第255話 新たなる証言者
タイラーに案内された奥の部屋も、ここがテントであることを忘れさせるくらい立派なものであった。
「適当なところに座ってくれ」
タイラーはそう言って大成のことを促す。大成は右側の席へと腰を下ろした。大成が座ったあと、タイラーが対面へと腰を下ろす。
「あんたのことはついさっきアレクセイさんから聞いた。例の事件に首を突っ込んでいるらしいな」
腰を下ろしたタイラーが早速切り出す。
遺跡の外にいたはずのアレクセイがこちらのことをどうやって伝えたのかは不明だが、それをいま聞く必要もないだろう。それについては知らなくとも問題のないことである。
「事件の当事者と言っていたが――あんたらもアレクセイさんと同じように、仲間が行方不明になったのか?」
大成の問いに対し、タイラーは「いや」と言って小さく首を振る。
「これはまだアレクセイさんを含め、まだ他の奴らにも言ってないことだが――俺たちはティガーを攫っている奴と遭遇し、戦闘になった」
「……なんだって?」
タイラーから発せられた予想外の言葉に大成は瞠目する。
「どこでだ?」
大成はすぐさま気を取り直し、タイラーへと質問を返した。
「昨日の夜、探索を終えて物資の補給のために町へ戻ったときだ。物資の補給を終え、食事を済ませたあと、拠点として使っている借家に帰る途中で襲われた」
「俺たちってことは――複数人でいる状況で、か?」
「ああ。俺たち五人でいたところで狙われた」
複数人でいるところを狙うなど、普通は考えられない。そんなところをわざわざ狙うなど、よほどの馬鹿でもやらないことだろう。あるいは、五人を相手にしても問題ないといえるくらい、自分の力に自信を持っているかだが――
「相手も複数人だったのか?」
「いや、一人だった。はじめはどこの馬鹿かと思ったんだが――」
ティガーは限定的な竜の力を手に入れ、通常の人間とは比べものにならないくらいの力を持っているという話だ。まだ実際に目撃したわけではないので、それがどれほどのものかは不明だが――彼らが人間から大きく外れた力を持っているのであれば、そんな彼らにたった一人で絡んでくるというのは正気の沙汰とは思えない。
「五対一という状況であったのにもかかわらず、俺たちはそいつに圧倒された。俺たちが数的に有利で、虚をつかれたというのもあったが――それ以上には尋常ならざる相手だった。いま思い出しても寒気を覚えるほどに」
タイラーが発した言葉からは底知れない恐怖の色が感じられた。彼らを襲ったその出来事は、それだけ強烈なものだったのだろう。
「それで、どうしてあんたは大丈夫だったんだ? それとも、あんた以外全員そいつにやられたのか?」
「仲間の一人が、全力を尽くして他の奴らを逃がしてくれたんだ。そうじゃなかったら、俺たち全員そいつに行方不明にされていただろう。どうしてうまくいったのかは、俺たちにもよくわからない。無事ってことは、なんとかなったことは間違いないんだが――」
こちらに対し、意図的に情報を隠すためにそう言っているとは思えなかった。命がけの状況に陥り、どのようにして生き延びたのかはっきりと思い出せないというのはそれほど珍しいことではない。何度かそういう経験をした覚えがある。
「あんたらを襲った奴がどういう奴だったのかは覚えているか?」
大成は重ねてタイラーへと問いかける。
「すまないが、それもよくわからない。確かに顔や背格好を見たはずなんだが、どういうわけか思い出せないんだ。おぼろげな姿しか記憶に残っていない」
そう言ったタイラーの様子は、自分でもどうしてそうなったのかわからないという感じであった。
「…………」
タイラーの言葉を聞き、大成が『そういう現象はあり得ると思うか?』とブラドーに問いかけた。
『ある。記憶に干渉する力を持っている奴はそれなりに珍しいがな。この事件を起こしている奴に、そういう力を持っているのがいたとしてもおかしくはない。なにより記憶への干渉は、こういった悪だくみをするときに便利だからな』
