第258話 次の方針を
「で、今日はこれからどうする?」
目を覚まし、食事などを済ませてすぐ、大成がそう話しかけてきた。
「そうだな……」
一応、進展があったことは間違いない。これについてはすぐにアレクセイに報告したほうがいいだろう。これからこちらがどう動くかについても、アレクセイに報告したうえで決定したほうがいいかもしれない。
「とりあえず、アレクセイのところに行って、昨日わかったことについて報告しておこう。向こうのほうから、こっちが動くにあたってなにか参考になることがあるかもしれないし」
「じゃ、そうしよう」
さっさと行こうぜと、大成は竜夫を促した。
「それでは、私は今日もここからあなたがたの補助をさせていただきます」
部屋を出ようとした直前に、アースラが言う。寝ても覚めても重病人のような顔色をしているが、あらゆるものが足りていない状況である以上、そんな状態の彼に頼らざるを得ないというのは少しばかり複雑であった。本来であれば、そんな彼を働かせるのは間違っているのだろう。だが、それを言ったところで彼が止まるとも、説得できるとも思えなかった。
「……頼りにしてる」
竜夫はそれだけ言い、部屋を出た。子供たちとみずきにも「行ってくる」とだけ伝えたのち、外へと足を運ぶ。
外はからりとして晴れ渡っていた。これだけの出来事が起こっているのにもかかわらず、空はのんきにもいつも通りだ。空にとっては地上での出来事など関係ないのかもしれない、なんてことを思いながら、アレクセイたちが拠点としているメガリスへと向かっていく。
もうすでにこの町の労働者たちは動き出しているようであった。朝のほうが昼間よりも賑わっているような気がする。そんな光景を目にしながら、町を進んだ。
歩きながら、あたりを警戒する。
いまのところ、こちらに対して不審な気配は向けられていなかった。しかし、この町は思うように探知ができないので、いつも通り自身の感覚が発揮できるとは思わないほうがいいかもしれない。そう思ったが、そんなことを言い出したらキリがないのもまた事実である。いつも以上に警戒はしておこう。敵がどのように動いてくるのかもわからない状況なのだから。
五分ほど進んだところで、メガリスに辿り着いた。店は閉まっているように思えたので、とりあえずノックをしてみる。すぐに扉が開かれる。
「ああ……あんたらか。アレクセイならもう中にいる。入ってくれ」
出てきたのは、この店の店主と思われる男だった。どことなく陰気な空気を身に纏った中年の男だ。彼に促されて、竜夫と大成は店の中に足を踏み入れた。
店に入ってすぐ、予想外の人物の姿が目に入り、驚きを隠せなかった。そこにいたのは、アレクセイだけではなかったからだ。
「タツオとタイセイか。早いな」
アレクセイの対面に座っていたのはウィリアムであった。
「ウィリアムさん……どうしてここに?」
竜夫はそう問いかけたものの、ウィリアムは「どうして俺がここにいるかについては、後にしてくれ」とだけ返してくる。
竜夫と大成は近場にあった椅子を引き寄せ、ウィリアムとアレクセイが座っているテーブルの近くへと腰を下ろした。
「予定外の奴が同席しているが、気にするな。奴も一応関係者だからな」
腰を下ろした二人にアレクセイがそう喋りかけてくる。関係者ということは、恐らく――
「そっちにも、なにかあったってことか?」
腰を下ろした大成がそう言うと、ウィリアムは「残念ながら、その通りだ」と返答して、頷いた。いま、この状況でなにかあったということを意味するのは、言うまでもなく――
「わかっているとは思うが、奴の仲間もこの事件に巻き込まれたらしい。昨日の夜だそうだ」
それは予想できていたものの、あらためて言葉にされるとその衝撃は大きなものであった。
「誰が、行方不明に?」
竜夫が質問すると、ウィリアムが「……ジニーだ」と短く返答した。
「アレクセイが言った通り、昨日の夜、店にいた俺たちと離れた隙にやられた」
そう言ったウィリアムの口調は深刻そうであった。ジニーは彼の仲間であると同時に、姪でもある。心配にもなるのも当然だ。
「なにか、手がかりは?」
竜夫の言葉を聞き、ウィリアムは無言のまま首を振る。
「他の方々は?」
「拠点として使っている貸家で待機中だ。交渉の場に必要もなく多人数で押しかけるわけにもいかないからな」
ウィリアムの言葉を聞き、少しだけ安心できたものの、彼の仲間が一人なんの前触れもなく失踪したことに変わりはない。
