第259話 朝の光を浴びながら
ウィリアムの仲間もやられたとなると、この事件はさらに加速しているのかもしれない。からりとした朝日を浴びながら大成はそう考えた。
さて、これからどうするべきか? あまり悠長にしていられる時間があるとも思えなかった。かといって積極的な攻勢に出られる状況であるわけでもない。なかなか厳しい状況だ。
『ひとつ、気になったのだが』
そこでブラドーの声が聞こえてきた、彼のほうから質問とは珍しい。一体、なんだろう? そう思った。
『なにかあったのか?』
『なに、たいしたことではない。期待はするな。何故竜どもは力で劣っているはずのティガーを相手にしているにもかかわらず、こそこそしているのかと気になったのだ』
そう言われ、確かにと思った。
ティガーたちが持っている竜の力は限定的なものである。であるなら、竜どもがティガーたちに力で劣っているとは思えない。ティガーたちの力を相当に高く見積もって考えたとしても、同等というところだが――タイラーの話を聞いた限り、同等であるとは思えなかった。それならば、こそこそやる必要はないと思える。圧倒的な力を以て蹂躙していけばよかったはずだ。できなかったとは思えない。
できるはずのことをしていないのは何故だろう? なんの理由もなくそれをしていないとはどうしても思えなかった。
『……そう言われてみると、確かに気になるな。それに関してなにか現時点で考えられる理由はあったりするか?』
『ない――という以前に、そもそもどこの誰が動いているのかも不明瞭な状況では、そんなことわかるはずもない。動いているのが誰かわかれば、そのあたりの理由にも多少は見当をつけられるかもしれんが』
『やっぱり、なにをするにも情報が少なすぎるってわけか』
情報を集めるための情報が不足しているような状況。現実としてありがちな状況ではあるが、厄介なことこの上ない。投げ出したくなるところではあるが、投げ出したところで状況が好転するわけでもないのでそんなこともやっていられないのが難しいところである。
『だが、できるはずのことをやっていないのであれば、それなりの理由があることに間違いはなかろう。ただの愉悦のためにできることをやらんとは思えんからな。もしくは――』
『ティガーを攫っているのは、別のなにかを隠すため――ってところか?』
『その通りだ。わざと目につくことをやって、本来やろうとしていることから目を逸らさせるのは常套手段の一つだからな。動いているのが誰かなのかわからなければ、その本来の目的に見当をつけることも難しいが』
確かにブラドーの言う通りだ。ティガーを攫っているのが、実利を兼ね備えたなにかしらの偽装工作の一環であったとしても、敵が何者なのかが見えてこなければそのアテもつけられない。どうにかして、あぶり出したいところである。
ティガーを攫っている側の奴らが、氷室竜夫をティガーと誤認して彼を狙ったことを考えると、恐らく自分たちは敵をおびき出す囮としてそれなりに有望であると思えるが――
やはり、これに関しても確証があるわけではない。動くかもしれないし、動かないかもしれない。そんなもの、はっきりいって価値がないに等しいものである。
人間社会を侵略し、飲み込まんとしている竜どもが隠したいこととは一体どういうものがあるだろう? 集団としての目的か、それとも特定のなにかによる個人的な目的か――
考えてみたものの、竜どもがどのように考えているのかなどまったくわからなかった。間違いなく超常たる存在である竜どもの思考回路は人間とは相当に異なっているはずだ。である以上、そんなものを理解できるとも思えなかった。
「……一つ、訊きたいことがあるんだが」
そこで、大成は氷室竜夫へと問いかけた。
「行方不明になったティガーたちは、いまどうなっていると思う?」
竜たちによってさらわれたティガーたちが有用な検体であるのだとすれば、その末路は考えるまでもなく一つだ
「考えたくないことだけど……無事だとは思えないな」
返ってきた氷室竜夫の言葉は重苦しい。考えたくないことであったとしても、さらわれた彼ら彼女らの運命がどうなるのかわかっていたのだろう。
「それを、アレクセイやウィリアムたちに言うべきだと思うか?」
その問いに、氷室竜夫は「それは……」と言い淀んだ。
無闇に希望を持たせるのも、かといって陰惨な事実を告げるのが正しいことであるとも思えなかった。
「俺としても、どうするべきかはわからん。だが、奴らが知りたいというのであれば、隠すべきではないとも思う。それについて訊かれたのであれば、正直に答えるが誠意あるものだと思うが――お前の意見を訊かせてくれ」
「できることなら言いたくないけれど、僕も優しい嘘で不都合な事実を隠すのが正しいとは思えない。こっちからわざわざ言う必要はないと思うけど、訊かれたとしたのならそれを正直に伝えよう」
もしかしたら、さらわれたティガーたちが無事である可能性もゼロではない。だが、それは限りなく低いだろう。異世界から召喚された自分たちがどうなったのかを考えれば、それは明らかであった。
「まあいい。いまはそれについて議論している場合じゃないな。あらためてこれからどうする? 分担するか、それとも一緒に動くか? 俺はどちらでも構わないが」
こちらの言葉を聞き、氷室竜夫は「そうだな」と言って押し黙る。十数秒ほど無言の時間が続いたのち――
「ジニーさんが失踪した近くのところを調べてみようと思うんだが、どういう状況か調べてみたうえで、あんたの相棒の意見にも訊いてみたい。大丈夫か?」
氷室竜夫の言葉を聞き、大成は『どうだ』とブラドーへ問いかける。
『構わん。俺も気になっているところだからな。だが、過度な期待はするなよ。あいにく俺は、探偵の真似事など得意ではないからな』
「だそうだ。聞こえたか?」
「相変わらず、斜に構えているな」
氷室竜夫の言葉に対し、大成は「まったくその通りだ」と軽い言葉を返した。
「じゃあ、とにかくそこに行ってみよう。起こったのは、ヴェスティアの近くだよな」
そう言ったのち、二人はジニーがいなくなったと思われる場所へと向かっていった。
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