第283話 偽りの記憶に打ち勝つために
『なにかいい手はないか?』
大成はブラドーへと問いかけた。
『それが手っ取り早くこの状況を覆す方法であればないな』
その言葉からわずかな含みが感じられた。
『……そういうってことは、なにかあるのか?』
『いや、たいしたことではない。期待はするな。もしかしたらそうかもしれない、程度のものだ』
『それでもいいさ。とにかく聞かせてくれ』
どんなものであれ、なにもないよりはマシであろう。いまはとにかく、武器になりそうなものが必要だ。
『奴の能力についてだ。いま奴が使っている能力は、奴のものではないものはわかるな。奴自身の能力は、自分以外の何者かに化けることだ。いま使っている能力は、奴が化けた先で使うことができるものの一つであろう』
はじめに相対した時、奴はかつての妹の姿ではなかったことを考えると、ブラドーの言葉は疑う余地がないものである。
『本来であれば奴の戦い方は、無数に保有している化ける先を敵や状況に使い分けていく形のはずだ。化けるという特性上、複数のものを同時に行使することはできないはずであるが』
化けることで様々な能力を行使できるのであれば、一つの姿に固執する理由など基本的にはない。
『奴はあの姿でいることによるこちらへの有効性を見て、本来の戦い方を放棄している……ってことか?』
『ああ。これが俺たちに衝けるような隙であるかはわからんがね。現状、あの姿でいることによって使える能力はこちらとの相性は非常にいいからな』
大量の錆をもってすれば、こちらの血の呪いによる影響を大きくシャットアウトできるのは相当のアドバンテージである。こちらが勝ちを見出すのであれば、大量に生み出される錆による物量をどのように貫くかだ。
『現状、奴にはどのくらい呪いの影響が伝わっている?』
『芳しくないな。生み出された大量の錆で相当阻まれている。錆によって、奴への影響は九割以上削られているだろう。奴がどれだけの錆を生み出すことができるとしても、生み出した錆から奴本体に見てわかる程度まで影響が伝わるのが、俺たちが消耗しきるよりも早いということは絶対にないな』
それは間違いあるまい。こちらの能力の媒介が自身の身体に流れる血である以上、物量の差はどうやったとしても埋めがたいものだ。
『ここは命を消費すべきところだと思うか?』
大成はブラドーへ問いかけた。
『難しいところだな。あの双子どものとの戦いで一つ消耗し、まだそれが回復していない以上、できることなら使いたくないところであるが――出し惜しみをした結果敗北してしまってはやはり意味がないからな』
いまストックしてある命はあと一つ。これを消費してしまえば、死からの再生は不可能になる。出し惜しみをすべきではないというのは同意であるが、残りが一つである以上、無駄にするわけにもいかないのもまた事実であった。使うのであれば、機会はしっかりと見極める必要がある。
「どうしたの兄さん? 来ないのかしら? 遠慮する必要なんてないのよ」
かつての妹は、そのときの口調になってこちらに語りかけてきた。それがくだらない演技でしかないことは理解していても、強く自身の脳に刻まれた偽りの記憶を想起させるものであった。
「それとも、この姿だと手が鈍るのかしら? それなら下手な抵抗はしないでくれると助かるのだが」
本当に忌々しい。その声を聞くたびにそう思う。だが、そんなことを思ったところで、自身に刻まれた偽りの記憶を消し去ることなどできるはずもなかった。
なにがどうなったとしても、この偽りの記憶を乗り越えて、奴を倒さなければならない。そうしなければ、前に進むことなんてできやしないのだから。
大成は直剣を構え、前へと出る。一瞬で直剣の間合いへと入り込む。呪われた血で構成された直剣を振るう。
当然のことながらかつての妹は生み出した錆でそれを防御。ずぶりと柔らかくも強靭な錆の感触が両手に伝わってくる。
「そうこなくてはな」
