第284話 黒の波動、白の衝撃
その瞬間、すべて白色に包まれた。
とてつもない威力を誇る衝撃はそこにいた三人を一挙に打ちのめした。
「……ほう、あれに耐えるか。やはり貴様ら、人間にしてはなかなかできるようだ。耐えられたのはそいつの仕業か」
黒衣の男はそう言ってロベルトに目を向けた。
あれに耐えられたのは、ロベルトがとっさの判断で障壁を作成してくれたからなのだろう。しかし、その代償は大きい。ロベルトは誰の目から見ても明らかなくらい消耗していた。あの様子を見ると、再び同じことをするのは不可能だろう。
ロベルトのおかげで耐えられたと言っても、消耗は大きかった。身体は全身を殴りつけられたかのように痛み、軋んでいる。五体満足で耐えられたのが不思議なくらいだ。ロベルトがとっさに判断していなかったらどうなっていただろう? あまり考えたくないことであった。
先ほどの衝撃で、周辺が更地と化していた。それを見ただけで、奴が放ったあれがどれほどの威力があったのか思い知らされる。
奴が放ったあれはなんだったのだろう? 奴の能力は力を奪い、我が物する力であるはずだ。いまあれはそれとは真逆であるように思える。もう一つ別の力を持っていたのだろうか? ティガーの常識であれば二つ以上の別個の力を持つことはあり得ないはずであるが――
奴は竜だ。超常の存在たる竜であれば、こちらの常識など通用しないということもあり得るのかもしれない。そう思ったものの――
「く……」
苦しそうな声を上げながら、ウィリアムが能力を行使する。その直後、身体が温かなものに包まれた。ウィリアムの力による回復であるが、その力の性質上、即効性はあまりない。だが、ないよりはマシであろう。いまは少しでも立て直しをしなければならない。
膝を突いていたグスタフが立ち上がり、手に持つ二本の剣を構え直した。
なにがどうであれ、この男を倒さなければ自分たちに未来はない。奴らがティガーたちを狙っている以上、見逃してくれるとも思えなかった。
「あれを受けてもなおまだ戦う気力を失わぬとは、人間というのは思った以上に諦めが悪い存在であるらしい。鬱陶しいが、たまにはよかろう。今日の私は気分がいい。貴様らが諦めるつもりでないのなら、どこまでも付き合ってやるとしよう。そういうものを叩き潰すのも我々の使命でもあるからな」
黒衣の男は淡々とした口調で言う。そこにはこちらに対する感情など一切感じられなかった。奴にとって、人間とはその程度の存在でしかないのであろう。
「さて、続きをやろうか。遠慮をする必要はない。全身全霊を尽くし、立ち向かってくるがよい。取るに足らぬとはいえ、生きている以上、貴様らには抵抗する権利くらいはあるからな」
黒衣の男がそう言い終えると同時に、グスタフは前へと飛び出して接近。右手に持つ黒い剣を振るった。
黒衣の男は黒い杭を作成してグスタフの剣を防ぐ。ほとんど力を入れていないように見えるのに、巨大な塊を相手にしていると錯覚するほど重い。黒衣の男は虫を振り払うかのようにグスタフを払い除ける。
「貴様が持つそれは、どうやらただの剣ではないようだ。それで身体を斬られると少々厄介なことになるか」
グスタフを打ち払った男は淡々と言葉を告げる。
黒衣の男が言う通りであった。黒い剣はただ強度に優れた切れ味がいいだけのものではない。黒い剣には竜の力を弱める効力がある。
「とはいっても、それほど強力ではないようだ。接触さえしなければ問題はあるまい」
そう言ったのち、黒衣の男は距離を詰めてくる。剣の間合いの外から、杭を振るった。他者の力を奪うそれはただ直接触れずともとてつもない脅威である。できることなら、すべて回避すべきであるが――
先ほどの攻撃で大きく消耗したグスタフにそのようなことを許されるはずもない。グスタフは両手に持つ二本の剣で杭を防いだ。軽い音が響き渡り、重い感触が両手に伝わる。
杭を防いだ瞬間、はっきりと体感できるほど力が抜けるのが感じられた。身体に接触するよりはマシではあるが、このまま奴と打ち合っていると、近いうちに削り殺されてしまうだろう。
黒衣の男による杭の攻撃を二回捌いたところで、地面から木の根が生え出して襲いかかる。ウィリアムによる攻撃。それと同時にグスタフは飛び上がり――
黒い剣を振り下ろした。ウィリアムが放った無数の木の根とグスタフの黒い剣が同時に黒衣の男を強襲する。
だが、同時攻撃をされても黒衣の男は揺るがなかった。黒い障壁が身体を覆い、グスタフの剣を弾き返しつつ、ウィリアムが放った木の根から力を奪って無力化した。
攻撃を防がれたグスタフはそのまま空中で体勢を立て直しつつ離脱。六歩ほどの距離が開かれる。
やはり、奴の力を応用したあの防御は、ただ攻撃をしただけではどうやっても崩すことは不可能だ。なにしろあれは力そのものを奪っているのである。どうにかして、力を奪われないようにしなければ、奴を傷つけることすらできないだろう。
二本の剣を構えたまま、グスタフは黒衣の男を注視する。
力を奪うことでこちらの攻撃を無力化しているのであれば、その奪える量は無尽蔵ではないはずだ。竜の力がいかに強大であっても、そこには必ず限界が存在する。その限界に達した状態であれば、無力化できないはずであるが――
そこで気づく。
先ほどの衝撃は、いままで奪って溜め込んでいた力を排出することで、空き領域を作ったのではないかということに。
際限なく溜め込めるのであれば、そのようなことをする必要はない。こちらがやられるまで力を奪い続ければいいだけである。わざわざそれをしたということは、奪える力に限界が存在することの証明でもあるが――
とはいっても、奴がどれくらいの力を溜め込めるのかこちらにはわからない以上、それを狙うのは不可能に等しい。
どうする? グスタフは黒衣の男を警戒したままそれを考えた。
どうにかして、奴の弱点である容量の限界をつくことはできないだろうか? 奴は自分がどれだけの力を奪えるのか理解しているはずだ。そうである以上、正攻法で奪った力を調整されないようにするのは無理であろう。
しかし、奴の弱点らしい部分はそこしかない。どうにかしなければならないが――
それはなかなか見えてこない。
わずかな光明は見えたものの、打開はまだ遠かった。
奪うものとの戦いは、まだ終わらない。
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