ブラドーは力強く断言する。
『だが、妙な点が一つある。いままでの話を考えると、そいつはティガーを五人相手にしても圧倒できる力を持っているというところだ。記憶へ干渉する力を持っているのは、傾向として戦闘能力に優れたタイプではないことが多い。俺にはティガーとやらがどれほどの力を持っているのかはわからんが、それなりの力がなければ、五対一という状況で圧倒できんだろう』
『戦闘能力に優れていないってのは、あくまでもそれは竜の尺度の話でだろう? 竜の尺度では優れたものではなくても、人間にとってはどうなんだ?』
『どうだろうな。ティガーとやらがどれほどの戦闘能力を持っているのかがわからなければ、判断はできんが――奴らが竜の遺跡の警備装置に対抗できる程度の力を持っているのであれば、戦闘能力に欠けている奴が五対一で圧倒できるとは思えないな』
難しいところだな、とブラドーは唸るような声を響かせた。
「どういう奴だった覚えていないってことは、どんな力を持っていたのかどうかも覚えていないか?」
「ああ。はっきりとは思い出せないんだが――おぼろげに覚えていることが一つだけある。俺たちを狙ってきたそいつは、色々な力を使ってきた、と思う」
記憶に干渉されたらしいタイラーの言葉は曖昧であったものの、気になる点でもあった。色々な力を使ってきた、ということは――
『色々な力を持っているっていうのは、複数の特殊な力を持っている、ということだろうか?』
『無論、そういう場合もあるが、一つの力が複数のものに見える場合もあるだろう。この状況ではまだ判断はできんな。もう少し調べてみるしかあるまい』
どちらにせよ厄介であることに変わりない、とブラドーは呆れるような調子の声を響かせた。
「あんた以外の仲間はどうしてるんだ?」
「他の仲間もここにいる。二人は怪我をしてその治療中で、一人はその二人を含め、ここにいる奴らの治療にあたっている状況だ。昨夜、外でそいつに狙われたあと、ここまで逃げてきてからな。二人とも大怪我ではないから話くらいはできるが――知っていることは俺とたいして変わらんだろう」
タイラーの状況を考えると、他の仲間が記憶への干渉を免れたとは考えにくい。他の仲間から有望な情報を聞き出すのは難しいように思えた。
「他に訊きたいことはあるか? できる限り協力はするつもりだが」
「一つ気になっていることがあるんだが、ここ――つまり竜の遺跡の中で行方不明になった奴はいるか?」
「それは――少しばかり判断が難しいな。俺たちティガーは危険な区域に潜って、他のことをする奴らの安全を確保する仕事の一つだ。だから、危険な場所に行ったきり戻ってこない奴も珍しくない。だが、ここ最近で明らかに不審な状況でここまで戻ってきた奴の話を聞いた覚えはないな」
タイラーの言葉通りであれば、この遺跡内で行方不明事件は起こっていないことになるが――
まだ判断するには時期尚早であろう。もう少し情報を集め、検討したほうがいい。
「俺がいま言える範囲のことは言ったはずだが――まだなにかあるか?」
「いや、今日のところはここまでにしておこう。またなにかあったらここに来ることにする」
協力を感謝する、と言って大成は小さく頭を下げたのち立ち上がった。タイラーもそれに続いて立ち上がる。
「これからどうするつもりだ?」
「とりあえず、今日のところは外に戻るつもりだ」
「そうか。一応言っておくが、この遺跡の中は外とは時間の流れが異なっているから、短い時間で出入りを繰り返していると身体に変調をきたす恐れがある。何度も出入りするようなら気をつけておいたほうがいい」
「わかった。覚えておこう」
不思議な場所だと思っていたが、まさかそのようなこともあるとは。つくづく竜というのはすさまじい存在というよりほかにない。
「それでは、また」
立ち上がった大成はもう一度タイラーに頭を下げたのち、遺跡の外を目指して歩いて行った。
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