第256話 二人の話をまとめよう

 大成が戻ってきたのは、そろそろ暗くなり始める頃合いであった。どうやら、なにか非常事態が起こって話が通じなかったわけではないらしい。それが確認できただけでも少しだけ安心であった。戻ってきて早々に――


「そっちはなにか収穫があったか?」


 大成は竜夫にそう問いかけてきた。


「有望かどうかはわからないが、一応は。そっちは?」


「俺のほうはそれなりに悪くない情報って感じだな。どっちから話す?」


 大成にそう言われ、竜夫は少しだけ考えたのちに「じゃあ、僕から話そう」と切り出した。


「とりあえず、一つ目はアレクセイの仲間が行方不明になったと思われる場所の近くを調べてみて、この事件に竜が関わっているらしいことが確定した」


 でもまあ、わかったのはそれだけだ、と竜夫は付け足した。


「そっちはどんな情報だ?」


「こっちは、ティガーをさらっている連中から逃れた奴の話を聞けた」


「……それは、予想以上に有望そうな情報だな。聞かせてくれ。どんな内容だったんだ?」


「それだけ聞くと確かにそう聞こえるが――核心に繋がるような情報じゃないから、それほど期待はしないでくれ」


 大成は冗談めかすような調子で言葉を返してくる。


「この件について話を聞くなら、当事者であるティガーたちが集まっている場所がいいと思って、竜の遺跡にまで行ってみた。とりあえず、入ってすぐのところにある拠点までな。そこで、ティガーたちを攫っているという奴らに襲われ、逃げて帰ってきたタイラーという男に話を訊いてきた」


 またしても大成の口から発せられた人名が予想外であったため、竜夫は再び固まった。それを見た大成は「知り合いか?」と訊いてきた。


「知り合いというか、僕が以前ウィリアムさんたちと竜の遺跡に潜った時、一緒にチームを組んでたのがさっきお前が話したタイラーさんたちだったんだ。知り合いであることは間違いないと思うけど――」


 なんというか難しいな、と軽く笑ってそう付け足した。


「まあ、僕とタイラーさんが知り合いかどうかは置いてといて、それについて詳しく聞かせてくれ」


 竜夫がそう促すと、大成はタイラーたちが地上に戻った際に、不審な奴に襲われ、仲間の一人が身を挺してタイラーたちを逃がしたこと、タイラーたちを襲った不審な連中に関する記憶がおかしなくらい胡乱であったことを告げた。


「俺はティガーとやらがどれくらいの力を持っているのか知らないから訊きたいのだが、ティガーとやらはどの程度の強さなんだ? 五対一の状況で軽々しく圧倒されたりするものなのか?」


 大成の問いに対し、竜夫は「いや」と首を振った。


「タイラーさんたちの実力をしっかりと見たわけじゃあないからはっきりとしたことは言えないけど、たぶん僕らと同じ存在――復活した竜たちであっても、五対一の状況はかなり厳しいと思う」


 以前、竜の遺跡に潜った際、敵に操られたアレクセイたちと戦ったときのことを思い出す。あのときは、操られたアレクセイたちの猛攻を凌ぐのが精一杯だった。タイラーたちの実力がアレクセイたちと同程度であると仮定すれば、竜の力を持つ存在――自分と同じである復活した竜であったとしても、五対一という状況は相当に厳しいはずであるが――


「あんたが手に入れた情報を俺が訊いてきた情報を総合して考えれば、五人のティガーたちを相手にして圧倒できるとなると、復活した竜であることは明らかだな」


 その言葉を聞き、竜夫も小さく頷く。そうでなければ、多少油断していたとはいえ、五人のティガーを相手にして圧倒できるはずもない。


「それにしても、記憶に干渉する力を持っているのがいるかもしれないってのは厄介だな」


 記憶への干渉となると、いままでろくに情報がなかったのはその所為である可能性は充分考えられるだろう。


 しかも、そうであったのなら考えられる通常の手段においてそれを防ぐのも難しい。このあたりもなにか対策が必要になってくるだろう。


「一応、あんたにも訊いておくが、記憶に干渉する力ってのはあり得るか?」


 大成は、彼の斜め前に座っていたアースラへと問いかけた。


「ええ。あり得ますね。そういった類の力があることは私も把握しております。ですが、私が気になるのは、タイラー氏が言っていた色々な能力を持っていたような気がする、というところですね」


