第254話 帰り道での出来事

 ティガーたちの行方不明事件に竜たちが関わっているという確証は得られたがものの、まだわからないことは多い。ティガーたちを攫っている竜たちがどこに潜んでいるのか、どのような力を持っているのか、これに関わっているのが複数なのかそうでないのか。できることなら、このあたりのことは知っておきたいところである。


「あんたはどう思う?」


 来た道を引き返しながら竜夫はアースラへと問いかけた。


『もっと情報が欲しいところですが、やはりいまのところは情報が少なすぎますね。もう少し踏み込んで調べるしかないでしょう。なにか有益な情報が手に入るといいのですが――』


 一歩前進はしたのは間違いないが、状況が変わったわけではない。なかなか難しい状況だ。なにしろこちらは探偵の真似事などはじめての経験である。そうやすやすとうまくいくなんてことはあり得ないだろう。時間がないというのに、物事をうまく進められないというのは歯がゆい状況だ。


「向こうのほうに、なにか有益な情報が得られているといいんだけど――」


 自分以外、誰の姿もない街道を進みながら、竜夫は分かれて調べている大成のことを思い出した。交信をしようとしても、繋がる気配はない。彼が簡単にやられるとは思えないが、状況が状況だけに少し不安になる。アースラが言った通り、竜の遺跡に行ったせいで、交信ができない状況であればいいのだが――


 そんなことを考えていても仕方ない。彼が無事であることを信じることしか、できないのだ。


 それにしても、人の通りがない田園風景の中にある街道というのは、暗い夜道とは違った恐ろしさが感じられる。一応、街道沿いには街灯はあるものの、小さなものが点々とあるだけなので、夜になると相当暗くなるだろう。明るいうちに調査を中断したのはよかったかもしれない。


 そのとき、であった。


 背後から気配が感じられ、竜夫は足を止めて後ろに振り向いた。


 だが、そこには誰の姿もない。閑散とした街道が続いているだけだ。あたりを見回す。やはり誰の姿も見えなかった。とはいっても、いま感じられた気配が気のせいだったとは思えない。


「ほう。俺に気づくとはなかなかできるな」


 背後から声が聞こえ、竜夫は再び振り向く。


 数メートル先のところに、杖を持った軽装の男の姿があった。何秒か前にはいなかったはずだ。


「それにしても俺は運がいい。ティガーかと思ったら、まさか貴様だったとはな異邦人。退屈な仕事も受けてみるものだ」


 目の前にいる男からは常人ならざる気配が感じられた。こいつは、間違いなく――


「貴様を狙うのは俺の仕事ではないが――こうやって遭遇してしまった以上、見逃すわけにはいくまい」


 男は持っている杖を地面に突き立てたのち一歩前へと踏み出してくる。


「……あんたがティガーたちを攫っているのか?」


 竜夫は男に問いかけた。


「肯定しよう。その通りだ。話によると、奴らはなかなかに面白い検体らしいからな。それに関して、俺はあまり興味ないが」


 男は竜夫の問いを肯定する。


「まあそのようなこと、どうでもよかろう。俺はティガーとやらよりも貴様のほうに興味がある。幾度となく我らが放った刺客を破った、あのお方の力を手に入れた異邦人である貴様に」


 男はさらにもう一歩前に踏み出してくる。ゆっくりとした動きであるにもかかわらず、その所作には一切隙が感じられなかった。


 竜夫は刃を創り出し、構える。


「……ふむ。まだ荒さはあるが、幾度となく我らを打ち破ってきただけのことはあるな。これならばティガーとやらとは違って、退屈はしなさそうだ。他の奴らには悪いが、ここでやらせてもらうとしようか」


 男はそう言うと、一切音を発することなく、軽やかな動作でこちらへと向かってきた。一瞬で距離を詰めてきたその動きはまさしく達人というよりほかにない。滑らかな動作で持っていた杖を振るってくる。それは、目の前にいる敵を討ち取ることだけを考えた一撃。あらゆる無駄を削ぎ落されたものであった。


