む。男の仕込み杖とロートレクの手甲が衝突。硬い金属質の音が鳴り響いた。


 男の仕込み杖を捌いたロートレクは懐へと入り込んだ。男が持つ仕込み杖の間合いの内側。地面から力を吸い上げるようにして雷を纏った拳を放つ。


 しかし、男はそれをなんなく回避。鍛錬によって極北まで到達した男はその程度で崩すことは叶わない。これで終わってくれるのであれば、ここまで苦戦などしていなかっただろう。


 ロートレクの拳を回避したところに、エリックの大槌が迫る。エリックは能力を駆使して自身の身体を加速させ、重い大槌を雷光のごとき速度で振るった。わずかに掠めただけで重傷を負わせられるような威力の一撃。


 それでもなお、男を崩すことは叶わない。能力を駆使して威力を増幅させたエリックの一撃を、ほとんど目を向けることなく自身が持つ仕込み杖で防いだ。しかも、仕込み杖を持つ手は片手だ。エリックの一撃を片手で防ごうとすれば、本来であれば腕ごとその身体を半壊させられていたはずであるが――鍛錬によって修羅となった男はそれすらも可能とする。なにもかもが異次元としかいいようがなかった。


 くそ。あと一人――アンドレイがいればもっと状況は変わっていたかもしれない。そう思ったものの、アンドレイが奴らによってどこかに拉致された事実が変わるはずもなかった。


 奴を倒すには、威力と速さが必要だ。超常の修羅ですら防ぐことが叶わない威力と速さを誇る攻撃を。


 奴を倒しうる手段自体は一つだけあった。だが、問題は――


「エリック! ロートレク!」


 弓を構えたアレクセイは声を張り上げた。


「頼む」


 アレクセイは二人にそれだけを言う。こちらの言葉を聞き、二人は小さく頷く。こちらがなにをしようとしているのか、言わずとも察したのだ。


 奴を仕留めうる攻撃は、切り札と言えるほどのとてつもない威力と速さを誇るものの、それを撃つには時間を必要とする。仲間がいなければ、誰が相手であったとしても撃つことは不可能だし、竜の遺跡ではないこの場だからこそできる手段でもあった。


 アレクセイは持つ大弓を地面へと突き刺して固定。エリックかロートレクがしくじり、こちらへの接近を許すこととなったら、反応が遅れるのは必至だ。そうなれば戦いに支障をきたすほどの重傷を負うことも、場合によっては殺されてしまうことも充分にあり得た。


 だが、奴を倒しうる手はこれ以外にあるとは思えなかった。


 大弓を地面に固定したアレクセイは集中。持てる力のすべてを大弓へと注ぎ込む。


 これを見れば、向こうもこちらがなにかをしようとしていることがわかるはずである。であれば、そのまま見逃してくれるはずもない。これが実行できるかどうかは、エリックとロートレクが二人だけでどれだけ踏ん張ってくれるかにかかっている。


「ほう。なにかするつもりか。なにをするのか少し見てみたい気もするが――そういう考えはよくない結果を生むことが多い。仕事を完遂するのであれば、阻止するのが無難か」


 男はアレクセイに目を向け、動き出す。


「させるか!」


 エリックが加速し、アレクセイへの接近を阻止。本来であれば身体へと負担を避けるために瞬間的な強化にのみ使用する能力による加速と強化を使い続け、細身ながら圧倒的な力を持つ男へと対抗。それは身体に相当の負担がかかる行為であったが、奴を倒すのであればそのようなことを言っていられる余裕などなかった。


「おおおお!」


 エリックが叫び声を上げる。それは自身の身体が千切れることもいとわない能力の駆使であった。エリックは、限界を超えてもなお身体の強化を続け――


「……っ」


 いままでなにを尽くしても押し返すことができなかった男を押し返してわずかに姿勢を崩した。


 そこに同じく身体を強化したロートレクが追撃。全身に雷をほとばしらせながら、男にできたわずかな隙をつく。


 地面から力を吸い上げるようにして渾身の一撃を放つ。それはもはや、雷そのものと言えるほどであった。それは、男の身体に向かっていき――


 だがそれは、男によって防がれる。男は仕込み杖でロートレクの拳を防御。


 防御はできたものの、わずかとはいえ姿勢を崩されたところを狙われたため、受け切ることは叶わなかった。ロートレクの拳を仕込み杖で受け止めた男は大きく後ろへと弾き返された。アレクセイとの距離が開く。その距離は二十歩ほどあるだろう。


 やっとの思いで男を押し返したエリックとロートレクは止まらない。二人はまだアレクセイが切り札を放つ段階でないことを充分に理解していたからだ。エリックとロートレクはなおも能力を駆使した身体の強化を使用し続け、男へと波状攻撃を仕掛ける。


「見事だ。そう来なくてはな」


 己の身体を顧み得ない攻勢を仕掛けてもなお、男にはまだこの状況を楽しめる余裕さがあった。エリックとロートレクの攻勢を捌き続ける。その光景はもはや嵐そのものと言ってもいい。躍るように災害のごとき暴力が荒れ狂う。


 アレクセイはさらに集中し、力を高めていく。持てるすべての力を地面へと固定した大弓へと注ぎ続ける。


 外部から聞こえる音が消滅。世界に自分一人しかいなくなったかのような感覚へと入り込んだ。


 あらゆる雑念が消えていく。己が持つあらゆるものを、目の前に立ち塞がる敵を討ち倒すために注ぎ続けた。


 流れる時間が遅くなる。遅くなった時間の中で、自分だけがいつもと変わらぬように動いていると錯覚した。


 あと少し。もう少し耐えてくれという思いが一瞬だけ過ぎった。


 鼓動が聞こえる。それは世界の胎動か、それとも自身の鼓動なのかわからない。わからなくなってしまうほど、アレクセイは世界と同一化を果たしていた。


 すべてが無音になる。


 その瞬間、アレクセイは矢を番え、弓を引き――


 それを天に向かって放つ。


 その直後、流星が舞い降りた。

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