「あんたもか」


 アースラの言葉に対し、大成はそんな言葉を漏らし、「それに関してのあんたの意見を訊かせてほしい」と重ねて問いかけた。


「一番あり得そうなのは、一つの力が複数のものに見える、という形式ですが――いまの段階ではどうとも言い難いですね」


 アースラは少しだけ気を落とすような調子でそう言った。


「あんたはさっきの情報は一つ目と言っていたな。二つ目があるんだろう? それを訊かせてくれ」


「結論から言うと、アレクセイの仲間がいなくなった近辺を調べた帰りに、ティガーたちを攫っていると思われる奴と遭遇した」


 その言葉を聞き、大成の気配がわずかに変貌し、すぐに「どんな奴だった?」と問いかけてくる。


「山伏みたいな恰好をした軽装の男だ。歳を食っているようには見えなかったけど、竜の魂を転写されているから、見た目の年齢はあまり意味はなさそうだ。恰好以外も異様な空気だったから、遭遇したらすぐにわかると思う」


「その様子だと、あんたは記憶に干渉されたわけじゃあなさそうだな」


「こっちにそれを意識させないくらい巧妙だった可能性もあるけれど――そういうことを言い出したらキリがないな。たぶん、そういった力を受けてはいないと思う。そいつと、少しだけ戦闘になったけれど、直接的な戦闘を得意とするタイプに見受けられた」


 多節昆のように変形する仕込み杖を巧みに操っていたあの男が、記憶への干渉というからめ手を使うタイプとは思えなかった。


「……タイラーを襲った奴と、あんたが接触した奴は別口の可能性が高いな。ということは、ティガーたちを攫っている連中は、最低でも二人はいるってことか。複数人で動いているところを見ると、竜どもの侵略も本格的に動き出したってことだろうな」


「もう一つ、そいつは気になることも言っていた。お前らを狙うのは、本来は俺の仕事ではない、って」


 その言葉が意味するのは、言うまでもなく――


「ティガーを狙ってる連中とはまた別口で、俺たちを狙っている奴も動いている、ってところか」


 確証はないが、そうである可能性はとても高いだろう。そして、もう一つ意味するのは、自分たちを狙っているそいつないしそいつらもこの近くまで迫っているということだ。


「どうする? アレクセイに事情を話して、早急にここから離れるか?」


 竜夫の問いかけを聞き、大成は黙したまま思案する。しばらく沈黙が続いたところで――


「いや、まだそう判断するのは早い気がする。下手に動くも危険だ。俺たちを狙っているのが、あの双子みたいな連中だったのなら、とっくにこの町は地獄と化しているだろう。なにより、この町は探知が効きにくい。それは恐らく、俺たちの居所がまだ奴らに割れてないことを考えれば、ある程度は似たような状況だろう。であれば、潜伏するのには適しているとも言えるが――」


 とはいっても、この町はローゲリウスとは違って大都市ではない。いくら探知がしにくくとも、場所そのものが限定されていればなにかの拍子で遭遇することは充分にあり得るだろう。


「難しいところだな。どうするか――」


 ため息を漏らすようにそう言ったところで、扉が叩かれる音が聞こえる。


「あの、食事ができたんですけど、食べますか?」


 扉の向こう側から聞こえてきたのはみずきの声だった。


「一度、飯でも食って気分を入れ替えたほうがいいと思うんだが――どうする?」


 竜夫がそう言うと、二人とも言葉それぞれに「そうするか」と言って頷いた。竜夫はそれを見て――


「それじゃあ、いただくとするよ」


 竜夫がそう言うと、みずきは「わかりました。もう用意はできていますので」という言葉が聞こえ、足音が離れていく。


「だってさ。行こう」


 竜夫の言葉と同時に、三人は立ち上がって、部屋を出て居間へと向かっていった。

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