錆で防御したかつての妹は、防御に使用した錆を針のような形で硬化させていくつも突き出してきた。錆である以上、わずかに体内に入り込むだけでも致命傷となりかねない。大成は回り込むようにして針のようにいくつも突き出してきた硬化した錆を回避。かつての妹の斜め後ろへと入り込み、反撃の突きを放った。
しかし、錆はまるでそれ自身が意思を持っているかのように動き出し、大成の突きを阻んだ。呪いの血で構成された直剣は錆にわずかに突き刺さったところで止められた。なんとも不可解な感触が両手に広がる。
防御した錆は再び反撃してくる。刃のような形に変化し、それを薙ぎ払った。ギロチンのごとき巨大な刃が空を切り裂く。
大成は飛び上がるようにしてギロチンのごとき錆の刃を避ける。かつての妹の上を取った。直剣を変形させて振るう。鞭のような形となった刃がかつての妹を襲い来る。
だが、それも意思を持つかのような動きでそれを阻む。柔らかく強靭な錆の膜が鞭のように変形した直剣の刃を滑らせるようにして防いだ。
攻撃を防がれた大成はすぐさま直剣を引き、近場の建物に向かってそれを伸ばしてその場から離脱。再び距離が開く。十メートルほどの距離。わずかな距離でしかないのに、それはとてつもなく堅牢な壁があるように思えるものであった。
やはり、ただ攻撃を仕掛けただけでは突破は難しい。どうにかして、錆による堅牢な防御を突破しなければならないが――
ほんの一瞬でも、奴の防御を無力化できないだろうか? こうなってくると、自身の能力が攻撃に特化したものでないことが悔やまれる。
とはいっても、自身の持つ能力がここで変わってくれるはずもなかった。どうにかして手持ちのカードでどうにかするしかない。それが戦いというものである。持ちえないものを望んだところで、それが突然出てくることなんて万一もないのだから。
『奴の錆の防御、いまの感じだとこちらの攻撃に対して自動で防御しているように見えるけど、本当に切り離されているのか?』
『防御した際は奴と繋がっているが、防御に使用したものはすぐさま切り捨てているようだ。大盤振る舞いだな。である以上、蓄積は間違いなくしているが、すぐに切り離されている以上、その蓄積も極力抑えられている』
『贅沢な使い方だ。そんな使い方をしていても、耐久戦はこちらが不利か?』
『奴の容量がどれくらいのものかは不明だが、恐らくな。それなりの消耗をしていたとしても、こちらが削り勝てるとは思わんほうがいい』
敵の状況がわからない以上、希望的観測など持たないほうがいいというのは納得だ。希望を持つのであれば、ある程度それを裏付けられるものがなければならない。わからない状況での希望的観測は死を呼び込む猛毒となり得る。それは、かつての世界で幾度となく潜り抜けてきた地獄の中で何度も味わったことである。
『ところで、他の奴らの状況はどうだ?』
『どこも苦戦しているな。あまりいい状況であるとは言い難い。俺たちとたいして変わらん』
嫌な状況だ。さっさとこの状況を打破したいところであるが――
とにかくいまは、前にいる奴をどうにかするしかない。他のところの心配はそれからもでいいだろう。
『一つ、気になったのだけど』
そこで大成はブラドーへと問いかけた。
『こういうことはできると思うか?』
もしかしたら起死回生となり得る手段を告げた。
『できるはずだ。俺の力はそもそもそういうものだからな。だが、それをやるのであれば機会を充分に見極める必要があるだろう。恐らく二度は通用しない。危険性はあるが、やってみる価値はある』
その言葉を聞き、大成は少しだけ安心する。
確かにこの手段はブラドーの言う通り危険が伴うが、奴を仕留めうる手段となり得るはずだ。
とにかく、やってみるしかない。
そのための道を切り開くしかなかった。
大成は直剣を握る力を強め――
前へと踏み出した。
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