第248話 発掘者の依頼

 アレクセイは黒い液体が入ったグラスを再び手に取り、それを呷ってひと口流し込んだ。それを見た竜夫も同じく黒い液体が入っているグラスを手に取り、ゆっくりと口をつけた。


 なんというものなのかは知らないが、自分たちの世界で言うところのコーヒーに酷似した飲み物であった。グラスの横に砂糖とミルクらしきものが置かれていることに気づく。竜夫はグラスを置き、砂糖とミルクらしきものをそれに投入。真っ黒な液体に白が混じったことにより変色し、カフェオレのような色になった。


 カフェオレのようになった液体を再び流し込む。やはりコーヒーと同じく、ブラックよりはこちらのほうが飲みやすい。


 ひと口飲んだアレクセイは半分ほど黒い液体が入ったグラスを置く。


「まずは俺がどうしてお前らを雇おうかについて話をしよう」


 そう言ったアレクセイからは、先ほどまでのイラついているような調子は消えてなくなっていた。


「お前らが首を突っ込もうとしている行方不明事件の被害者に、俺の仲間であるアンドレイがいる」


 アレクセイもウィリアムたちと同じく、四人で活動していたはずだ。そのアンドレイとやらが誰なのかはわからないが、前遺跡に潜った際に戦闘することになったうちの一人であろう。


 常日頃から一緒に動いている仲間の一人がそのような事件に巻き込まれたのなら、アレクセイが穏やかでいられなかったのも頷ける。


「アンドレイだけじゃねえ。俺たちと深く関わりのある他の奴らもやられている。俺たちがいま把握しているだけで三人。無論、俺たちと関わりのない奴も行方不明になっている状況だ」


 アレクセイは机に両肘を置いて、重々しい口調で語る。


「そのアンドレイさんとやらはいつどこで姿を消したかわかりますか?」


「ローゲリウスまで次の探索で必要になる資材の買い出しに向かっていた途中だろう。三日前のことだ。それに出たきり戻ってこず、未だに連絡もない。どこでそうなったのかはわからんが、恐らくこことローゲリウスとを結んでいる街道のどこかだ」


 竜夫の質問に対し、アレクセイは澱みなく答えた。


「そのときの目撃者は?」


「いないな。いたら多少なりとも俺たちの耳に入ってくるはずだ。それくらいの情報をつかむくらいの力はあるからな」


 その言葉からは傲りのようなものは感じられなかった。この町でアレクセイたちがどれほどの力を持っているのかは不明だが、高名なティガーであるウィリアムたちをライバル視している以上、それなりの情報網を持っているのは当然だろう。


「なにか他に手がかりはないのか? それだけじゃあ情報が少なすぎる」


 大成がそこで口を挟んだ。


 確かに大成の言う通りであった。情報がこれだけじゃあ目星を付けることも不可能だ。


「そうだな。俺もその通りだと思うが――厄介なことに行方不明になった奴らは、いつも一人になったところを狙われていて、目撃情報が皆無に等しい」


 そう言ったアレクセイは憎々しげに歯を軋らせる。恐らく彼も、まるっきり情報が得られていないことに苛立ちを隠せないのだろう。


「…………」


 この状況でわざわざこちらに情報を隠しているとも思えなかった。


 しかし、情報がまったくない状況では効率的に動くことも不可能である。なにか少しでも手がかりがあればいいのだが――


「それじゃあ動けねえって顔をしてやがるな。まったくもってその通りだ。俺もそう思う。だが、いまのところ一つだけわかっていることがある」


 アレクセイはこちらに対し射貫くような視線を向けた。


「行方不明になったと思われる場所で、ほとんど痕跡が残っていないってことだ。わかっているとは思うが、俺たちティガーはそこらの人間より遥かに強い。銃を持った強盗の数人に絡まれても、そいつらを無傷で撃退できる程度にはな。そこから導き出せる結論は二つある。一つは、行方不明になる直前に一緒にいた相手を信用していた場合。もう一つは――」


「……相手が圧倒的な力を持っていて、抵抗する間もなくやられたか、ですか」


 竜夫がそう答えると、アレクセイは「その通りだ」と頷いた。


「いまのところどちらかは判断できんが、お前らが言うように竜が復活しているのであれば、俺たちティガーが抵抗する間もなくさらわれるっていう可能性にも信憑性が出てくる」


