第250話 新たな手がかりを

 再び大成と別れた竜夫は歩きながらこれからについて思案する。


 自分たちが囮役をやるのは別に構わない。現状、手がかりがない以上、その尻尾をつかむための手立てとしては無難なところだろう。自分たちであれば、襲われたとしても身を守ることはできるのだから、囮としてこれほど適任はいないとはずだ。


 だが、やはり懸念なのは自分たちを囮とした結果、この町がローゲリウスと同じような事態になってしまわないかである。はっきりいってこればかりはどうにもしがたい。街というものは個人が守るにしては大きすぎる。また、敵がどのような考えを持っているのかも関わってくるだろう。そいつが、ローゲリウスを壊滅させたあの双子のようなのであったのなら――


 いや、いまそれを考えるのはやめておこう。今度遭遇することになる敵がどういう奴なのかはわからない。それに、ローゲリウスのときとは違う点が一つだけある。今回は、アレクセイたちの助力を得られるということだ。アレクセイをはじめとした彼らがどれだけ動けるのかは不明だが、自分たち三人だけで動くよりはマシだろう。この町がどうなるのかは、彼らがどれだけ動けるかにかかっている。信じるよりほかに道はなかった。


「それにしても聞き込みか……どうするかな」


 当然のことながら聞き込みの経験など、一度もない。というか、刑事やら探偵やらでなければ、やったことがないのが普通であろう。誰かに道を訊ねる感覚でやればいいのか、それともなにかやり方があったりするのか――それすらもわからない状態である。


「とにかく、やってみるしかないか……?」


 そんなことを考えながら、町を進んでいく。


 通りにいる人の姿はまばらだ。恐らく、いまの時間帯は仕事をしている人が多いのかもしれない。目についた人に次から次へと話しかけてしまうべきか? アレクセイから依頼されているのは、囮だ。囮役をやるのであれば、わざと目立つ行為をするのも悪くない選択ではあるが――


 まだ、この事件に竜が関わっているという確証は得られていない状況である。まずは、本当に竜がこの事件に関わっているのかどうかの確証が欲しいところだ。この事件に竜が関わっていないのであれば、自分たちがいるとこの町は逆に危険になる。そうであったのなら、さっさと手を引くべきだ。


「竜が関わっているかどうかを調べる方法――なにかないか?」


 そんな言葉が漏れ出た。しかし、そのような都合のいいことが早々出てくるはずもなかった。


 やはり、地道に動くしかないのだろうか? 無論、地道に動くことは大事である。一発逆転の手立てなど、そうそう見つかるものではない。そもそも、そのようなものは本来、積み重ねた結果見えてくるものなのだ。


「さっき話した様子からして、ウィリアムさんたちはこの事件についてあまり情報を持っていなさそうだったし、他にこの町での知り合いというと――」


 以前のとき、ウィリアムたちと一緒に潜っていたタイラーたちのチームであるが、いま彼らがどこにいるのかはまるっきり不明だ。この町を拠点にして竜の遺跡の探索をしていることは確実であるが、それ以外の情報はまったくない。


 動くにも動けない状況。そういう状況が心理的に一番厳しい。どうする? 再びウィリアムたちのところに戻るべきだろうか――


「あ」


 そこまで考えたところで、気づく。


 この事件が本当に竜によって行われたものであるのなら、強い手がかりとなり得るものがあることに。


「アースラ、聞こえるか?」


 竜夫はどこかからこちらの動向を覗き見ているはずのアースラへと話しかけた。


『どうかしましたか?』


 すぐさまアースラから反応が返ってくる。やはり、すぐさま連絡が取れる手段というのはとてつもなく便利だ。


「ついさっき気づいたんだけど、ティガーたちの行方不明に竜たちが関わっていたのなら、恐らくそれになんらかの竜の力を使っているはずだよな。どういうものが使われたと思う?」


『我々が睨んでいる通り、竜がティガーたちを有用な検体として攫っているのであれば、それなりの抵抗力を持っている彼らを生きたまま捕らえることができる力でしょう。私が知っている限りではいくつか候補はありますが――いまの状態でそれを判別するのは難しいですね』


 響くアースラの声には苦痛が感じられるものであったが、澱みなくとても明瞭だ。アースラからそう返答されることは予想がついていた。


「じゃあ、その力が残っていそうなところで、それを探知することはできるか?」


 超常の力を持つ竜たちが普通の人間がやるような手段でティガーたちをさらっているとは考えにくい。なにより、ティガーたちは普通の人間より遥かに強力な存在だ。である以上、ティガーたちを攫う際に、なんらかの竜の力を使っていることは確実であろう。残っているそれを探知できれば、大きな手がかりになるはずだ。


『この町の中では少し難しいですね。竜の遺跡に近いこの場所では、思うように探知はできません。この町から多少離れたところであれば、できそうですが――』


「うん。それじゃあ、アレクセイさんの仲間の一人がいなくなった場所でならどうだ?」


 先ほどの話では、アレクセイの仲間の一人が行方不明になったのはこの町の外に買い出しに向かっていた途中である。その場所がどのあたりなのかは不明であるが、多少はこの町から離れた場所のはずだ。


『それなら、できるかもしれません。その場所がこの町からどれだけ距離があるかにもよりますが、やってみる価値はあるでしょう』


 響いたアースラの声は苦しげでありながらもどこか嬉しそうであった。


『確か、アレクセイ氏の仲間が消えたのはローゲリウスへ続く街道でしたね。それがどのあたりかはわかりませんが、竜の力によってそれが行われたのであればなにか残っているのは確実でしょう。遠くからは探知できなくても、この町から離れ、その地点に近づけば問題はないはずです。無論、通常よりは精度は落ちるでしょうが、なにもないよりはマシでしょう』


「じゃあ、そっちに行ってみることにする。それで大丈夫か?」


『ええ。あなたを介してその街道を調べてみます。そちらへ向かってください』


 確か、ローゲリウスへと続く街道はこの大通りを進んでいった先のはずだ。幸いにもその方向は、自分の分担となっている場所である。


 とにかく、そっちに向かってみよう。情報が少ない以上、手がかりになりそうなものを調べていくよりほかにない。


 心の中で小さく頷き、竜夫はローゲリウスへと続く街道のほうへと足を傾けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る