 だが、竜夫はそれを手に持った刃でその一撃を防ぐ。人の姿が絶えている街道に硬い音が鳴り響いた。軽やかな動作に見えたそれは、しっかりとした重みが感じられる一撃。両手に痺れるような感覚が伝わってきた。


 敵の一撃を防いだ竜夫は刃を振るう。しかし、男はそれを後ろにステップしてそれを軽やかな動きで回避。その動きを見た竜夫は、目の前にいる男がただものでないことを確信する。


「ほう。俺の一撃をなんなく防ぎ、なおかつ反撃もしてくるか。敵ながら見事だ。やはり我らと同じだけあって、ティガーとやらとは根本から違うな」


 きっと、いまの一撃は小手調べのつもりだったのだろう。男の言葉を聞いた竜夫はそう判断した。


「まだ楽しむ時間はあるか。できることならこの時間を長く楽しみたいものであるが――さて、どこまでできるか。やれるだけやってみることにしよう。いままで退屈な仕事させられたからな」


 男はそう言って手に持っていた杖を再び地面に突き立てる。硬い音が鳴り響き、男が持っていた杖からのこぎりのような刃がいくつも突き出してきた。


 杖が変形すると同時に、男はゆらりと動き出し、急加速して接近。一瞬で変形した杖の間合いへと入り込んできた。竜夫はその動きに合わせて半歩前に踏み出してそれを待ち受けた。竜夫の刃と男の変形した杖が衝突。金属質の音が鳴り響いた。


 変形した杖による一撃を防いだ竜夫は、すぐさま刃を片手に持ち替え、左手に銃を創り出してそれを放つ。しかし、男はそれを横に飛んで回避。竜夫の横に回り込み、変形した杖を振るう。それは、杖の間合いの外のはずであったが――


 杖が多節昆のように分離して伸び、こちらへと迫ってくる。迫ってきたそれを竜夫は自身の身体から刃を突き出させて防御。痛みとともに多節昆のように変形した杖による一撃を防ぐ。


 多節昆のように変形した杖による一撃を防いだ竜夫は再び銃を放つ。だが、竜夫によって多節昆のように変形した杖を引き戻しながら身体をずらして弾丸の射線を切ってそれを回避。男と竜夫の距離が再び開く。距離は七メートルほど。


「噂には聞いていたが――なかなか厄介な防御方法だな。簡単には崩せそうにない。まあ、それぐらいやってもらわなくては楽しめないが」


 楽しそうな声でそう言い、男は笑みを見せる。そこからは、はっきりと余裕さが感じられた。


 近づいても離れても対応できる、あの多節昆のように変形する杖は実に厄介な武器だ。


 どうする? 竜夫は悠然と構えている男に目を向けながらそれを考える。そのまま睨み合いが続く。幾ばくかの時間が経過したところで――


「もっと楽しみたいところであるが――時間切れのようだ。今日のところはここで退かせてもらおう。次に会うときは存分に斬り合おうではないか」


 そう言うと同時に男の姿が溶けていくかのように姿が消えていった。いまのは、奴の能力か、それとも別のなにかか――


 わからなかったが、あたりを探っても気配はどこからも感じられなかった。どうやら、近場からは姿を消したようであるが――


 とはいっても、警戒はしておくべきだろう。なにしろ、ここまで接近されるまで気づけなかったのだ。


「アースラ、近くに不審な奴はいるか?」


 竜夫がそう問いかけると、アースラは『いえ、いまのところはないようです』と返答。


「奴のことは知っているか?」


『いえ。残念ながら、いまの私にはいまあなたと戦った奴に関する情報はありません。調べればなにかわかるかもしれませんが――どうしますか? 調べろというのであれば調べますが』


「よろしく頼む」


 奴がこの事件に関わっていることは間違いない。であるならば、奴に関する情報もしっかりと調べておくべきだ。


「とりあえず、今日のところは戻ろう。僕らが知ったことは、彼が戻り次第伝えることにする。アレクセイに対しては明日以降か。それで大丈夫か?」


 竜夫の言葉にアースラは『ええ』と短く答えた。


 それを聞いた竜夫はもう一度あたりに警戒の目を向け、近場に不審な気配がないことを確認。


 町へと戻るために再び街道を進み始めた。

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