 アレクセイはそう言い、黒い液体が入ったグラスを手に取ってそれをひと口流し込んだ。


「もし、お前らが疑っている通り、ティガーたちの行方不明事件に復活した竜たちが関わっているのなら、俺たちの力だけでは奴らに抵抗するのは難しい。俺たちが持っている竜の力はあくまでも限定的なものだからな。個としての戦力が劣っているのは確実だろう。その可能性を考慮すると、この事件をどうにかして仲間たちを取り戻すのであれば、少しでも戦力は多いほうがいい。少なくとも、てめえができるってことはわかってるからな」


 竜夫に目を向けながらアレクセイは手に取っていたグラスを置いた。


「で、あんたは俺たちになにをさせるつもりなんだ?」


「俺たちの仲間をさらった奴を見つけ出して捕らえてもらう予定だったが、本当にこの事件に竜が関わっているのなら、それも難しいだろう。なら、手段を問わず排除するしかあるまい。俺たちは常日頃から危険な場所に首を突っ込んでいるが、死にてえわけじゃあねえからな」


 手段を問わず排除する。その言葉が意味することは言うまでもない。基本的に人が相手ではないとはいえ、殺すのも殺されるのもティガーにとっては日常的なものなのだろう。アレクセイがいま言った言葉は、はっきりとそれを感じさせた。


「それに、てめえらが復活した竜たちに狙われているのであれば、俺たちとしても都合がいい」


「僕らが囮になれ、と?」


「その通りだ。これに竜どもが関わっているのなら、奴らに狙われているお前らを放っておくなんてことはしないはずだ。おびき出す餌としては充分だろう」


 抵抗もできるしな、なんて言葉をアレクセイは付け足した。


 確かにアレクセイの言う通りだ。この行方不明事件に竜どもが関わっているのなら、自分たちはこれ以上にない餌である。


「なんだその顔は。餌と言われたことが不快だったか?」


 こちらの表情を見たアレクセイが言葉を返す。


「いや、そういうわけじゃない。ただ、この事件に竜たちが関わっていたとして、僕らを餌にするのは危険です」


 竜夫はアレクセイの言葉を否定した。


 自分たちを排除するためだけに大都市を丸ごと一つ壊滅させたあの狂った双子のことを思い出す。奴らのように大きな損害を与えることに躊躇しないようなのが他にいても不思議ではない。この町に潜んでいる竜どもがそのような奴らであったのなら――


 この町が地獄と化す可能性も大いにあるだろう。もう二度と、そのような事態を起こしたくはなかった。


「そうかもな。だが、俺はそれを承知したうえでそう言っている。他に手段がなく、なにより悠長に綺麗な手段を考えている時間なんてねえからな」


 アレクセイの言葉からは強い決意が感じられた。彼は、この事件を差し迫った脅威と考えているのだろう。


「危険を承知でてめえらを餌で使う以上、俺たちだってこの町を守るためにあらゆる手を尽くすつもりだ。てめえらにだけ責任を押しつけるつもりはない。少なくとも、俺はそうする」


 アレクセイは強く断言する。


「で、どうする? この話を受けるのか?」


 アレクセイの言葉を聞き、竜夫は横に座っている大成に目を向けた。竜夫の視線に気づいた大成は小さく頷く。


「ええ。受けましょう。一つ条件があるのですが」


「なんだ言ってみろ。報酬の話か?」


「いえ。この事件に竜が関わっていないのが確認できたら、その時点で手を引かせてもらいます。そうでないのなら、この町がただ危険になるだけですから」


「ああ。それで構わん。竜が関わっていないのであれば、俺たちだけでもなんとかできるからな」


「……ありがとうございます」


 竜夫は小さく頭を下げた。


「で、報酬はどうする? この事件に関して、俺たちは金に糸目はつけねえつもりだ。前金として報酬として要求する分の半分を支払ってやる。好きなだけ要求しろ。前金として受け取ったそれは、仮にこの事件に竜が関わっていないことが確認できた場合であっても返す必要はない。もう半分は事件の解決後だ。それでいいか?」


 そう言ってアレクセイはなにかを差し出した。それは金額が記入されていない小切手。


「ええ。それで構いません」


「それじゃあ、どう動くかはてめえらに任せる。好きなように動け。他の奴らへの根回しはやっといてやる。遠慮なく嗅ぎ回れ。竜どもがおびき出せるくらい目立つほうがいいだろうからな」


「わかりました」


 竜夫はそう言って、残っていたカフェオレ色の液体が入ったグラスを手に取り、一気にそれを流し込んだ。


「それでは」


 そう言って机に置かれていた二枚の小切手を手に取ったのち竜夫は立ち上がる。竜夫に続くようにして大成も立ち上がった。


「行こう」


 竜夫はそう言って、店の外へと向かっていった。

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