第249話 囮として

「で、これからどうする?」


 店を出た大成は氷室竜夫に話しかけた。


 こちらとしても、自分たちを囮にして竜どもをおびき出すというのに関しては反対ではない。だが、氷室竜夫が言うように、下手をすればこの町がローゲリウスのようになる可能性は充分にあり得るだろう。それだけはなんとしても避けたいというのはこちらとしても同感である。


 とはいっても、たった二人では町という大きなものを守るのは難しい。それを行うには数が必要だ。アレクセイたちを信用するしかないだろう。彼らがどれだけカバーできるかもこの件においては非常に重要だ。


「そうだな。囮になるのでれば、ここで動いている竜たちに僕らの存在を知らせる必要があるだろう。この事件に竜が関わっているのであれば、僕らがそれに首を突っ込んでいるとわかれば、黙ってはいないはずだし。その手段をどうするか――」


 大成の言葉に答えた氷室竜夫は顎に手を当てて考える。


『あんたにはいい案はあるか?』


 大成はどこかでこの光景を見ているであろうアースラへと言葉を投げかける。


『そうですね。この町はローゲリウスのような巨大都市というわけではありませんから、特になにかしなくてもいずれは我々の存在に感づくでしょう。この町で事件を起こしている可能性がある竜が必ずしも我らを追っているわけではありませんが、それでも自身の復活の障害となっている我らを無視するとも思えない。我らに残されている時間はあまり多くはありませんから、できることなら素早くそいつらをおびき出したいところですが』


 そこでアースラは一度言葉を切り、数秒ほどの時間を置いたところで――


『やはり、ここは無難にこの町で動いている人々への聞き込みでしょう。先ほどのアレクセイという方の言葉を信じるのであれば、他の方々も我々に協力をしてくれそうですし』


 結局、そこに行き着くわけか。できることならさっさとことを進められるほうがいいが、急いた結果失敗してしまっては元も子もない。


『じゃあどうする? もう動き出すか?』


 外はまだ明るく、陽が落ちるまでまだ時間はある。動き出しても問題はないはずであるが――


『そうですね。動きましょう。いまの状況を考えるのであれば、動き出すのは速いほうがいいはずです。もし、なにかあれば遠慮なく私にお申し付けください。私にできることはしっかりとやらせていただきますから』


 それでは、と言ってアースラは交信を切断する。


「とりあえず、いま俺たちにできるのはこの事件に首を突っ込もうとしていることを、事件を起こしている奴らにアピールすることだ。堂々と動きまわりながら、聞き込みをしていこうと思うが――あんたはそれでいいか?」


 大成の言葉に対し、氷室竜夫は「やっぱり、いまできそうなのはそれくらいか」と返答する。


「聞き込みはするのはいいけど、どう動く? 同時に動くか、それとも互いに動く時間を分けて動くかだけど」


「……今日のところは同時に動こう。明日以降どうするかは、色々と嗅ぎ回ったあとで決めるとしよう。それでいいか?」


「わかった」


 氷室竜夫はそう答え、小さく頷いた。


「それじゃあ、俺はこっちの方を行ってみることにする」


 大成は右側のほうに手を向けた。


「じゃあ、僕はその逆側に行こう。いつぐらいまで聞き込みをする?」


「とりあえず、陽が落ちるまででいいだろう。そのあと、得られた情報を互いに共有する。それでいいか?」


「ああ」


 氷室竜夫の返答を聞いてすぐ、大成は「それじゃあ、そっちは頼んだ」と言って歩き出した。しばらく進んだところで――


『なにやら、探偵めいたことをやるようになったみたいだな』


 ブラドーの声が響いた。


「不満か?」


 ブラドーの声に、大成はそう返した。


『別に。いまのところ情報がなさすぎる以上、そうなるのは必然だ。精々、この町で動いているかもしれない竜どもが引っかかってくれることを期待して、派手に動くとしよう』


 歩きながら、大成はこれからどうするべきかを考える。


 どういう風に動けば、この事件を起こしているかもしれない竜どもに自身の存在を知らせることができるだろう? 地道に動くのは大事だが、同時に効率性も必要である。


「まずは、どこに訊くのがいいと思う?」


 大成はブラドーへ問いかけた。


『そうだな。まずは先ほどの男――アレクセイといったか――奴以外のティガーにこの事件について訊いてみるのが鉄板だろう。奴らが把握していない情報を得られる可能性もある』


 ブラドーの言葉を聞いた大成はあたりを見回してみる。外を歩いている人はそれほど多くない。恐らく、いまの時間はまだ仕事をしている者が多いのだろう。となると、いまの時間帯で人が多く集まっている場所は――


「竜の遺跡の内部になるが――どうやって入ればいいだろう? この町のどこかに入口があるはずだが――」


 明らかに入口とわかるものはいまのところ見えなかった。


「ところで、竜の遺跡ってのは一体どういうものなんだ?」


 大成はブラドーへと再び問いかけた。


『かつて竜どもが創り出した大規模な保存施設だ。日常で使うような雑貨の類から、芸術品、大規模な工業製品などありとあらゆるものを後世に残すために創り出した。自分たちが後世に復活することを見越してな』


 ブラドーの声からはどこか遠くを見つめているように感じられた。


「で、それをいま人間が漁っている――ってわけか。それに関して竜はどう思っているのだろう?」


『さあな。他の奴がどう思っているのかなど、俺の知ったことじゃない。俺の個人的な意見を言わせてもらえばどうでもいいな。後世に残したものが盗掘されるのなんて珍しいことじゃない。それになにより、あそこを人間が掘り尽くすことは困難だろうからな』


「……広いのか。それとも、厳重な警備がいまもなお敷かれている?」


『両方だ。あれはとある竜が持っていた力を利用して創り出した空間だ。無限ではないが、無限のようにどこまでも続いている。人間にしてみれば広すぎる空間だ。そのうえ、そこを警備するための兵器の類も数多く設置されている。そこに潜ってるティガーとやらが自身を強化していることを考えると、それはいまも動いているのだろう』


 話を聞けば聞くほど、竜どもがかつて創り出した文明というのはすさまじいと思わざるを得なかった。


「すごい話だが――これに驚いている場合でもないな。いまはとりあえず、どこから竜の遺跡に入れるかを探ってみよう」


 先はまだ見えていなかったが、それでも動く以外ほかに道はなかった。

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