「交渉ってことは、あんたは協力を持ちかけてきたってことか?」
大成はアレクセイに目を向けながら言う。
「こいつから俺たちにそんな話を持ちかけられるのはいい気分でもあり、悪い気分でもあるが――いまこの状況でくだらない小競り合いをしている場合ではないからな。なにしろこれは、俺たち全員の問題だ」
アレクセイの口調が相変わらず乱暴で、偽悪的なものであったが、あまり好ましく思っていない相手を前にして、感情に流されずにこれだけのことを言えるのはたいしたものだろう。やはり、食えない男である。
「というわけで、こいつらも俺たちと協力することになった。奴にも、話してやれ。なにか収穫があったんだろう?」
アレクセイにそう言われ、竜夫と大成は昨日わかったことについて報告をした。チームでいたところを襲われたタイラーから聞いた話、この事件を起こしているのが竜であることが確定した話、そして――自分とティガーたちを攫っているものと戦闘になったはなしを。
「予想以上に有望だな。いくつか訊きたいことがあるが、まずは――」
お前の話だな、アレクセイは竜夫に目を向けながら言う。
「てめえと遭遇したってのはどんな奴だ? わかる範囲で構わん。それについて話せ」
竜夫は自身が遭遇したあの男について、わかる範囲で話した。
「そいつを実際に見てみないとわからんが、聞いた限りでは随分と浮いた恰好をしている奴のようだ。それなら、調べりゃすぐにわかりそうだが――」
アレクセイがそう言うとなると、いまのところこの町であの男らしき人物の目撃情報はまだないのだろう。一体、どこに隠れているのか? それほど大きな町ではないから、目撃情報の一つや二つは見つかりそうなものであるが――
「まあいい。もっと踏み込んで調べてみるしかねえな。タイラーたちが遭遇した奴についてだが」
記憶に干渉されてるかもしれないってのは本当か? とアレクセイは大成に目を向けて問いかけてくる。
「確証はない。だが、話を訊いた限りでは彼が嘘をついていたり、意図的に情報を隠しているとも思えなかった。というか、そんなことをするつもりなら、他にうまいやり方があるだろう」
大成の言葉に対し、アレクセイは「まったくもってその通りだ」と言って頷いた。
「記憶に干渉されているとなると、いままでろくに情報が出てこなかったのはそのせいかもしれねえな」
アレクセイは吐き捨てるような調子で悪態をついた。
「少なくとも、敵は二人いるってことか。タイラーたちが遭遇した奴と、そっちのお前が遭遇した奴。てめえらが手を引かないってことは、どちらも復活した竜ってことでいいんだな?」
「ああ。間違いない」
あれだけ異様な空気を持っておきながら、ただの人間であるはずもない。
「予想はできていたが、予想以上に厳しいな。お前らに訊こう。俺たちティガーは竜どもに対抗できると思うか? 率直な意見を訊かせてくれ」
「同数での対決になったら、たぶん無理だ。一人に対し、多数でかかることができたら、まだなんとかなるかもしれないが――」
しかし、五対一で圧倒されたタイラーたちのこともある。さらに各人が持つ能力の性質やその相性も考えると、どうなるかはっきりと断言することはできなかった。
「どうにかして、俺たちが少しでも有利なれる状況を作りしかない、か」
どちらにせよやるしかねえな、とアレクセイは付け足した。
「それよりも問題なのはやはり、そいつらをどうおびき出すかだな。記憶に干渉されるとなると、地道に調べて情報を集めていくってのは難しそうだ。そもそも、この町に隠れられるところなんてそうそうありはしないはずだが――」
アレクセイは唸るような声を上げた。
「そこはてめえらに期待するしかねえか。俺たちを狙ってる奴が、てめえをティガーと誤認して狙ってきたのなら、できるとは思うが――」
とにかく、てめえらには動いてもらったほうがいいな、とアレクセイは言う。
「なにかあればまたここに来い。いつでも接触できるように、俺以外にも信頼できる奴を置いておく」
アレクセイの言葉を聞き、竜夫と大成はそれぞれ頷き、立ち上がった。
「わかった。それじゃあ僕らはそろそろ行かせてもらう」
そう言ってアレクセイとウィリアムに目を向けたのち、二人は店の外へと足を運んでいった。
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